決められた出会い
・・・22年後。
大野国也は、蒲橋市多塚町で、着物のしみ抜きや洗い張りなどをする店を、母親と共に営んでいる。
この日は、丘崎市の新規の客を求めて、ルート配送後の道すがら、何軒かの未訪問の呉服店を訪れていた。そしてその3軒目、国道から少し外れた住宅地にある小さな呉服店に入った。
屋号は、呉服のみしま、である。
「こんにちは」
ガラガラと音のする扉を開けながら挨拶すると、しばらくすると国也と同じくらいの年格好の店主が現われた。
「何ですか?」
店に入ってすぐは、ハンガーに掛けた古物の着物や小物が展示してあり、その右手にあるのが壁や仕切りのない畳の部屋である。そこには、たたんだ着物や反物の入った棚があり、店主は、その脇にある暖簾の掛かった出入り口の奥から出て来て、一段高い畳の上から聞いた。
「私、蒲橋で洗い張りやしみ抜きをやっている、大野と申します」
そういいながら、国也は名刺と手作りのパンフレットを店主に渡した。
「蒲橋からですか、うちは付き合ってる業者がいるんで・・・」
国也は、いつもと同じ返答にも臆せず話しかける。
「そうですよね、どこの呉服屋さんにそう言われます。自分は、そこに載ってるような、しみ抜きをメインにお付き合いしてもらってるお客さんが多いので、困ったことや同業者さんがやりたがらないしみ抜きがあった時に、使ってくれればいいと思ってます」
国也は、パンフレットを指しながらセールストークをし、相手の顔を見ながら反応を見ている。
「今は、しみ抜きもたいして出ないからな・・・」
あまり関心のないような口ぶりである。
「ところでご主人、何年生まれですか?」
国也は、話のネタを変える。
「どうして?」
「いえ、何だか年が近そうな感じがして・・・」
「昭和55年だけど」
「やっぱり一緒だ。この業界同じ世代の方が少ないんで、すごく嬉しいです」
国也は、満面の笑みを見せる。
「そうだね、呉服の組合の人たちもみんな、十や二十、年上の人ばかりですよ、実際」
「そうでしょうね、私が回っているお客さんもほとんど年上です」
店主も頷く。
「でも皆さん、僕のことをあだ名で呼んでくれるようになって、年の差を感じなくてすむんで、気楽にお付き合いさせてもらってます」
国也は、渡した名刺を指さす。
「名前の頭を取って、ダ、イ、コ、クさんて呼ぶんです」
店主は、もう一度名刺を確認する。
「ホントは、オ、オ、ク、ニなんですけどね」
「えっ?」
「いえ、何でもないです」
「あっ、そうだ。ちょっと待ってて」
そう言うと店主は、暖簾の奥に引っ込んだ。
国也はその間、昨日のことを思い返す。
夕食を食べる国也に、母、雲江が話しかける。
「国也、明日お前が初めて会う男の中に、もしもお前と同じ年の男がいたら、今度の縁結びの片方は、そいつだよ」
「今度は、どんな縁なんだい?」
「それを調べて結びつけるのがお前の役割じゃないか」
「少しは、ヒントくれよ」
「駄目だよ、お前はまだ苦労が足らない、必死で動いて役目を果たさなきゃ」
国也は少し不貞腐れる。
「いつも言ってるけど、決してお前のいる前で、二人を合わせることがないように、わかってるね」
「わかってるよ!」
国也は、鼻息を荒くして、大きな海老フライをかじった。
しばらくして、店主が戻ってきた。
「三嶋雄平です。今はないけど、何かあったら連絡します」
店主は、名刺を差し出した。
「どうもありがとうございます。なくてもいいんで、時々寄りますね」
そう言って頭を下げ、国也は店を出る。
「確実に彼だ!」
国也はそう思う。
「さ、帰ろうかな」
夕焼けで赤く染まった空を眺めて呟いた。
国也は、国道を丘崎から甲田町へと走り、途中で右折し、書店の駐車場へと入る。
趣味の本のコーナーで、着物関連の本を探していると、自然と目に入る着物を着た女性が本を読んでいる。若い女性のようだが、こんな所で着物姿は珍しい。
国也は、目の前の適当な本を取り、読んでいる振りをして、横目で女性を眺める。その横顔は、若いけれど品があり、とても綺麗でうなじの辺りがセクシーだ。
「何かついてますか?」
こっちを見ずに話しかけてくるが、このコーナーには他に誰もいない。だから自分に言っているんだ、と国也は思った。
「え、あ、いや、すみません。着物を着ている人が珍しいんで、つい見てしまいました」
女性は、本を置き、国也を睨みつける。
「いやらしい視線でしたよ」
「そ、そんなことないですよ、ただ純粋に着物姿が珍しくて・・・」
国也は言い訳をしたが、ひょっとしていやらしい目つきだったかも、と思う。
「冗談ですよ、おじさん!」
おじさん!?確かに女性は自分より若く見えるが、そんなに年は違わないだろ、と思う国也である。
「おい、行くぞ」
他の通路から男が現われ、和服の女性を呼ぶ。
「はい、今行く」
彼氏なのか?それにしては老けている、と思う国也。
「でもおじさん、気をつけた方がいいですよ。ストーカーかと思われちゃうから」
和服の女性は、ウインクをして去って行く。
いたずらっ子の様な顔をした女性は、やっぱり10才くらいは、年が離れているように見えた。しかし、父親かと思えるくらいの年格好をした男と出て行く姿を見て、国也は少しがっかりした。
「あんなに若くて綺麗な娘が、親父みたいな男と付き合っちゃうのか。世の中間違ってるよ」
そう思いながら、うなだれる国也である。
本を買い店を出る国也は、車に乗りエンジンをかけると、今の出来事を忘れるかのように、大音量で音楽をかけ、歌いながら帰るのだった。淋しい・・・。