続二人の休息
二人が乗った車は、駐車場を出て浜名へと向かうはずだったが、鐘川市街を出る前に、乃菊が車を停めるように言い出した。
「お腹すいた。ここの焼き肉店がいい」
今さらながら、わがままな娘だと思う国也。しかし言うとおりにしてしまう国也である。
初めての二人での食事。
「ビール飲んでもいい?」
「運転しなきゃいけないから」
「もちろん私だけだよ。退院祝いということで、いいでしょ」
笑顔で了解させる乃菊。
「少しだけだよ」
これが間違いだった。
「店員さん、生中もう一杯ください」
もう三杯目だよ。よく食べ、よく飲む。健康な証拠だからしかたがないかと思い、諦める国也。
ところが、である・・・。
「おい、おじさん。何で夕衣さんとデートするんだよ!」
酒癖の悪いおっさんのようになってしまった乃菊。
「デートなんかしてないよ」
「嘘つけ!夕衣さんを抱いただろ、このエロ親父!」
付近の客が注目する。
「私のことを忘れてるのに、いい女には、すぐ鼻の下を伸ばしやがって!」
「忘れたって、本屋で会ったのも思い出したじゃないか」
「うるさい!忘れてんだよ、おじさんは!」
周りを気にする国也。太刀打ちできない様子。
「もう少し小さな声でしゃべってくれよ」
クスクス笑っている客もいる。
「私をのけ者にして、二人でいちゃつくなんて・・・」
「してないし・・・」
「それに彼女はまだ人妻だぞ。これはれっきとした不倫だ!」
「だからそんなことしてないって・・・」
「皆さん!この人は、こんなに可愛い娘を弄んで、何と不倫に走るエロお・・・」
国也はたまらず、乃菊の口を押さえた。
「もういい、帰る!」
乃菊は急に立ち上がり、フラフラしながら店を出て行ってしまう。
国也は慌てて会計を済ませ、乃菊を追いかける。
「わーい、星が出てるぞお!」
店に入った頃はまだ明るかったが、もう陽も落ち、夜の空になっている。
「やあ、来たかエロ親父!」
まだ言うか、酔っ払い!そう思いつつ、厄介物を速く車に乗せようと、乃菊を後部座席に押し込む国也。
「もう一軒行くぞ!」
たまらん!とにかく車を走らせる国也。しかし浜名へはまだ距離がある、大丈夫だろうかこの娘は・・・気が気でない国也である。
「ううっ!」
嫌な予感。後ろの席を気にする国也。
「ど、どうした?」
「気持ち悪い・・・」
案の定、期待を裏切らない乃菊。・・・なんて思ってる場合ではない。
「まだバイパスを走ってるから、我慢してくれ」
「もう駄目。あ、ほら、あそこ、ホテルがある。早く入ってお願い!」
ホテルだぞ!何しに行くんだ。
「う、ううっ!」
口を押さえる乃菊、一刻の猶予も許されない。・・・こんな時に使う言葉だったかな?
「ええい、しかたがない!」
国也はバイパスを降り、すぐ近くにあったビジネスホテルへ突入。乃菊をロビーのソファに座らせ、フロントですぐさま部屋をとる。口を押さえる乃菊を抱えて、エレベーターに乗り、5階の部屋へ入った。
「おえっ!」
とりあえず、間に合いました。
「吐くだけなら、コンビニでも良かったかな・・・」
と独り言を言う国也。
「・・・」
乃菊がヨロヨロしながらトイレから出て来て、言葉もなくベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫か?良くなったら帰るからね」
こんなところで、若い娘と二人きりになってしまうなんて、思ってもみなかった国也。何事も起こらないうちに帰ろう、と思うのは当然だろう。
「あれ、もう十時だ」
乃菊が起きるのを待つ間に、テレビに夢中になってしまっていた国也。
「おい、起きろよ」
乃菊の肩を揺する国也だが、まったく身動きしない。
「しかたがない、電話するか・・・」
国也はフロントへ宿泊に切り替える電話をし、その後、自宅へ電話をして事情を伝えた。
「ああ、何だか疲れたな」
国也はもう一つのベッドで横になる。
隣のベッドに目をやると、乃菊が死んだように眠っている。このような状況は、国也にとって初めての体験である。
「酔っ払って寝てるから大丈夫かな。明日は大事な日だから早く寝よう」
国也は、浴衣に着替えて寝ることにした。
国也が寝入ると、乃菊がむくっと起き上がり、なぜか隣のベッドを見る。それで安心したのか、すぐにバタンと倒れ、また眠った。
「キャーッ!」
国也はびっくりして起きる。
「何、どうした?」
「おじさん、私に何かした?」
あろうことか同じベッドに、乃菊がシーツを巻いて寝ているではないか。
「どうしてここに?」
「こっちのセリフよ、一緒に寝るなんて!」
しかしよく見ると、ここは確かに自分が寝ていたベッドで、乃菊は隣のベッドで横になっていたはずだ。・・・国也は確信する。
「君は、あっちで寝ていたんだぞ」
指さす先のベッドには、脱ぎ捨てられたワンピースがある。
「うう、頭が痛い、身体が痛い、もう少し寝たい・・・」
乃菊はシーツを頭までかぶり、寝たふりをする。
「ところで、君は今、何を着てるんだ?」
「むにゅむにゅ、触ってみる?」
こんな状況はまずい!国也はベッドから降り、着替えに行く。
「遠慮しなくていいのに、むにゅむにゅ・・・」
「まだ6時だから、もう少し寝てなさい」
「残念、むにゅむにゅ・・・」
乃菊にとって、ほんのわずかではあるが、幸せな時間なのかもしれない。