作戦開始
キトウ呉服店の社長である、木頭三千彦の机の電話が鳴る。
「社長さんですね、私、あなたが殺した井和田さんから、手帳を預かっているんです」
三千彦の顔が険しくなる。
「何を言ってるんだね、君は」
しかし、言葉だけは冷静さを装う。
「22年前のあなたのしたことが、書いてあるんです。菊野太智さんを川で溺れたように見せかけて、本当は殺したこと。で、井和田さんまでも、同じように殺しちゃったんですね」
受話器を握る手に力が入る。
「何を馬鹿なこと言ってるんだ。君は誰だね」
「とにかく、その手帳を1千万で買ってもらうから」
「そんなものに、誰が1千万も払う必要があるのかね」
「必要ないなら、警察に持って行くだけですから。また電話します」
「おい、君!」
「・・・」
電話は切れている。三千彦は机を叩く。
「あー、ドキドキした」
国也は、携帯電話をカバンに入れた。
国也は病院を訪れた。夕衣が退院するのだ。
「僕がバッグを持ちます」
夕衣の病室で、紳士らしく女性の荷物を持とうとする国也。
「おじさん、私のも持って」
乃菊がぴょこんと、夕衣の病室へ入って来た。
「乃菊ちゃんも退院するの?」
「悪いのかよお!」
乃菊が眉間にしわを寄せる。
「私だけ、ここに残れって言うの」
ふくれっ面になる乃菊。
「いや、君の方が怪我が酷かったんで、まだ退院は無理かと思って・・・」
乃菊は腰に手を当て、胸を張る。
「若いから、回復力が早いのよ、おわかり?」
乃菊が国也のそばに寄り、空いている左手に荷物を預ける。
「ああ、楽ちん!」
乃菊は夕衣に向かって、可愛く舌を出す。
「あら、お二人はいつの間に仲良しになったのかしら」
夕衣は、二人の顔を覗き込む。
「おじさんが仲良くしようって、しつこいから仕方なくなんです!」
乃菊は、いたずらっぽく言う。
「夕衣さん、嘘ですから、この娘の言うことを信じないでください!」
国也は必死で否定する。すると、乃菊が国也の腕を掴んで身体を寄せる。
「こうすると、恋人同士みたいでしょ」
両手に荷物を持つ国也は、逃げることも出来ずにいる。
「行きましょ」
夕衣が先頭で、病室を出る。
「あの、恋人でも、仲良しでもありませんから、夕衣さん」
乃菊は国也を引っ張るようにして、夕衣の前に出る。
「私たちが仲良しじゃいけないんだ。好きな夕衣さんの前だからかなあ・・・」
乃菊が、国也の顔を覗き込むようにして言う。
「な、何を言い出すんだ、君は・・・」
国也は、顔を真っ赤にして言う。
「乃菊ちゃん、もう困らせるのはやめなさい。ダイコクさんは、面倒見がいいだけなんだから」
そう言われてしまうのも悲しい。国也は、バッグが2倍の重さになったように感じるくらい、気落ちして肩を落とす。
再び夕衣が先頭を歩き出す。乃菊もついて行くが、途中で振り向き、国也にあっかんべーをする。
「元気になったなら、許してやろう・・・」
心の中で大人の対応をしようと思うが、つい国也もあっかんベーをしてしまう。
「ありがとうございました。お仕事があったら、お電話しますから」
花田屋の前に着き、夕衣は車を降りる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。でも、まだ無理しないでくださいね」
会釈をする国也。
「乃菊ちゃんはどうするの?」
乃菊は後部座席で、どこかの社長のように足を組んで座り、運転席の国也を指さして言う。
「大野君に送ってもらうから、心配はいらないよ」
夕衣が笑って頷く。
「じゃ、乃菊社長をよろしくお願いします。・・・仲良くね」
国也は苦笑いをする。
「じゃ、失礼します」
二人の車は、花田屋の前から去って行く。