運命のスロット
夢遊病者のようにふらふらと歩く。この年でファーストキスだったかなあ、とそんなことまで思い出せない国也である。
「きっと、僕のことが好きなんだ。そうだよ、じゃなきゃキスなんてするわけがない。でも会って間もないし、ちょっと変わった娘だし、僕はもてたことないし、わからない・・・」
自分の周りに、ハートマークとクエスチョンマークが飛び交っているような気分の国也。病院の出入り口ですれ違う人たちが、不審そうな顔をして国也を見て行く。
「彼女の前だと自分のペースになれない。自分からキスしたり、ドキドキしたり、腹を立てたり、こんなに心をかき回す女性は初めてだ。ひょっとしてもっと前から知っている娘なのかな?わからない・・・どうかしちゃったかもしれない」
花壇の花も人の顔も目に入らないまま、足だけは駐車場へ向かっている。
「んっ!」
駐車場の縁石に腰をかけている見覚えのある男。そう最上である。赤い髪に赤いシャツ、赤いズボン。赤いコートは、腕に掛けている・・・。暑いのか?
「またあいつか!」
国也は、最上に近づく。最上も国也に気づく、いや知っているからここにいるのだろう。
「ここで何をしてるんですか?」
最上は、タブレットを操作する。
「これで、調べごとをしていたんですけど」
しらじらしい返事に、国也は腹を立てるが、ここは我慢をする。
「あなたは、何者ですか?」
最上は、ただ国也の顔を見るだけだった。
「名詞に、仲介人てありましたけど、結婚のですか?」
国也が聞くと、最上は、笑う。
「はは、面白い。そんな人間に見えますか?」
国也は、首を振る。
「ぜんぜん、見えません!だから怪しいんです」
最上がまた笑う。
「確かにあなたにとっては、怪しい人間に見えるでしょう。こんな身なりですし、偶然会ったわけでもありませんし・・・」
じゃ、尾行されていたんだ、国也は唖然とする。
「ただ、あなたについていけば、捜す手間が省けそうだから、便利な存在なんです」
馬鹿にされているような不快な気分の国也。
「ところで、いつも持っているそのタブレットは何ですか?なぜ夕衣さんの名前が載ってるんですか?」
最上は、タブレットをコートの中に入れ、立ち上がる。
「も、が、み、さ、ま、と呼んでくだされば、お話してもいいかも」
最上は、ニヤリと笑う。
何でこんな男に・・・と思うが、ぐっと我慢をする国也。
「も、最上様、教えてください」
最上は、ゆっくり歩き出す。
「この中のアプリに名簿が送られてくるんです。その名簿には、5人の候補者の名前が書き込まれています。私がその方たちを見つけたら、スタートボタンを押すんです」
国也は、話を聞きながらついて歩く。
「何が、スタートするんですか?」
最上が振り返り、額を指でかく。
「言いづらいんですけど、次の死者を決めるスロットです」
「そんなことで人の死が決められちゃうんですか?あなたは、悪魔ですか?死神ですか?」
国也は、腹が立った。
「私は、そんなんじゃありません。正確には、決めるんじゃなく、決まってる人をスロットが当てるんです。人の死は、最初から決まっていますし、運命であり、死によって縁が始まる時でもあるから」
国也は、最上を睨む。
「何だかんだ言って、やっぱりあなたが決めるんでしょ」
ふっと頭の中を嫌な思考が走る。
「もしかして、その名簿に夕衣さんの名前があるってことですか?僕もですか?」
国也は、最上に詰め寄る。しかし最上は、気にすることなく再び歩き出す。
「あなたの名前はありません。でも残念ながらあなたの想像通り、花田夕衣さんの名前はあります。それと、菊野乃菊さんも」
愕然とする国也。
「5分の2の確率で知人が死んでしまうのか」
最上は、国也の車のドアを開ける。
「立っているのはつらいでしょ。座ってください」
本当にそうだった。国也は、崩れるように運転席に座る。
「何か方法はないんですか?二人がスロットに当たらない方法は」
そう聞くのが精いっぱいだった。
「私は、ボタンを押すだけですから」
「じゃあ、押さないでください!」
「駄目なんですね。名簿が来て人がわかった時点で押さないと、一人じゃなく、全員になってしまうんですね」
国也は、頭を抱える。
「いつボタンを押すんですか?」
「あと二人、名簿の人物を捜してからです。だから気落ちせず、運命を変えてみる努力をしてみてください」
何をどうすればいいんだ、そう思う国也。・・・やっぱり頭を抱える。
「ただ、あなたたちの周りには、悪縁鬼がいますから、注意してくださいね」
最上は、ドアを閉めて去って行く。
「あくえんき?何だそれ・・・」
車の中に一人残った国也は、運転席のガラス越しに、夕衣や乃菊のいる病室辺りを見る。
食事をする国也と雲江。
「母さん、どうしたらいいんだ」
雲江が鼻で笑う。
「ふん、どうせ好きな女が死ぬかもしれないなんて言うんだろ」
当たり!
「どうしてわかったんだよ!」
自分の母親だが、超人的な勘を持つ。
「帰って来てからずっと、そんな顔してるじゃない」
平静を装っていたのに、いつも雲江には、簡単に見破られてしまう国也だ。
「忘れることだよ、女なんてごまんといるから」
時々国也は、雲江を薄情な女だと思う。
「せっかくキスまでする仲になったのに・・・」
心の中で呟く。
「お前は、恋愛するために奔走してるわけじゃないだろ、本文を忘れると失敗するよ」
「わかってるよ!」
憤慨してカレーライスをかき込む国也。心配で心配で食事も喉を・・・通る国也である。
「乃菊ちゃん、私のために、ごめんね・・・」
夕衣は、乃菊が眠るベッドの脇で寝顔を見ている。
「あ、夕衣さん・・・」
乃菊が目覚めた。
「起こしちゃったかしら」
乃菊が笑顔で首を振る。
「寝起きに夕衣さんの顔が見られるなんて、とっても嬉しい」
「ありがとう」
夕衣が紙袋からリンゴとナイフを取り出す。
「りんご、食べる?」
乃菊が頷く。
「ダイコクさんがお見舞いで持ってきてくれたの、会ったでしょ?」
「おじさんのこと?ダイコクさんて呼ぶんですか?」
「呉服店の人たちは、そう呼んでるんだって」
夕衣がカットしたリンゴを、乃菊の口元へ持っていく。
「彼のことを、おじさんじゃ可哀そうじゃない」
夕衣も一口かじる。
「だって、ずっと前からおじさんだもん・・・」
「え、乃菊ちゃん、ダイコクさんのこと前から知ってたの?彼は乃菊ちゃんを知らないみたいだったけど」
「おじさんは、忘れちゃってるんだけどね。でも私は、ちゃんと憶えてるの・・・」
夕衣がまたリンゴを食べさせる。
「そうなんだ。で、好きなの?」
「ううん、おじさんは、夕衣さんが好きみたい」
乃菊は、夕衣の顔色をうかがう。
「え、そんなことないでしょ。最近知り合ったばかりだよ」
「ああ、おじさんも私にそんな言い方してた。似た者同士なんだ、夕衣さんとおじさん」
「おだまり!」
夕衣が乃菊の口にリンゴを押し込む。
「モゴモゴモゴ・・・」
夕衣が乃菊の顔を見て笑う。
「私がきっと、夕衣さんの悪縁を切ってあげるからね・・・」
「え、何?」
乃菊は、夕衣の笑顔を見るだけで幸せな気分になれる。
・・・ずっと笑顔でいさせてあげたいと思う乃菊である。