魔の手・・・再び
夕衣と乃菊は、救急車で市民病院に運ばれた。
病院でそれぞれ治療を行い、警察は、話の出来た夕衣に事情を聴き、事故原因を調べる。そして駆けつけた真佐雄の証言で、最近、車の調子が悪かったことから、整備不良のための事故として処理することにした。
二人は、とりあえず入院することになり、隣同士の病室で寝ていた。
その夜、乃菊の部屋に入る男がいた。・・・真佐雄である。
「大丈夫かい、乃菊ちゃん?」
頭や手足に包帯を巻いた乃菊は、起き上がることが出来ず、ただ横になっているだけだった。
「夕衣さんは、どうですか?」
自分の怪我より先に、夕衣のことを心配する乃菊。
「隣の病室にいるけど、医者が言うには、たいした怪我はないそうだよ。ただ事故のショックもあるし、検査もするからしばらく入院させるって言ってたよ」
ひとまず安心する乃菊。
「君の方こそ、ひどい怪我だったんで残念だよ。夕衣には悪いが、彼女にもしものことがあったら、一緒になるなら、乃菊ちゃんだと決めてたんだからね」
聞きたくない言葉だと思う乃菊。ただ夕衣がいなくなることを望んでいるだけの真佐雄だからだ。
「すみません、休ませてください」
乃菊は、話しさえしたくない真佐雄を部屋から出したかった。
「そうだね、休まなきゃね。じゃあ行くけど、元気になったら、面倒見るからね」
真佐雄は、立ち上がって部屋を出て行こうとするが、なぜか扉の前で立ち止まる。ポケットから何かを取り出した。乃菊は、カーテンの隙間から様子をうかがう。・・・手袋のようだ。そして一緒にポケットから出て床に落ちたものもある。・・・丸めて縛ったロープのようだ。
なぜそんなものを持っているのか?・・・乃菊は考える。
「帰るんですか?」
「あ、ああ、夕衣の様子はもう見たし、帰るよ、じゃあね」
真佐雄は、病室を出る。
しかし真佐雄の行動が気になった乃菊は、動けない身体を無理矢理起こし、ベッドから降りる。
「もしかして、夕衣さんを・・・。行かなきゃ!」
足を引きずりながら、扉のところまで進み、少し開いて廊下を見る。そこにはもう、真佐雄の姿は見えなかった。
「・・・」
乃菊は、廊下へ出て、隣の病室へ壁伝いに歩く。
「間に合って・・・」
夕衣の病室の前へたどり着いた乃菊は、静かに扉を開く。
「あっ」
帰ると言っていた真佐雄が、夕衣が寝ているだろうベッドの前に、手袋をして立っている。
「菊野さんじゃないの、まだ出歩いちゃ駄目よ、部屋に戻りなさい!」
年配の看護師が、乃菊に声をかけた。
「あ、ちょっと声がしたものだから、どこからかと思って・・・」
「いいから、戻りましょ」
看護師は、乃菊の腕を抱えるようにして、病室へ連れて行こうとする。
「あ、でも、隣から、何だか苦しそうな声がしたみたいだったから・・・」
「後で見て来るから、ほら」
どうしても乃菊を戻そうとする看護師。
「わかりました、戻ります。自分だけで大丈夫ですから、見て来てください、お願いします!」
乃菊の懇願に、しかたがないなと言う顔をして、看護師は夕衣の病室へ入った。
「何してるんですか?」
「あ、いえ、何かいるものはないかと聞きに来たんだけど、寝ているんで、帰ろうと思ってたところです」
看護師と真佐雄が病室から出て来た。
「じゃあ、何か必要なものがあるようでしたら、お電話ください」
いかにも良い夫であるかのようなふりをして、看護師に頭を下げる真佐雄。
その様子を、少し開けた扉の陰から見ていた乃菊。真佐雄が去って行くのを確認して扉を閉めた。
壁にもたれかかって、ほっとする乃菊。
「まだ、こんなところにいたの!」
病室の扉を開けた看護師が、子供を叱る母親の様な顔で乃菊に言う。
「はい、今、戻ります!」
足を引きずりながらベッドにたどり着き、睨む看護師の顔を見ながら横になる。
「よろしい。怪我が酷いだから、安静にしていなさいよ!」
掛け布団を優しく整える看護師に、乃菊は、母親を思い出す。
「ありがとうございます」
自然に出るお礼の言葉。・・・ひとまず安心して眠りに着く乃菊である。