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二人の行方

<二人の行方>


武将たちの争いが各地で起こり、世の中が乱れていた頃、備前の国でも、近隣の豪族たちの主権争いが起こっていた。

「これは、我一族に伝わる家宝であり、これを持つ者は、末代まで受け継がなくてはならない使命を背負うものなのだ」

敵方に攻められ、落城寸前の館の中で、豪族の主が、二人の前に箱を二つ置く。

「わしは、後継ぎもおらぬ。この状況で生き延びようとも思わない。だからお前たちが必ず生き延びて、これを受け継いでいってくれ」

主は、男、大野太兵衛に赤い印の箱、女、きくには青い印の箱を渡した。

「は、必ずやお約束を守ります」

二人は、急いで館を出て、敵兵の少ない北の谷側の抜け道を通り、川沿いを逃げた。

「きく、大丈夫か?」

「は、はい」

しかし山道を越えて来た二人には、かなりの疲労が蓄積している。

「少し休もう」

二人は岩陰に隠れて座った。それぞれの持つ箱は、布に包まれ、懐に収められている。

「もし追手が現われたら、別々の方向に逃げよう」

月明かりの中、虫の声だけが聞こえる。

「太兵衛様」

声を潜めて話す二人。

「大丈夫だ。これを持っていれば、必ず巡りあえるはずだ」

きくの手を握る太兵衛。

「来たな」

茂みの中から人の気配がする。

「いたぞ!」

太兵衛は立ち上がり、剣を抜く。

「きく、逃げろ」

きくは頷いて林の中へ逃げ込む。太兵衛は、追手の一人を切り捨てると、再び茂みの中から出て来た敵兵を確認し、きくとは反対側の林の中へ逃げ込んだ。

二人は、反対方向へ必死に逃げる。果たして逃げ切れるのか?いや必ず逃げて生き延びる。それが使命だと心に決め、ただひたすら走り続ける。いつか巡りあえることを信じて・・・。


そして数百年の時が流れて行った・・・。



浜名市中区にある小学校。

5年生の三嶋雄平は、教室の自分の席で肘をつき、2列隣で3つ前の席に座る花田夕衣の後ろ姿を眺めていた。

夕衣は髪が長く、後ろを軽く束ねていて、おでこを隠す前髪の下の眼はパッチリ開き、見つめられるとゾクゾクするほどである。さらに鼻筋は通って、ピンク色の唇はちょっとセクシー。小学生にしては大人びていて、雄平より年上に見える。

自分を並み以下のレベルだと思っている雄平には、当然高根の花だ。クラスメイトであっても、学校ではほとんど話をしたことがない。ただ、父親の仕事の関係で、夕衣の家を訪れたことがあり、その時から恋心を抱いていた。

・・・そう初恋の相手なのだ。でも気持ちを伝えたこともなく、彼女に近づく男の子も多く、自分など相手にされないと思い、いつも遠くから眺めているだけの片思い進行中なのである。

「雄平、お前んとこの店、潰れそうなんだろ、大丈夫か」

クラスメイトの河田が、机の横に立って言ってきた。だが、決して同情しているわけではない。

「じゃあ、あれするのか、あれ」

いつもちょっかいを出す島野が言う。

「あれって、なんだよ」

「あれだよ、荷物を持って逃げるやつ」

「夜逃げだ!」

「あはは、それじゃ雄平とも今日でお別れかもな」

雄平は黙っていた。

「二人ともやめなさいよ、そんなことするわけないじゃない!」

後ろの席の伊田真由美がたしなめたので、二人はつつき合いながら席へ戻って行った。

詳しいことを知っているわけではないが、二人の言っていたことは、間違っていない。そのことを考えると雄平も不安でいっぱいだった。

ふと顔を上げると、夕衣が雄平を見ているのに気づく。今の話を聞いていたのかもしれない。でも友達に話しかけられ視線をそらした。先生が入って来て授業が始まる。

6時限目が終わって、雄平はサッカークラブの練習でグランドにいた。5年生だがレギュラーの雄平は、必死にボールを追いかけている。その姿を2階の教室から夕衣が見ていた。

練習が終わり、同級生の遠藤と水道場にいた雄平の所へ、夕衣がやって来る。

「三嶋君、帰りに第3公園に寄ってくれる?」

「う、うん、いいけど・・・」

夕衣は、それだけ言ってすぐに走って行ってしまう。・・・なんだろう、と雄平は思った。

「やったな雄平!お前にも春が来たんじゃないか」

遠藤が雄平をつつく。

「なんだよ春って・・・」

「いいなあ、俺にもあんな彼女が欲しいよ」

遠藤が、タオルで顔を拭きながら歩いて行った。

「違うよ、そんなんじゃないよ!」

雄平は、そう言って追いかける。・・・でも何だか胸がドキドキしていた。


雄平の家は、学校から10分ほど歩いたところにあり、夕衣の家は、同じ通りをさらに5分ほど歩いたところにある。ともに親が呉服店を営んでおり、夕衣の親の呉服店は、呉服店の多いこの市内でも一、ニを争う大きな店で、住居は別、同じ敷地内にある駐車場の北側に建っている。雄平の方は、二階建ての一階が店舗で、二階が住居になっている夫婦で営む並みの小売店である。

夕衣の言っていた第3公園は、二人の通学路の途中にある。

「ごめん、待った?」

雄平が公園に着いた時には、夕衣はベンチに座って待っていた。

「少しだけだよ」

夕衣が立ちあがる。

「あれ、一人なの、酒井さんは帰ったの?」

酒井とは、いつも夕衣と一緒に帰る友達で、夕衣と同じくらい優等生の女の子だ。

「うん、先に帰ったよ」

「そう・・・」

何だか二人とも落ち着かず、恥ずかしそうに会話をする。

「ところで、何か用だった?」

「三嶋君の家のことだけど、河田君が言ってたのは本当?」

話しかける夕衣の顔を、雄平はまともに見ることが出来ない。

「ちょっと心配はしてるけど、大丈夫だよ」

横を向いて答える雄平。

「うちの店のせいなんだよね」

「違うよ、関係ないよ!」

雄平は、きっぱりと否定した。夕衣に余計な心配をさせたくなかったから・・・。

それにしても、クラスメイトでもあり、何度か家を訪問した関係でありながら、こんなに話をしたのは初めてである。当然雄平の心臓は、高鳴っていた。・・・夕衣もそうかも。

「遅くなるから帰ろう」

女の子と二人っきりで話をするのは初めてだから、もう少し一緒にいたかった雄平だが、あえて夕衣に帰宅を促した。二人は、歩道を並んでゆっくり歩いた。

四方から確認できるこの街の高い駅ビルに向かって歩く二人。学校の方が駅からは遠く、いつも駅ビルを目印に帰れば家にたどり着くと言う二人の帰路である。

「お兄ちゃん!」

家の近くまで来た時、玄関前に近所のおばさんと一緒に立っている妹の優香が、大きな声で雄平を読んだ。

「どうしたんだ優香?」

雄平は、小走りで二人の所へ行き聞いた。

「雄くん、早くカバンを置いてきて、うちの車に乗りなさい」

おばさんも焦っているように言う。二人の様子がおかしい・・・。

「お父さんたちが、事故で病院にいるの、早く!」

「えっ!」

雄平は、それ以上の言葉が出てこなかった。そんな雄平を見て、おばさんが背中を押す。慌てて走りだし、玄関から中へカバンを投げ入れ、鍵を閉めて戻って来る雄平。道へ出て反対側に止まっているおばさんの車に乗り込もうとする。

「行ってくるから、気をつけて帰って」

茫然と立ちすくむ夕衣に、それだけは言うことが出来た。

「う、うん」

雄平が乗り込むと、車はすぐに走り出す。夕衣は、それを見えなくなるまで見送った。


数日後・・・。

夕衣は、ポツンと空いた雄平の机を眺めていた。

「ねえ、大野君、愛知県の親戚の家に行くんだって」

前の席の石川那智江が、夕衣の横にいた酒井奈菜に言う。

「両親が死んじゃったから、優香ちゃんと二人じゃ生活できないし、仕方ないね」

「うん、可哀そうだね」

夕衣は、何も言わない。

「いつ行くのかな?」

「お母さんが言ってたけど、明日の朝、電車で行くみたい」

「じゃあ、もう学校来ないんだ。それじゃ見送りに行かなきゃ、ねえ夕衣ちゃん」

「・・・」

「男の子の何人かは、行く見たいだよ」

「ねえ行こうよ、夕衣ちゃん」

奈菜は、夕衣が落ち込んでいるのを知っている。

「なっちゃん、何時に行くのか聞いて、連絡してくれる」

「うん、いいよ」

「夕衣ちゃん、絶対に行こうよ。迎えに行くからね」

先生が入って来る。奈菜は、夕衣の肩を叩いて席に戻って行った。


せっかく会話が出来たのに、もう別れの時が訪れてしまった。


「また会おうな」

「元気でな」

駅のホームに、雄平のクラスメイトや優香のクラスメイトが集まっている。

雄平は、みんなの言葉に頷くだけで何も言えず、溜まった涙が流れないように、ただただ堪えていた。

雄平たちの叔父が、二人の肩を抱いて電車の中へと導いた。

「夕衣ちゃん、何か言いなよ。今言わなきゃ後悔するよ」

奈菜が、夕衣の背中を押した。

「大野君・・・」

夕衣は、名前を言うだけが精一杯で、涙しか出てこない。

「いつかまた会おうね」

雄平も一言だけだった。すぐに発車のアナウンスがあり、二人の間を遮るように扉が閉まる。

電車が動き出すと、夕衣も少し歩いた。しかし追いかける気力はなく、しだいに速く走る電車を見つめるだけだった。

「さようなら。必ずいつかまた会おうね・・・」

夕衣は、心の中で雄平に返事をした。









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