一口サイズの嘘
嘘を吐くのが苦手なんだ、と彼は笑った。
『嘘』と言っても一概に全てが悪いわけではない。誰かのために善意で嘘を吐くこともあれば、守りたいから笑って欲しいからという生暖かい気持ちから嘘を吐くこともある。
それでも彼は、『嘘』そのものを毛嫌いしていた。
それなのに、彼は息をするかのように嘘を吐く。
椅子に座って書類に目を通しているロベルトを後ろから眺める。少しだけ猫背なのがなんだか妙に可愛らしく思えて、思わず頬が緩んだ。
「――ロベルト」
ポツリ、と呟く。私の声に反応して振り向くロベルトの顔には、はっきりと分かるほど疲れが見えた。コーヒーの入ったマグカップを持ち、ロベルトに近づく。
「どうした?」
「……どうした、じゃないわよ。私に手伝えることがあったら言って」
これでも貴方の部下なんですから。
付け足すように吐き出すと、ロベルトは困ったように笑いながら「疲れてないから気にするな」と私を突き放す。嘘を吐くのが苦手なんだ、と言っていたくせにこういうときは平気な顔して嘘を吐くんだ。
辛いときは形振り構わず頼ってほしい。疲れたときは寄りかかってきてくれて構わない。悲しいときは思い切り泣いてほしい。それなのに、ロベルトは頑なに拒むのだ。
「目の下に隈、出来てるわよ」
「冗談言うなよ」
「冗談なんかじゃないわ。無理しすぎて体を壊したらどうするつもりなの」
「ハハッ 顔、怖いぞ」
口元を押さえながら笑うロベルトに、私はぶつけることのできない憤りを感じた。開いていた手をきゅっと握り締めて「ロベルト」と呟く。なんだ、とは言わずに瞬きを二度ほど繰り返して私の髪の毛をくしゃり、と撫でた。
「……俺が休まないと、お前はいつまで経っても気を張ったままだな」
「そう、よ」
悪かったな、と呟いて私の頭から手を離しうん、と背伸びをした。一つ欠伸を漏らして「少しだけ仮眠をとってくる」と言い残し、消えていく。私は、そんなロベルトの背中をまた眺めることしかできなかった。
例えばの話。貴方の腕を掴んで、私の胸の中で休んで、そう言えたとしよう。貴方はどんな顔をするのだろうか。離してくれ、と拒むのだろうか。それとも、ああ、私を掴んで「側にいてくれ」と笑うのだろうか。
そんなことあるはずないのに、私は浅はかな期待をしては、震える胸をぎゅっと掴むんだ。
ああ、あの人の隣に死ぬまで居られたらどれだけ幸せなのだろうか。