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紛れ込む時間《とき》

 先生がせき立てるように言った。

「給食当番、代わってもらった?」

すでに、教室の中は給食という名の開放感で無法地帯と化していた。給食袋を手にロッカーの前で遊ぶ児童たち、大声を上げながらじゃれあう児童たち。

「まだです」

男子児童はわずかに咳き込みながら答えた。そのすぐ横を追いかけっこをしながら数人の児童がたわむれる。

「じゃあ、あなた代わってあげて」

先生が近くにいた女子児童に声をかけた。男子児童は風邪が治りきっていないようで、咳が出始めると止まらなかった。給食当番である男子児童は、誰かに当番を変わるように先生から言われていたようだった。

「はい」

女子児童は、はにかむように返事をした。そのやり取りに気付いた真音は、はっとした。まさに、真音の仕事である「給食当番交代劇」の図であった。

「先生っ、あたしがやります」

真音が係の仕事である教室の本棚の整頓の手を休めて言った。3人はそろって真音を見つめた。一瞬、沈黙が流れた。

(ヤバい。…ばれた?)

目を見開いた真音は緊張のバランスを崩し、手にしていた本を床に落としてしまった。と同時に、この沈黙を女子児童が笑みとともに解き放った。

「大丈夫だよ。まだ整頓途中でしょ?あたしがやるからいいよ」

歯切れのよい声で女子児童が快く引き受けると、先生も男子児童も口元をゆるめ、視線をなだらかに落とした。みながそれぞれに行動を開始した。

(あれ?給食当番代わるの、失敗しちゃった…)

相変わらず騒然とした教室に、校内放送が流れる。給食当番の列は列を乱さず、けれども不規則な歩みで行ってしまった。

 真音は仕事を全うできなかったことに関して、何か重大なことが起きやしないかと気が気ではなかった。けれども、特別おかしなことは起こらなかった。あまりに一般的であろう小学校での生活は、もはや終わりに差しかかっていた。気が付くと、帰りの会が始まりあとはもう下校の時間を待つのみとなった。先生は、プリントを職員室に忘れたとつぶやいて取りに戻っている。机に伏せっていた真音の上着のポケットの携帯電話がブルブルと震えだした。真音は慌てて廊下に出ると、トイレに駆け込んだ。

「も、もしもし?」

真音はトイレの個室に入りながら、廊下側に意識を集中しながら小声で応対した。

「お疲れ様です、塩谷です。給食当番は代わることができましたか?」

塩谷だった。真音は思い切りやるせない顔になり、その場に崩れ落ちると悪態でも付くかのような勢いで言った。

「代わってないですよ。無理です、あんないきなり…」

「えっ…」

塩谷は反射的にそう言うと、後を続けた。

「そうですか。では、女子児童がやってくれたはずですが、彼女が帰るときに…シー…を持っ…」

徐々に、塩谷の声は聞き取りにくくなってしまった。ノイズなのか、電波障害なのか、とにかく声が小さく遠く感じた。

「塩谷さん、聞こえないんですけど。塩谷さん?」

真音は携帯電話の通話口に口を近づけて呼び掛けた。塩谷からの返事はなかった。トイレの入り口に脱ぎ散らかした上履きを見て、どこかのクラスの担任教師がトイレに向かって叫んだ。

「誰だ、トイレにいるのは。もう帰りの会が終わるころだぞ、早く教室に戻れ!」

真音は慌てて教室へ戻った。

 女子児童が帰るときに何をすればいいのか分からない真音だったが、あまり罪悪感は持てなかった。給食当番を代わることができなかったけれど、それが原因となるほどの変化は何も起きなかったからだ。交代劇の結末の行方に、特別大きな意味があるとは感じられなかった。そう思うと、少し肩の荷が下りた。

(大体、あたしはこんな格好させられてること自体が異常なんだから。もういいわ、あとは帰るだけだし)

 ふと、こうも考えた。

(どうしよう。これって仕事にならなかったのかな。でも、希望金額書いていいのよね。こんな目に遭ったんだから、うんと貰ってやろう)

何か忘れ物を思い出せないかのようなもどかしさを噛みしめながら、思いは交錯する。

(もう、自分のことだけ考えよう。どうせあと数分も経てば下校なのだから)

真音はこうも思った。一番現実的な思いなのかもしれない。

(でも、この体って一体何時頃に戻るんだろう。ちゃんと戻るのかしら…)

 真音は校庭に目をやった。そして、机の傷を指でなぞりながら、帰りの会のまとめをする先生の方へと目をやった。今日の当番が下校の挨拶をすると、児童らも一斉に一礼して挨拶をした。挨拶の余韻の中、ランドセルを背負いみな散り散りに帰って行った。誰かと誰かが、放課後の約束をする声が聞こえる。廊下では、他のクラスの児童たちがふざけ合いながら下駄箱に向かい始めていた。

 真音も、こそっと廊下へ駆けだした。任務終了だと思った。

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