護衛ですか?
まだ序章です……多分。
鼻腔を燻る甘い香り。身体全体を包む柔かい感触に、ソラは目を覚ます。
「あれ?ここって……?」
天蓋付きのベットに横たわった身体は、森を歩いた疲労からなのか、力が入らなかった。
ベットの脇にお化粧台。天井からぶら下がったシャンデリアは、明るすぎず暗すぎない、明暗で部屋を照らしていた。壁にはいくつかの肖像画が飾られている。
「うわー、なんか場違いじゃない?」
「そんなことありませんよ」
「そうかなー、ってリーシャ!?」
何食わぬ顔で、隣に座っているリーシャ。その手には焼きたてのパンとコーンスープ。一口サイズのフルーツが乗った、小奇麗な板を持っていた。
甘い香りの正体は、これだったのかとソラは、一人納得し、リーシャに尋ねる。
「ここってリーシャの家?」
「はい。わたしの、オルビス国の宮殿です」
うすうす分かってはいたが本人から聞かされると、自分がやはり場違いではないかと、不安になるソラ。
「あれ、でも森に居たのにどうして?」
「あの後、ソラが気を失って、わたしも気を失ったのですが、直ぐに護衛が駆けつけて、ここまで運んでくれたんですよ」
森で倒れてから、本の数分で駆けつけて護衛は、最初ソラを敵だと勘違いして、リーシャが目を覚ますまでの、一時間を拘束していたらしい事を説明された。
「そんなに怪しく見えたかな?」
げんなりとショックを隠しきれない姿は、何処にでもいる少女そのものだった。
朝食を終えたソラは、リーシャに連れられ控えの間にやって来た。
中には、リーシャに顔立ちが、良く似たドレスを纏った女性と、騎士を思わせる風貌の三十代前半の男性が一人、ソラとリーシャを待っていた。
「お母様、ソラを連れてきました」
「ありがとう、リーシャ。貴方がソラね?」
リーシャの母親と言われた女性が、豪華な椅子から立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「ハンナ・オルビスです。この度は娘を救って下さり、大変感謝しております」
「えっ、ちょ、ちょっと」
一国の女王に頭を下げられるなんて、ソラはパニックになり、慌ててそれを止めさせる、言葉をもらす。
「救われたのは、わたしの方です。だから、頭を上げてください」
「ですが、娘は貴方が居なかったら、死んでいたと聞きましたよ」
確かにソラは、リーシャを救った。だが、結果的にであり、過程で救われたのは、間違いなくソラだった。
リーシャがあの時、身を挺して結界を張ってくれたお陰で、ソラは魔法を思い出し、魂を開放できた。それが無ければ、きっとソラは、小石程度にも、魔法を思い出せなっかたのだから。
「リーシャが居たから、わたしは助かったんです。わたしだけじゃ、魔物は倒せませんでした」
頑なに助けたという事実を、受け入れないソラ。リーシャはその様子を、楽しそうに見つめていた。
「お母様、ソラが困っていますよ。これぐらいにしてあげて下さい」
「あら、母さんは意地悪しているつもりはないわよ?」
ニッコリと微笑むハンナ。訳が分からないソラは、リーシャに助けを求めるように、眉を下げ見つめている。
「ほら、ソラが今にも泣きそうです」
「泣かれたら流石に、わたしも困るわね」
ハンナは表情を引き締めて、ソラの前に立つ。
「でも、本当に感謝します」
一言に込められた思いは、女王としてではなく、母親としての感謝の思いだった。
「はい、わたしも感謝します」
ここに来て初めてソラは、ハンナの本当の姿を見た気がした。
女王ではない、リーシャの母親である、ハンナ・オルビスの姿を。
その様子を騎士風の男は、内心ビクビクしながら眺めていた。
どうやらこの男が、ソラを敵だと勘違いして、拘束した張本人らしい。既に、リーシャからお叱りを受けてはいるが、先ほどから感じるリーシャの視線が、まだ怒ってますよと、言われているようで、落ち着かないのであった。
「ソラ、わたしの事はハンナさんって呼んでね?」
「女王様なのにですか?」
男は呆れていた。ハンナの相変わらず陽気なところに。
リーシャも頭を抱えため息を吐く。ソラだけが、そんな様子に気づかず「ハンナさん」と、遠慮がちに答えていた。
「それでねソラ。貴方に謝りたいって人がいるの」
「何をですか?」
身に覚えのないソラは、またリーシャに助けを求める。
「朝に話したことですよ。ソラを拘束してしまった」
リーシャの口調に、若干の怒りが孕んでいたがソラには伝わらず、代わりに男を萎縮させた。
「ザック、こっちにいらっしゃい」
男――ザックは、無駄のない動きでソラに近づき跪く。
「この度は、リーシャ様を救って下さった恩人に対し、無礼を詫びたこと、誠に失礼致しました」
「あー、気にしないで下さい。それに、わたしが怪しく見えたのも、仕方ないですよ」
本当は少しショックでしたと、言いたいところではあるが、ザックの余りにも誠意溢れる謝罪に、言葉を飲み込んだ。
「有難き慈悲に感謝します」
立ち上がり、一歩後退したザックは、そっとリーシャを覗き見た。
「ソラが許したなら、わたしも許します」
が、どうやら視線に気づいたリーシャは、いつもの笑顔でザックに言ったのだった。
「ありがとうございます」と、ザックは頭下げたまま、ようよく開放された緊張感に安堵した。
ザックを除く三人は、椅子に腰掛け、紅茶を楽しんでいた。
「ソラはこれからどうするのかしら?」
「分かりません。でも、何かしないといけないのは、分かっていますよ」
ハンナが切り出したのは、ソラの今後についてだった。
ソラが眠っている間に、リーシャが説明していたらしい。記憶のないことを。魔方陣に関しては、リーシャ自身、半信半疑の為、ハンナにもソラにも、黙っていた。
「そう。ならリーシャ、貴方はどうしたいの?」
「わたしは、ソラさえ良ければ、ここに居て欲しいです」
恥ずかしげもなく、ソラを真っ直ぐに見据えリーシャは言った。
「なら話は早いわね。ソラ、良かったらリーシャの護衛をしてくらないかしら?」
「嬉しい誘いですが、わたしが護衛しなくても、ザックさんがいるじゃないですか」
身分が分からないから、職も住む場所も探せないソラにとって、これ以上ない誘いだが、こればかりは、すんなり頷く訳にはいかない。
魔法を使えると言っても、自分が護衛を出来るほど、秀でているとは思えない。半ば消極的なソラに対しハンナは、カップに注がれた紅茶を飲み干して、
「護衛と言っても形だけでいいのよ。リーシャの傍に居てくれれば」
「どうゆう意味ですか?」
「リーシャは友達が居ないのよ。どうしても、肩書きが邪魔をしてしまって……」
下唇をかみ締めたリーシャの様子は、ソラの胸を締め付けて。
こんなにも良い子が、なぜ友達一人いないのか。肩書きだけで、この子の全てを見ようとしないのかと、ソラはぶつける当てのない苛立ちを胸に隠して、
「リーシャはわたしの友達です。肩書きなんて関係ありません。こんなわたしで良ければ、護衛のお話、喜んでお引き受けします」
ハンナは満足そうに口元を綻ばせ、リーシャは泣き出しそうな顔で、ソラの手を握った。
「良いんですか、本当に」
「うん、だって友達でしょ?護れるかは分からないけど、森で魔物と戦った時みたいに、助け合うことは出来るかもしれない」
握られた手を、強く握り返し「リーシャだって、護ろうとしてくれたよね?だったら今度は、わたしが護る番だよ」リーシャの瞳から流れる涙を拭い、照れ笑いしたソラだった
ザックから護衛の勤めを聞いているうちに、段々と日は傾き、夕食の時間が迫ってきた。
「以上が護衛の勤めですが、ソラ様はあくまで友達なので、あまり無理はなさらずに」
畏まったザックの口調に、背筋がこそばゆくなるソラ。どうも拘束してしまったことが、シコリになっているようで、何度ソラが止めて欲しいと頼んでも、断られたのだった。
解散となった控えの間に、ハンナとザックだけが残っていた。
ハンナの表情は、先ほどの洒落た感じではなく、女王と言われる、気品溢れる面持ちだった。
「お二人を襲った魔物は偶然ではなく、意図的に現れたと思われます」
ザックは眉間に皺を寄せたまま、話を続けた。
「お二人が襲われたと思われる時刻に、森を探索していた私含め数名が、微力ながら魔力を感知しました。恐らく誰かが『召喚魔法』を使った為かと」
「あんな魔力を無駄に消耗するモノを使うなんて、一体誰なのかしら」
「手がかりが残っていないので、検討すらつきません。ですが、リーシャ様を狙われたのなら、もう一度アクションを起こすと思われます」
ザックの考えは正しいが、ハンナは腑に落ちなかった。
魔法自体は『魂の開放』を、発動キーとして誰もが使える。個人差はあれど、ハンナもザックも使えるのだ。
人間は『心臓』を核として活動している。つまり心臓が無くなれば、活動できない。
魔力は人間が持つ、もう一つの核『魂』から構成されている。目に見えない魂は、普段から大気に存在する魔力を取り込み、魂に魔力を蓄える。そして、発動キーを唱えることで魔力を放出し、使うことが出来るのだ。
人によって魂の大きさが異なるため、魔力の大きさは様々だが、召喚魔力を使えると言うことは、少なくともニクス大陸でも、上位に入る魔力の持ち主に違いない。
だからこそ、ハンナは腑に落ちない。そんな魔力を保有しているなら、召喚魔法を使うよりも、もっと効率の良いやり方があったはず。
「もしかして、リーシャを狙ったわけじゃない……?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
怪訝そうにザックは、ハンナの言葉を待つが、
「いえ、気にしないで。多分、気のせいだから」
「分かりました。では、引き続き不審な人物がいないか調査します」
一度、敬礼したザックは部屋を去り、ハンナだけが残る。
「……考え過ぎよね」
ハンナは憫笑し、また部屋を出た。
百合風じゃなく、ガチな百合を目指しています!(……恐らく)