逃げる男 【起承転結の『結』】
【逃げる】に-げる
[動ガ下一][文]に・ぐ[ガ下二]
捕まらないように、追って来るものの力の及ばない所に身を置く。
面倒なこと、いやなことから積極的に遠ざかろうとする。直面するのを回避する。
(国語辞典より)
『先月・・・』
『ホテルに行ったのよね?』
『ジーザスホテル・・・』
『行ったんでしょっ!!!』
『今、主人のカード明細を見ているの』
『明細の詳細は会社名になってるけど』
『ネットで検索したら、ビジネスホテルを経営している会社だったわ!』
妻からの執拗な電話が女へ
昼夜を問わずかかってくる
『・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『きぃ~よぉ~こぉ~さん~~~??』
『ワタシィ~今、呑んでるのぉ~~~』
『家でぇ~』
『一人でぇ~』
『フフフフフ』
『今ぁ~~~』
『右手にぃ~~~』
『何を持っていると思うぅ~~~~』
『病院でねぇ~』
『眠れないって言ったらぁ~~』
『睡眠薬お』
『いっぱいくれたのぉ~~~』
『これを全部飲んだら楽になれるのかしらね?希代子さん?』
女はその妻の電話で
狂気の中の冷静さに
更なる狂気を感じる
『家』
『借りた家』
『見たわよ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・
『201号室よね?』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『今』
『下で』
『部屋を見てるわよ!!』
『黄色いカーテン』
『可愛いわね』
『電気』
『ついてないのね?』
『まだ、帰ってないの???』
『返して!』
『返してよ!』
『私にはカレしかいないのよ!』
『あんた』
『まだ若くて』
『他に男もいるでしょう!!!』
『返せ!返せ!返せ!!!』
部屋の下で見ている?
どうして部屋までばれているの?!
女は
妻が近寄る足音を聞いた様な気がした
それから女は
背後に神経を集中して歩く様になる
何度も振り向きながら家に帰る
男と借りた家はもう
近づくことができない
実家に戻り
携帯に怯える日々を過ごす
男にも何度となく聞く
『奥さん、こっちに来てないよね?』
男は云う
『君の街からは遠く離れているから、そんなに頻繁には行けないよ』
『でも、奥さんの影を感じるんだもの!!!』
『大丈夫。安心して』
『貴方がこっちに来て、私と一緒にいて安心させてよ!!!』
『今はダメだ・・・もう少し待って・・・』
『どうして!?!家まで借りたのに!これからは二人で居ようって言ったじゃない!!!』
『奥さんと別れるんでしょ?!別れるって言ったよね?!いつなのよ!?』
『こんなに私が不安になってるのに、貴方はいつもいつも、はぐらかせて!』
『はぐらかせて!逃げているだけじゃない!!!』
男へ向かって叫んだ筈の声のが
自分に降り注ぐ
そこで冷静になった女は考えた
あの二人のための家で
二人は何日
過ごせたのだろう・・・?
何日?
一週間?
いや、もっと少ない
家を借りて幸せ絶頂な時に
妻から電話があった
タイミング良く
二人の家にあったのは?
コタツと冷蔵庫
それだけ・・・
『これから揃えていこうな』
という男の言葉は必要最低限で終わる
簡単なこと
男は
家を借りた契約書の連絡先に
自宅の番号を記入していた
いくら世間知らずの女でも
心の隅っこで気になっていた
(家を借りるということは、色々な確認事項があるのでは・・・?)
女は
敢えて眼を逸らしていた現実を
やっと直視する気になった
ぼんやりと確信する
計画していたのだ・・・・・
男は女との清算を・・・・・
男は
女とは遊びのつもりだった
しかし
遊び下手の男は
すぐ
疑心を妻に植え付ける
食事をするだけが
いつしか深夜になり
翌朝を迎える日が続く
妻からの電話はいつも攻撃的
『どうして電話に出ないの?』
メンドクサイ
『本当に残業なの?!』
メンドクサイ!
『残業で深夜ってどういうことよ!そんなに忙しいの?!?』
メンドクサイ!!
『徹夜で仕事?家に帰れないってどういうこと?!?!!!』
メンドクサイ!!!!
けれど
女とは会いたい
彼女には
妻の瘡蓋のような粘着質はなかった
そして
おぼれた・・・
妻の追及は日増しに酷くなってくる
妻と別れて女と・・・
あの妻がアッサリと承諾するか?
あ~~~!
全てが・・・・・
メンドクサイ!!!!
こんなにメンドクサイなら
女と別れえしまえばいいか・・・・・
愛したと思ったが
このメンドクサさの方が
愛よりも深い
どちらを切るのが楽なのかを考えれば
答えは明確
しかし
あれだけ待てと云った女に
自分から別れも言いにくい
それを考えるのも・・・・・
メンドクサイ!!!!!!!!!!!!!!
何とか
この状況を打破できないか・・・・・
ここは・・・・・
女には女
妻と女に任せよう
自分の責任から逃げる男・・・・・
自分の妻が
女に対してどういう行動を起こすか確信した上で・・・・・
そして
不動産屋からの個人確認の電話が自宅に入る
勿論その電話に出るのは妻
そこから
男の予想通り
妻は夫の裏切りを確認するための
追跡劇を始める
妻が
男の携帯から
女の携帯番号を調べるまでの時間など
語るまでもないだろう・・・
全ては男の計算の上の終焉
部屋を借りて
わずか1ヶ月・・・
壊れた妻を放ってはおけないという
立派な言い訳を盾に
男は部屋を解約し
女の前から
逃げて行った
- 了 -