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八話

 *****ドーラ・キルシュ・ノールブルク


 ちゅちゅちゅん、ちゅちゅちゅん。


 「……あぁ朝か。しかし、リリィが時間をかけて手ずから餌付けたと言うても……早朝から三拍子鳥に喧しく餌を催促されるとはのぅ」


 腕の中にリリィを抱いたまま、暖かなベットの中で目を覚ました儂は窓際に集まる鳥たちに目をやりつつすやすやと眠る彼女へ目覚めのキスを落とす。

  彼女の艶やかな黒く長い髪をかき分け、その瞼を見れば……やはり少し赤く腫れているようだ。

 

 「少し、無理をさせ過ぎたかもしれんの」


 起こさないように静かにベットを抜け出しはしたものの、その間ピクリとも動かず真っ白なシーツの上に静かに横たわる彼女を見つめ、思わずそう呟き。

 そして恥ずかしがり屋な愛妻のため、彼女が起き出す前にその身体を拭ってしまわねば、と寝室に隣接されたバスルームへ向かい桶にぬるま湯を溜めていた数分……儂は、今回の件についてどうリリィへ伝えるべきか悩んでいた。

 話さなければならぬことは呆れるほど存在すると言うのに、彼女へその全てを伝えるのはとてつもなく難しい。家を出た理由も、医療院や王宮の要求しておるリリィの子についても、……儂の想いも。


 「……厄介だのぅ。人を愛するとは、こんなにも厄介で、悩ましく……愛おしいものなのか」


 彼女を愛している。手放す気もない。しかし、医療院の連中は儂の歳を考慮し、数年以内に子が出来なければリリィには他の……健康で年の見合う男を宛がわせてもらう、と言ってきおった。王宮の連中は、そこまでは言わんが、それでも、彼女の一族の血を絶やすつもりはないと通告してくる始末。

 まったく……誰も、儂等を放っておいてはくれんようじゃ。


 「っ、おぉっと」


 気が付けば、溜めていたはずの湯は溢れ、儂の着ていた寝間着まで濡らしていた。


 「こりゃ、マリアンに言って着替えを出させんと」


 濡れた服を脱ぎ、その辺にあったタオルを巻き、バスルームを出た。そのまま、続き扉を開けリビングルーム行くと暖炉上に置いてあったベルを鳴らす。


 「お早う御座います。旦那様、何かご用でしょうか」


 すると、すぐさま部屋の外。ドアの向こうからマリアンの声が聞こえ


 「あぁ、寝間着を濡らしてしまっての。すまんが着替えを……」


 その時、ふと思いついた。久しぶりに夫婦水入らず湯に浸かれば、リリィも何かと話し易いのではないか?うむ、そうと決まればリリィの着替えも頼まんとな。


 「……ドーラ様?どうかなさいましたか?」


 燃えていない暖炉の前でつい、ベルをつまんだ格好のまま考え込んでしまったようじゃ。最近ぼぅっとしてしまうことが増えた気がするのぅ……やはり年のせいかの?


 「……いや、どうもせんよ。今からリリィと湯に浸かろうと思うのじゃが……着替えの用意を頼めるかの?」


 ちりん、と音を響かせるベルを出来るだけ静かに暖炉上へ戻し、マリアンへ用を告げた。


 「はい、では先に朝食のご用意を少し遅らせるよう、料理長へ伝えて参ります」


 「ふむ、そうじゃな。頼む」


 「承りました」


 その返答を最後にドアの前にあったマリアンの気配が遠のくのを感じ、儂はリリィが起き出す前に浴槽へ暖かい湯を溜めるため、急ぎ足でまたバスルームへと踵を返した。



 _____どぼどぼどぼっ、そう水音をたて浴槽へと見る間に溜まって行く様を眺めていると、不意に寝室の方からリリィの儂を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 「……どぉ、ら」


 「なんじゃ?」


 案の定、彼女は目を覚ましておった。純白のベットの真ん中で、ぐしゃぐしゃに揉まれたシーツやクッション、羽毛布団に埋もれ、彼女の小さな身体は隠れているが……やはりその瞳は充血しておったし、儂を呼んだ声もかすれ、普段の幼いリリィでは見る事の出来ない妖艶さを引き出していた。


 「リリィ、目が覚めたのなら湯浴みをせんか?今湯を沸かしたところじゃ、朝からゆっくり入れば元気も出てこよう?」


 リリィのことじゃ、恥ずかしがり、きっと断りを入れてくるだろう。問いかけておいて難じゃが、返事を待つまもなく、儂はベットの端に膝をかけ彼女を抱き上げ浴室へと歩き出す。


 「……あっ」


 「さぁ、湯浴みをしている間にマリアンが着替えを用意するそうじゃ」


 彼女は素肌にシーツを身に着けただけの状態を気にしているのか、すぐさま顔色を赤くさせ恥ずかしがり、俯いてしもうた。

 ……歩きながら、可愛らしく俯く彼女を見下ろせば、そのうなじには昨夜儂の付けた印が、色鮮やかに咲いているのを見つけ、思わずにやけてしまう唇を抑えきれずにふと視線をずらす。すると今度は黒髪から覗く小さなまるい耳まで朱色に染まっているではないかっ……なんとかわゆい妻じゃろう。その瞬間、儂は年甲斐もなく、今度は誰に妻自慢をしてやろうかと試案してしもうた。


 _____ぴちゃん、ぴちゃん、お湯の滴る音に、視界を奪う湯気。


 「気持ちが良いのぅ?」


 「……」


 広い浴槽の中、儂はリリィを膝にのせ、彼女へ勧められるまま額に畳んだタオルをのせ、湯に浸かっていた。


 「どぉら、あつ、い」


 「ふむ、そうかの?儂はいつもと変わらんように感じるが……」


 こうして膝にのせてみれば、彼女の一族は驚くほど身体が小さく、そして軽いことが良く分かると言うものじゃ。この屋敷は、彼女が来るまでそのように小さき人を招いた事もなかったもので、きっとリリィには随分暮らしにくい仕様だろうと思うのじゃが、彼女は文句の一つも言わぬ。生まれた場所も、生活も、身長も、年齢も、何もかもが違う儂等は感じ方も違う。例を挙げれば、道も儂等の歩幅で作られておるからのぅ、たった数分の距離も彼女にとっては数十分であるし、テーブルやイスは高さがあり座れぬし、この浴槽は深すぎて溺れてしまう恐れがあるため、何をするにも一人では難しい。普段はなるべく儂が抱き上げ行動を共にしておるが、傍に入れぬ時や仕事がある日などは屋敷内で働く使用人たちに助けられ、時には自力で用を済ませたりと彼女なりにこの屋敷に慣れようと試行錯誤を重ねているようだとマリアンに報告がてら聞いておる。


 「のう、リリィ?」


 ……儂は、今でも十分幸せだと、そう思っておる。


 「……ど、ぉら?」


 彼女は、その小さな体で全てを受け入れてきた、強い女性じゃ。一度は家族も友人家も住む場所も何もかもを失い、笑顔も、言葉も、奪われ……それでも、新しい家族を、儂を望んでくれた。……それだけで、十分ではないか?こうして、リリィと儂、そして長い付き合いの使用人の皆と共に暮らして行ければ……それだけで。

 ……しかし、医療院や王宮だけの望みでない。儂も、彼女と婚姻を結んでから、願っておった想い、それがつい、湯に浸かり気が緩んだのか、ポロリと口を出た。


 「のう、リリィ……儂の、子を産むのは嫌じゃろうか?」


 彼女と儂の子ならば、リリィに似た女児が良い。きっと黒髪黒目の可愛らしい淑女に育つのだろう。いやいや、健やかならば男児でも構わん。儂が立派な騎士に鍛えて見せよう。

 まったく……子が生まれれば、医療院や王宮側がどういった対応を見せるかもはっきりせんと言うのに、確率で言えば子を取り上げられる可能性も捨てきれぬと言うのに、儂は夢見てしまう。彼女との……彼女たちとの未来を、儂は残酷にも想像してしまうのだ。


 「……?どぉら、コヲウムノハイヤジャロウカ?なに?」


 あぁ、そうじゃった。……リリィはいまだ簡単な単語のほかには話せんのであったな、つい、考えすぎたようじゃなぁ。

 儂は後ろめたい思いを隠せずに、子もいない彼女の腹をそっと撫で、何とか伝わらんものかと言葉を零す。


 「こ、じゃよ。あかご、ややこ、……他にどう伝えればいものかの」


 「?……コ、ヤヤコ、アカゴ?」


 無邪気にも舌足らずに、儂の言葉を繰り返す彼女を見つめながら、どうか……と願う。



 どうか、神よ……一度全てを無くした彼女から、これ以上は何も取り上げてくれるな……と。







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