七話
ちゅちゅちゅん、ちゅちゅちゅん。
「……と、り」
この世界独特の鳥のさえずりを聞きながら目覚めた私。
べランダから差し込む眩しい朝日に目を細め、窓際に集まる小鳥たちへあげるパンを用意しようとサイドテーブルの小さな引き出しを開けるため起き上がろうとして……腰が痛すぎて断念した。
「……い、たい」
あぁ、そうだった。家出していた期間を考えると、昨夜久しぶりにドーラから望まれ、それに答えたことになる……何週間ぶりか計算してしまうと、そりゃ、そうなるか。
せっかく、メイドさん達の協力にしてもらって、前日夕食で残り程よく固くなったパンを小鳥に上げる習慣がついてきたのに……。
広いベットの隣を見れば、そこに私の愛する夫のドーラはいない。……人をこんな目にあわせておいて良い度胸じゃない?私が普段でも一人じゃベットから降りられないのを知っていて、こんな状態のまま置いて行くなんて酷すぎる!!
「……どぉ、ら」
「なんじゃ?」
うぉっ?!今どこから出てきたの?!
一体全体どこに隠れていたのか分からないけど、とりあえず……なぜ半裸?下半身はタオルを巻いているけど、なんで上半身裸なの?しかも五十過ぎてるくせにその引き締まった腹筋は……昨夜を思い出して恥ずかしくなってくるからや止めて!!誰か助け……
「リリィ、目が覚めたのなら湯浴みをせんか?今湯を沸かしたところじゃ、朝からゆっくり入れば元気も出てこよう?」
いやいやいや、いくら夫婦と言っても、そんなこと恥ずかしすぎて出来ません!!結婚しといて今更とかそんなこと関係ないねっ!!奥手ランキングナンバーワンの日本人代表として断固拒否いたします!!
「……あっ」
「さぁ、湯浴みをしている間にマリアンが着替えを用意するそうじゃ」
えっ!?マリアンさんに言っちゃったの!!馬鹿馬鹿ドーラっ!!もう顔を見て話し出来ないでしょうがっ!!
そんな風にドーラへ猛烈に文句を言っても所詮心の中でだけ、口に出しても通じない以上伝わるわけもなく……。ひょいっと、その太い腕に抱き上げられてしまえば、その高さに、落とされることはないと分かっていても下を見てしまえば怖すぎて反抗できるわけもなく、強制連行です。
_____ぴちゃん、ぴちゃん、お湯の滴る音に、視界を奪う湯気。
「気持ちが良いのぅ?」
「……」
ドーラはまだ五十をちょっと過ぎたくらいのはずなのに、額にタオルをのせて気持ちが良さそうに瞼を閉じた姿を見ると……なんだか凄く年を取っているように見えてしまう。
あぁ、悪戯気分でタオルなんてのせるんじゃなかった……。
「どぉら、あつ、い」
「ふむ、そうかの?儂はいつもと変わらんように感じるが……」
巨大ベットもそうだけど、この湯船もこちらの世界の人向けに作られているものなので言わずもがな浴槽がとてつもなく深い!!いつもはシャワーで我慢するんだけど、たまにこうして強制連行されるときは、言いたくないが浴槽に座り込んだ彼の膝に座らされているため物凄く密着しているわけです……全裸で!!あぁ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!しかも羞恥で物凄く全身が熱い!!かと言ってドーラはわざとなのか天然なのか羞恥に駆られる私に全く気付いてくれないわけで……結局のぼせてマリアンさんやユーユに運び出されるわけでございます!!
「のう、リリィ?」
そっと、私のお腹に腕を回し、普段から騒がしいドーラが、まるで呼吸するように、小さな小さな声で名を呼ぶもので。
「……ど、ぉら?」
私は訝しんで、ゆっくりと彼を振り返ります。
「のう、リリィ……儂の、子を産むのは嫌じゃろうか?」
……コヲウムノハイヤジャロウカ?
儂、と言うのは、ドーラの事でしょう?じゃあ、コヲウムノハイヤジャロウカ?って何?
「……?どぉら、コヲウムノハイヤジャロウカ?なに?」
嫌に長ったらしいが、単語ではないだろうし……何度も言うようだけど、私は簡単な単語しか分かりませんよ?!
すると、ドーラはうっかりしていた。とでも言いたそうにひとしきり視線を泳がせた後……私の腹を撫でて。
「こ、じゃよ。あかご、ややこ、……他にどう伝えれば良いものかの」
いまだに濡れたタオルを乗せたままの額を掻きながら、弱ったようにドーラが小声で何かを言った。
「?……コ、ヤヤコ、アカゴ?」
一方の私は、これでもかと言うほど眉間に皺を寄せ、どうにかドーラの言葉の意味を理解しようとブツブツ考え込み……。
湯船に浸かったままどれくらい経っただろう?……その後は結局夫婦共々のぼせ上がり、ドーラの身体がデカいばかりにユーユやマリアンさんには運び出せず、朝から仕事で忙しい執事長さんや同じく朝食の支度で大忙しの大柄で有名な料理長さんにお手伝いして頂く羽目になりました!!あぁもうっ!!誰か通訳お願いします!!




