三話
「リリィ、いったい何があったと言うのだ。どうして勝手に屋敷を出て行った?」
あたしが怒りに震え、それ以上近づくなオーラを放っても……この人に通用しないのはもう二年以上一緒に暮らしてようく!理解してはいるけどもっ!!
「こ、わい……いや」
まぁ、怒っているあたしを宥める為にベットの端に膝をついたまでは良い手だと思うわ。そんな風に優しくされて悪い気分になる女性はなかなかいないでしょうし。でもこの人は、あたしが難しい話し言葉を苦手としていることを知っているはずなのに……なぜ早口で語りかけるの?名前を呼ばれたのは聞き取れたけど、そのあとなんて言ってたのか全然理解できないっつーの!!
……一応、今の会話成立してませんよ?と気づいて貰う為に「早口で怖いんですけど!」とこちらの言葉に置き換えて口にしてみたものの。
「怖い、か。ふむ……リリィ、わしはだれだ?」
あぁ、そうですよね?……全然通じてさえいないらしい。あげく、お屋敷で言葉の勉強の為に良くこの人に出されていた問題をこの場にて披露されてしまった……騎士さんやメイドさんの沢山いる狭い部屋の中で。十八にもなってこんな幼稚な言葉遊びしていたのが、公の場で暴露されてしまった!!
なんて恥ずかしい……しかし、この問題に答えないことで更なる羞恥にさらされるのはもう勘弁なので
「わ、しは、だれ?わ、しは、りりぃのすきなひと」
……えぇ、分かっていますとも!!公衆の面前で告白して、お前は十八にもなって恥ずかしくないのかって?!うぅぅ、恥ずかしいですともっ!!けどそれもこれも、これ以上の恥をかかないため!!一時の恥はかき捨てます!!
「そうだ!儂はリリィの好いた男だ。儂ほど強い男はどこを探そうともそうはおらんぞ?何を不安がるのだ?」
もうやめてっ!!そう叫べたらどんなに救われるだろう……。奥手代表である生粋の日本人としては、この世界の大っぴらな愛とスキンシップに耐えうる心も体も持ち合わせちゃいないんですよぅ!!
「す、きな……ひと」
嫌いじゃないですよ?本当はとても「すきなひと」だけれど!!今現在あなたのもっとも大事な人は?とか問われれば……今となっては瞳を閉じても瞼の裏に浮かび上がる最愛の夫、だけど!!でもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいんです!!
「帰ろう、儂等の家へ」
えぇっ、もう「いえに」帰るんですか?でもまだ貴方にかかされた大恥について、どうやって仕返しするか考えていないんですけどっ?!
「い、え……にっ?」
なんて、言葉が分からない分心の中でたくさん返事を返している間に……気が付けばさわり心地の良い真っ白シーツに包まれて、愛する夫の分厚い胸板と太い腕に抱き上げられ、帰途に着いておりましたとさ。
そして数週間ぶりに帰った我が家では、あたし付きのメイドや執事さん、料理人の皆さんに散々叱られて甘やかされるのです。