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二十二話

小さな宿屋の窓際に置かれたベッドの上で、たった一人夜空を見上げ、私はひっそりとため息を吐きながら想ってしまう。


ー世界はこんなにも美しいのに、私はどこにも行けやしない……日本にも、ドーラの元にもー






気まずい沈黙が続き、先に耐えられなくなったのはドーラだった。

彼は感情を悟らせない小さな声で、先に眠るよう言葉を残し、少し前に部屋を出た。


「わたし、お母さんになるのに、悲しんでなんて、いられないのに」


どうしてかな?涙が溢れて、頬を伝うの。いくら拭っても、止まってくれないの。


「ドーラ……どぉら、っ、なんで?わたし、ちゃんとかえってきたでしょう?怖くて、寂しくて、マリーさんやみんなに会いたくても我慢してっ!わたしっあなたのところにかえってきたのにっ!」


初めて出会ったときは見知らぬ軍人だった。次に会ったときは私を小さな子だと勘違いしているお爺さんで。何度も、何度も会いに来るあなたは何時だって優しかったのを覚えてる。

ねえ、ドーラ。貴方が私を、初めて外に連れ出してくれた日を覚えてる?日本で言うなら小春日和。暖かく過ごしやすい日の朝、完全に良い歳をして、初めて女の子をデートに誘う思春期の少年みたいに緊張した貴方の訪問を受けて、それから時間はかかったけど、上手いとはけして言えない絵を通して乗馬に誘われた。


「……ひっく、」


あの日の私は、何もかもが初めてで、何もかもが目新しくて、嬉しくて、幸せで、すでに小さな火が点っていた心が傾くのには時間は要らなかった。

愛しているなんて、純粋な日本人は恥ずかしくて直接口にしたりしないから、貴方がそう囁いたときは今でも顔が赤くなるの。

……私たち、これからもそうして、幸せに暮らしていけると思ってた。






ねえ、ドーラ……私たち、あの頃と今、何か変わってしまった?

私はわからない、何が違うのか……わからないよ。






















_______ 「なぁ、暗い顔して……一人か?」


騒がしい一階の酒場内、カウンター端の席に腰を掛け、一人暗い影を落とす年老いたヒューマンの雄へ声を掛けたレプティリアン(ヒト型両爬類種)


「……名も知らん戦士よ、(つがい)は居られるか」


チラリと視線を投げ、ポツリと問いかけたヒューマンの雄はグラスを傾け。

問いかけられたレプティリアンは、鋭い牙が見え隠れする口をガバリと開き、ニヤリと笑い掛けながら幸せそうに答えて見せた。


「あぁ、(つがい)になって二百と三十年ほどだが……最近やっと子が出来てなぁ」


いかにも、現在は幸せの絶頂期といったところか。


(つがい)は気性が荒くてなぁ、機嫌が悪きゃすぐに殴られるんだが、俺としちゃそこも気にいってんだ」


「……そうか」


「俺の仕事柄あまり家にいられなくてなぁ、アイツも書類仕事があるから育てんのも苦労するだろうが……種族がら子育ては一族ぐるみでなぁ、皆が助け合い、手を貸し、目を光らせるからまぁあまり心配もしてねえさ」


「皆が……それは、良いなぁ」


「ん?アンタは番いねーの?」


「二回り以上若い妻が居るが、最近懐妊してのぉ……悩んでおる」


はぁ、と深く息を吐きだした年寄りを見て、レプティリアンは問いかけた。


「はっ、何を悩む必要がある!アンタ番を愛してねーの!?」


「愛しとるさ!何を馬鹿なっ!」


だったら、いったい何を悩むと言うのか。

人族としては、見たところ年を重ねているようだし、酔ってはいてもその瞳には知性すら見えると言うのに……答えを知らぬとは。


「じゃあ、何を悩むんだ?愛する(つがい)がいて、テメェの腕一本ありゃ、俺はどこでだって生きていけるぜ?」


(つが)いを得る。

それは、レプティリアンには長い時間を生きる上での希望であり、その存在は至高ですらある。最高の幸福とも呼べる(つが)いを得てなお、何に悩むと言うのか?

その言動は、レプティリアンと呼ばれる種族には理解の及ばない不可思議なモノであった。


「……どこででも、か」


「そりぁそうさ!もし(つがい)が里を出たいなら連れて出るし、贅沢な暮らしがしてぇなら死ぬ気で稼ぐ。……くっついたり別れたり、人間にとっての(つがい)がいったいなんなのかさっぱりだがなぁ。俺らにとっての(つがい)は唯一無二よ!相手を失えば気が狂うしか道はねぇ!生まれて死ぬまで、愛を注ぐ相手はたった一頭のみ!下の話でワリィが、余所見したくてもアソコがまずピクリとも動きゃしねぇからなぁ」


すでに酔っているのか、そのレプティリアンはガハガハとくちをあけて笑い種族の違いを……愛を説いているようで、


「ここだけの話だが、俺達も自分のガキにゃ愛情は注ぐがな、取り合う対象が(つがい)なら、親子でも嫉妬するんだぜ?ガキが出来ずらいってんで、一度生まれりゃ母役の(つがい)はガキにかかりきりでなぁ、そりゃもう盛大な大喧嘩よ!俺にもかまえっ!!てな。……まぁ、なんだ?アンタは人間じゃ良い年だろう?どこのどんな種族でも、ある程度の年齢になればしがらみやら悩みの種は尽きねぇが、(つがい)は不幸にしちゃなんねえよ、何があろうと。今いる場所がダメだと思うなら、何を無くしても(つがい)だけは連れてその場を離れろ。こーゆーのにゃ慣れてないが、俺に言えることはこれぐらいだな」


「だが、儂はもう、貴殿の言う通り歳だ……なにかあれば誰が妻を守りとおせよう?」


人は項垂れ、言葉を零し。

対するレプティリアンは ふぅん と大きな瞳を細め口を開く。


「……アンタはあれだな、馬鹿だろう?」


頬杖を突き、呆れたように年老いた人間へ言葉を投げたレプティリアンは真っ赤な酒をグイッと飲み干し一息。


「儂は歳だが、耄碌はしておらんよ」


うむ、歳はとっても皆が皆他人を諭せるような賢人になれるわけではないらしい。

レプティリアンは、飲み干したグラスを店の者へ掲げ、次を要求しながら一つ学び、内心ため息を吐く羽目に。


「ちげーよ、そっちじゃねーし!あー、だから、だろうが!」


「なにを、」


「だから俺らはガキを作るんだよ!まあ、それだけじゃねえ。そこには確かに、ガキへの愛もあるが、(つがい)へ愛の方が遥かにデカイ。俺に何かあったら、きっと一族がアイツを支え、守ってくれんだろう。けどな、それだけじゃダメだ。分かるか?体だけ守られたって、それじゃ心が病んじまう。けどよ?ガキがいれば、きっと心さえも救い上げることができるはずだ。ガキの中には、確かに俺がいる。他の誰でもない、(つがい)の俺が。だから、アイツは死ねねぇ。心も身体も生きて、ガキの側で笑うしかねぇんだ。そうして日が経てば、ガキもでかくなって、自分の(つがい)を得る時が来る。アイツも目が離せねえだろうさ」


「子育ては忙しいと聞く、そうなれば立ち止まってはいられんか。……いずれは、子が、妻を守る日が来るのだろうか?」


「あぁ、きっとな!これは吉兆だ。考え始めたらキリがねぇぜ?楽しみだろ?」


「あぁ、その通りじゃ。儂が忌んでも

未来、子が妻を守る……か」


「デカくなるまではチィッと時間がかかるが……見守るそれもまた、あの世に持ってく良い土産になるしな」


「……本当に、楽しみだのぅ」


しみじみと微笑み。

グラスを空にした種族の違う一人と一頭は、ゆうるりとまぶたを閉じ、未来へと思いを馳せた。







拍手にて長文でコメントを頂き、幸せすぎてニタニタしてしまいました(笑)

本当にありがとうございます。

またのそのそと、ひっそり更新するとは思いますが呆れずに読んでいただけたら嬉しいです。

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