十七話
ぶらん ぶらん
下の方で揺れるのは、すでに既婚者となられたご婦人のモノとは思えない程……短く、か細く、頼りない二本の脚。
「……」
「……」
自宅へ連れて行くためとは言え、他に方法が無かったのかと今更考えてみるがどうしようもない。
そもそも、彼女は全体的に幼すぎるし連れて歩くにも頼りなく、何かあってからでは取り返しもつかない。抱き上げようにも力加減が分からないし、……要するにこうするしかなかったと言うことだ。
「……のーるぶるぐふじん、でぐちにばしゃをつけてありますので」
「……は、い」
それにしても、物静かな方だ。
言葉が覚束ないにしても、もう少し騒ぎ立てるかと思っていたのだが……。やはり、まずは言語教育からだな。それから礼儀作法、そして出来れば記憶障害の治療も並行して行った方が良いだろう。
からからから と石畳で作られた道を進み自宅へと向かう馬車の中
「……(全く、馬車で帰宅するはめになるとは……余計な出費が嵩んだな)」
普段は健康と節約のため、徒歩か馬での移動が主だが……
「……(ありきたりな街並みだと思うが)」
馬車の中の迎え側に座り、何が楽しいのか、床につかない足を揺らしながら小窓から外を眺める彼女がいる以上、歩いて帰るわけにもいかない……これも致し方ないか。
折角良い職にもつけて、胃の痛みにも最大限我慢を重ね、もう少しで目標の金額に達すると甘く考えていた自分への戒めとして受け入れるほかないな。
「あ、の」
「っ、はい……なにか?」
今の今まで彼女の方から口を開くことも無かったので、話しかけられるとは全く思ってもみなかった……完全に油断していて驚かされた。
自分が物思いに耽っている間に、彼女の視線は小窓の外からこちらへと向いていたようで、真っ直ぐ、もう他では見ることが叶わなくなった貴重な黒の瞳で見据えられ……思わず唾をのみ込み、若干たじろいでしまった事実を消し去りたいと恥じながら返答を返せば。
「あれ、は……?」
ゆっくりと、拙い言葉で問いかけられ、彼女の小さな指がさす窓の外へ視線を向け……
「……あぁ、あれは」
あれは、キコの実を売っている屋台ですよ。そう言いかけて、彼女が記憶を無くしている事実を思い出した。
……この場合、彼女が聞いているのはキコの実についてなのか、屋台についてなのか、それともこの町に存在する他の何かか?
「ふじん、あれ……とは」
「あ、あ、の……たべ もの?」
「たべもの、であれば……キコの実です」
キコの実はこの国の南田舎特産の果実ゆえに、呼び名の発音も若干訛りが強く伝えられている……通じるか?
「き……ききょ」
ききょ。それは一体?と思い、噴き出しそうになりながらもう一度
「キコの実」
今度は強めに、はっきりと口元を動かし発音するも……
「きにょ?……ぉみ」
いや、待て……夫人は、彼女なりに一生懸命努力されているのだろう。
「き」
まぁ、学ぶ意欲があるのなら先も明るい
「き」
そう思い、自宅へ着くまではこうして
「こ」
言葉の発音練習へ付き合うことにしたのだが……
「き、……こ?」
……はぁ、例えモノを忘れたと言っても、このように言葉を忘れてしまうとはなんと厄介な。
しかし、反対に他人との対話の手段を忘れてさせてしまうほど……いや、忘れたいと思わせてしまうほど彼女を傷つけた原因の半分は我が国にもある。
「……気長に教えて行くしかないのでしょうね」
そう呟き彼女を見やれば、
「……はぃ?」
うっかり、観光でもしているつもりですか?と聞いてしまいそうなほど、また呑気にも窓の外を眺め続ける姿に。
まぁ、今更ここで恐怖から暴れられても困るので、大人しくしていてもらえればこちらとしては助かるが……元が黒の一族。今は大人しく伝える言葉を持たずとも、何か……逃げ出す算段を持っていても可笑しくはない。
かと言って、この小さき方を縄や何かで拘束し続けると言うのも……
「全く、どうしたものか」
俺の人生にとっては全く以て必要のない、尚且つ扱いに困るものを渡され、不本意極まりない。
この先の事を考えれば考えるほど、重くなるため息と共に、初めはきりきりと痛んでいた胃の痛みは徐々にじりじりと、ずきずきと響きを変え……俺は……
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