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十五話


 お待たせいたしました。そして、長々と休んでしまってすみません。

 今話はリリィとドーラどちらの視点でもございませんが、楽しんで頂けると嬉しいです。


 とある日の昼下がり、いつもの様に仕事に勤しんでいる時間帯に迷惑な客が執務室へと現れた。その客は室内の人間に対し一切の配慮も無く、見た限りではかなり感情的になっていたのだとは思うが……


「帝国の副団長殿が溺愛し、自宅から外へ出したがらないと言うからどれほどの女かと思えば…あれはなんだっ?!」


 興奮し、そして落胆している様子で捲し立て、執務机を挟みこちらを睨みつける男を横目で見つつ、俺は室内にいる部下へ視線をやり退室を促す。

 そして彼らが無事に物音を立てず退室したころを見計らい、机に積まれた書類から顔を上げ、自分にとっては非常に迷惑極まりないその男を見やり告げてやった。


 「帝国騎士団副団長ドーラ・ノールブルグ殿の奥方リリィ様でございます。数年前に起こりました我が国と帝国の戦にて滅びたと噂されていた黒の一族唯一の生き残りであり、現在は精神的な衝撃により以前の記憶のほとんどを消失したと聞きますが実際のところは判明に到っておりません」


 つい二年ほど前に彼女が帝国内で発見されてからも何度となく説明してきた内容をなぞり、わざと呆れきった感情を視線へ乗せて話せば、


 「そんなことを聞いているんじゃないっ!!あれは、まるで稚児ではないかっ!?俺には幼子を妻にするような趣味は無いぞ!!」


 馬鹿にされたとあながち勘違いでもないが、感じ取ったらしい優男は顔を赤くし怒鳴りつけ、


 「……リリィ様は御年十八歳にございます。そして黒の一族とは、我々とは外見的特徴が異なりますゆえ、見た目では推し量れないものも多く存在いたします」


 以前にも黒の一族の身体的特徴については教えたはずなのに、何故この男は一度で覚えられないのかと今度こそ心底呆れ、仕方がなくため息を一つ吐き出しながらもう一度優しくかみ砕いて説明を補足して聞かせた。


 「…あの幼子が、十八だと?ではあれの夫である副団長殿との婚姻も、我々から身を守るためのカモフラージュではなく」


 彼女をあくまでも紳士的に連れてくるようにと命じたはずの子飼いどもは、黒の一族の生き残りが発見されてからと言うもの、密偵のようなこともさせていたので帝国での様子も事細かに報告が上がっている。


 「間違いなく、恋愛結婚であるとの報告が」


 聞いた話では朝から晩まで片時もそばを離れない様子で、何時子供が出来てもおかしくないと報告が上がっていて、子が出来てからでは遅いとこうして誘拐まがいなことまで仕出かしてしまったわけだが……


 「あの稚児と、恋愛だと……?」


 今度は頭を抱え唸り始めた男を見て、邪魔でしかない俺としては氷河の如く冷たい眼差しと声音で退室を願いたいものだが、


 「だが、帝国の副団長は年が……」


 はっと顔を上げた男は私へ問うたのだろう言葉を壁に向かって吐き、


 「副団長殿はすでに五十を超えていらっしゃるとのことですが、それが何か?」


 いい迷惑だが、こちらから視線が逸れたのならむしろそのまま壁と対話していて欲しい。此方さえ向いていなければ失礼だの立場がどうのと怒鳴られることも無いだろうし、書類仕事だけなら奴の話を適当に聞き流し返答を返せば仕事もはかどると言うものだ。


 「五十だと?ではあの稚児が今現在十八で……」


 願った通り、部屋からの退室は叶わなかったものの奴は壁に向き何やらブツブツと呟き始めた。


 「……はぁ」


 しかし、黒の一族の生き残りと言えば身の丈は小人のようで羽のように軽く、知能が高く思考の回転も速い賢人の集団だと幼い頃は良く聞かされていたが、まさか絶滅などと言う最悪の結果になるとは考えつきもしなかった。

 あの頃は、皆が皆、黒の一族の知恵を欲し、妬み、怯えていた。可笑しな話だと、俺も思う。彼らはこの地上に存在するどの国の人種よりも知能は優れていたけれど、いつだって奢ることなく、人の入らぬ森の奥で穏やかに田畑を耕し、家畜を育て、家族を愛し、生きていたと言うのに。俺たちは何かに躓くたびに彼らの持つ知恵へと頼り、その優しい手にいつふり払われるのかと恐れていたのだ。

 

 「……お前、確か独身だったな?」


 は?と書類から顔を上げれば、良いことを思いついたと言わんばかりに表情を緩めた奴が俺を見ていた。


 「確かに、わたしは未婚ですがそれが一体」


 どうしたのでしょうか?とこちらが聞く前に、奴は言った。


 「お前、いい加減その敬語止めろ。今は確かに仕事中だが気持ち悪い」


 ……ぷちり、と俺の脳内で確かに今何かが切れかけている。


 「あ、それからお前にやるよ。例の黒の一族の生き残り」


 あぁ、そうだ。こいつは本当に、面倒事しか持ち込まない厄介極まりない、疫病神も裸足で逃げ出すような面倒くさい男だった。

 嫌な予感はしていたんだ。この男に、俺の幼馴染に、我が国の王子に、黒の一族の生き残りを、と話しが出た時は本当に胃が痛くなって頭痛も吐き気も……なぜもっと強く反対できなかったんだろう?初期の段階ならばまだしも、国外へ誘拐しておいて今更穏やかに返せるはずもない。


 「……なぁ」


 今も痛む胃を押さえつつ、災厄で最低で最悪だが否定できない俺の幼馴染であるこの国の王子へと声をかけ、


 「ん?」


 警戒心零でこちらへ近づいてきた奴へ


 「ノールブルグ夫人の気持ちを考えれば、こんなもんじゃ足りないだろうが…」


 「ぐっ……」


 そう語りかけつつ、腹へ一発入れ。


 「そして、俺の可哀想な胃の分」


 「ぐうぇっ!」


 そう言ってもう一発入れ、昏倒した奴を執務室のソファへと横たえた俺は、鍵付きの引き出しへしまい執務中は我慢していたはずの煙管を吸いながら、明日からどうすっかなぁ?と気絶した王子が幼馴染と言う幸福か不幸か今となっては分からない自分が首になることはないとして、むしろいつものじゃれあいだと周囲は思うだろうが。


 「ふざけんなクソ野郎、と叫んだところで状況が変わるわけでもないが、人妻を嫁にしろとは本気で俺を馬鹿にしてんのかね?それともこいつが最上級の阿呆なのか?お前が何を娶ろうと俺の知ったこっちゃないが、こちとら城である程度稼いだらさっさと人の少ない田舎に家を買って少し頭は悪いが料理が美味くて素朴で可愛い奥さんを貰って数年後には子供が三人は欲しいとか人生設計もしっかり計画済みなんだよ!!そしてしっかりきっぱり早急にお前とは縁を切るつもりで切り詰めて貯蓄もしてんのに!!」


 意識のない奴相手に捲し立てたからと言ってちっとも苛々は無くならないものの、今更どうしようもない現実が目の前に突き付けられている以上、一度くらいどこかで発散しておかないと可笑しくなりそうだ。あぁ、そう言えば大声で叫ぶのは健康にも良いと先日いつもの胃薬を貰いに医者のもとを訪れた際にアドバイスされた覚えもある。

 しかし今日の分の胃薬はもう飲んでしまった。処方以上に飲んではいけないと医者に厳しく説明を受けている以上間違いを犯すわけにもいかないしなぁ……


 「……はぁ」


 これでまたいちだんと煙管を吸う回数も増えて、俺はまた部下に健康面について心配をかける事だろうが、それもまたいつものことだな。

 とりあえずは放置するわけにもいかんし、奴が起きたらすぐにでも例のノールブルグ夫人のもとに案内させるとしよう。







 久しぶりな感覚なので、誤字脱字・おかしな表現等ございましたらご一報お願いいたします。

 もちろん感想もお待ちしています。

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