十四話
何もない己の腕の中を見て、儂は自分を何度責めたか分からん。
何度も、何度も、何度もっ!!彼女の前で誓ったのではなかったか?
愛していると、守ると、もう二度と一人には……しないと。
「リリィ、にわへでないか?」
儂はまだ、覚えている。
「に、わ」
先ほどまで、己の腕にいた、リリィの確かな温もりも……
「さ、今日は鳥も良く鳴く良い日和じゃ」
あの小鳥のようにかわゆい、愛妻の声も……
「……いく」
やっと手に入れた彼女の微笑みも。
「そうか!ならさっそく庭へ。……マリアン、リリィへ何か上着を」
あの時、儂は確かに、忍び寄る気配を感じていた。
「こちらに、本日は桃色のお召し物を着ておられますが。ストールは赤、緑、白、青をお持ちいたしました」
敵の気配が一ケタで足りぬ以上、せめて戦えぬ使用人とリリィだけでも安全を図らねば。その後は、老いぼれで近年は書類整理ばかりしてはいるが、儂と男衆がいれば城からの応援が来るまでは持たせることが出来るはずじゃ。
「ふむ、では青を」
油断はなかった。
「ふむ、これで見えぬな」
青の布で全身を覆うことで視界を塞いだ最愛の妻を腕に抱き、マリアン達を引き連れ隠れ通路へと足を進め。
「……どぉら?」
不安そうなその声を耳に入れながらも、次から次へと現れる怪しげな者どもへの対処へ追われた。
「……ぉら、どぉら」
今は思う。なぜ、一度でも良い。大丈夫じゃと、そう一言声をかけてやれなかったのかと……
「ゆぅゆ、どぉら、まぁりあ、じぃ……」
我がノールブルグ家に仕える全員には、雇用契約を結ぶ際に一通りの護身術を学ばせることで自身の身を守ることが出来るよう指導してある。背後を守るマリアンやユーユも、自身を守ることに必死なようではあったが、無事逃げ延びた。
「旦那さま!!」
「……っ」
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そして儂も、頭部への酷い衝撃と、誰かの叫び声を最後に気を失い……こうして、真っ白な部屋で目を覚ました。
しかし、今、この腕の中にリリィはいない。
……油断していたわけではなかった。彼女を、己の腕から放した覚えもない。
「…何があったのじゃ」
は と目を覚ませば、そこは薬の匂いが漂う城の医務室であり。儂に残ったのは、頭部へ負った怪我とそれに伴う痛み、そして…
「……あなたの屋敷へ突入した時点で、すでに奥方様は何者かに連れ去らわれた後でした。屋敷は死体だらけ、やったのはノールブルグ副団長、貴方ですね?残念なことに犯行を自供してくれそうなものはいません。敵側の生存者はおりませんでした。その全てが血の海に沈んでいたもので。まぁ、しかし、使用人への教育は素晴らしいものです。怪我人は数人おりますが亡くなった方は一人も」
そう淡々と報告してきたのは、儂の上司である騎士団長殿であった。金の髪に青の瞳、扉へ寄りかかり佇むさまは、世界中の絵本の中に出てきそうな容姿端麗ぶりではあるが、儂自身が師匠として奴の幼い頃より指導してきたこともあり、騎士の位が上になった今でも敬語が抜けぬ困った弟子でもある。
「リリィ・ノールブルグ夫人は生死不明であり、現在捜索中です。副団長、これは極秘情報ですが……おそらく奥方はもう国外へ連れ去らわれた可能性が強いと国王様含め、上層部は考えています」
……こ、くがい?
たったそれだけの言葉が、己の脳内では処理できず、
「副団長、貴方が気を失ってから、つまりご自宅が襲撃に会ってから……もう三日経ちます」
「……」
何を、言えばよかったのか。
のう、リリィ?
君を娶ると決めた時、このようなこともあるかもしれんと儂は予想しておった。
君は、儂等がどのような言葉で庇護しようと、世間には変わらず「黒の一族」唯一の生き残りとして見られておる。そして彼の一族の知識は、どのような国も喉から手が出るほど欲していると聞き及んでもいた。
君がその知識を思い出し、相手へと明け渡すその時まで、危害を加えられることはないであろうと踏んではいるが。しかし、逆に記憶を取り戻させるために、奴らが何をしてくるかは分からん。
もし、君に何かがあったなら、儂は……