十三話
「リリィ、にわへでないか?」
そう、ドーラに誘われたのは、食事も終わり皆が目の前の食器を片づけ始めた頃。
「に、わ」
庭に連れて行ってくれるの?とドーラの顔がある正面を見れば、彼はもう立ち上がりこちらへ向かって来ていた。
「さ、今日は鳥も良く鳴く良い日和じゃ」
そう言って、私の返事を待たずに両脇に手を差し込み抱き上げられ、合う視線についドキリと脈打つ心臓を押さえドーラの顔を見つめれば、彼は仕事柄厳めしいその人相を本人の出来うる限り、優しく変えてこちらを誘うのだから困ってしまう。
「……いく」
まぁ、結局断る理由も無いんだけどね。
「そうか!ならさっそく庭へ。……マリアン、リリィへ何か上着を」
私を抱き上げ、自分の腕に座らせた状態でドーラはマリアンさんへ向き直りそう告げたのだけど……
「こちらに、本日は桃色のお召し物を着ておられますが。ストールは赤、緑、白、青をお持ちいたしました」
仕事早っ!ドーラに告げられた次の瞬間には、彼女のメイドポケットから私のストールがするするっと取り出されていたのを目撃した私は、言葉を知らない悲しさを噛み締めながら内心呟いた。
……そのポケットは異次元かもしくは私の私室のクローゼットにでも通じているのでしょうか?と。
「ふむ、では青を」
そしてそれが視界に入っていたはずの夫が当たり前のようにスルーしたことにも少し驚き、もしやこれってこっちじゃ常識?みたいな発想が沸き起こったけど、今まで一度だってこんなの見たことないしありえないな。と悩むくらいなら見たものをまるっと忘れることにしましたトサ。
その間にも、ドーラはふわりと大判のストールを私の頭部から全てを覆うように巻きつけ……って何も見えないっての!!喧嘩売ってんのか?!
「ふむ、これで見えぬな」
「……どぉら?」
ぐるぐる巻きにされ何も、文字通りドーラさえ見えない状態にされこの簀巻きから逃れる術もない。
仕方がないから、くぐもった声で夫の名を呼び、このストールを緩めて欲しいと告げようとした私の耳へ届いたのは……
「ぐぅ!!」
「ごふっ?!」
「ぎゃぁ!!」
などと、今までの中々スリリングな人生でも中々耳にしなかった悲鳴やうめき声。まぁ、浮浪者時代は良く目にも耳にもしたけど、ここ数年と言うかドーラに引き取られてからは一度も無かった事態に若干緊張して身体が強張るのを感じる。
「……ぉら、どぉら」
気が付けば、私は幽霊に出会って南無阿弥陀仏をひたすら呟く日本人の如く夫の名を繰り返していた。
その夫は、と言えば返事はないが私を抱き上げたままどこかへ向かい歩いている様子で、その間にも知らない人の悲鳴は聞え続けているし。
「ゆぅゆ、どぉら、まぁりあ、じぃ……」
皆、無事でしょう?どうか、この聞えてくる悲鳴の中に彼らのものが混じっていませんように、と自分じゃ何もできない以上祈るしかない私はもう、半分泣いていたような気がする。
あんなに酷い目にあって、それでも生きていて、やっと心から安らげる安心できる場所と出会えたのに、もしかしたら、今はぺったんこだけどこのお腹には世界で一番愛している人の子供がいるかもしれないのに、どうしていつもこう邪魔が入るんだろう?もし、この事件でドーラに何かあったら、それはきっと私のせいだ。
「旦那さま!!」
「……っ」
その時響いた悲鳴は、一体誰の声だったろう?
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そしてあれからどれくらいの時間が過ぎたのか。
眠りについた記憶も無いまま、意識が浮上した私へ、一番最初に声をかけたのは見知らぬ生真面目そうな女性だった。
「ノールブルグ夫人、お目を覚まされましたか?」
「……はぃ」
何故か傷む首筋を押さえながら、この人は誰?ドーラは?ユーユは?マリアンさんは?執事さんは?屋敷にいた皆はどこに行ったの?と混乱する脳内を必死で抑え込み。
聞きたいことはそれこそ沢山あったのに、私の口から出たのは返答のみ。
「夫人、申し訳ございませんが本日はこちらにてお過ごしいただくようにとのことでございます」
え?なに?早すぎて全く聞き取れやしないし、どうしたら良いのか分からないからなお怖い。
「では、私はこれで失礼いたします。何かございましたらあちらの紐をお引きください。メイドが参ります」
早口で全てを終えたその女性は、そのまま私に背を向けて部屋を出て行ってしまった。
「……え?」
なにこれ、どういう事?あの人は何?ドーラはどこ?
なんで私はたった一人、見知らぬ部屋のベットに寝かされているの?
……ねぇ、どーら、隠れているんでしょう?本当は何かのサプライズとか、ドッキリとか、だって、
「ど、ら……どぉらっ」
ねぇ、あなただけは、わたしをひとりにしたり、しないでしょう?
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