第五話 異世界での日常
ん、ん~ま、眩しい。もう少し眠っていたい。
なぜかいつもよりベッドがふかふかしているので、起き上がる気力が微塵も出ない。
それにこの抱き枕、むにむにと不思議な感触がして気持ちいい。
……こんなん俺持ってたっけ? どっちにしても布団からでたくねぇ。
そういえば、昨日俺なにしてたんだろ。
ん~何だか色んな事があった気がする。
あ~そういえば可愛い子と出会ったような。
ゴソゴソ
ん、何か布団の中がもぞもぞする!
せっかくの安眠を阻害するものを確認すべく目を開けてみると、視界は空色一色に染まっていた。
「そうそう、こんな感じの綺麗な色の髪の毛と瞳を持った子が俺を助け――――て、はぁ!?」
コレはナンデスカ。
そっと体を起こし布団の中を覗き込むとすやすやと寝息を立てながら俺に抱きついている全裸のアルがそこにいた。
あ~思い出した。昨日はアルとクランと打ち解けあった後もう遅いからって寝たんだった――――って、どうしたらそこからこの状況に繋がる!
ま、まさか寝ている間にあんなことやそんなことをし、知らず知らず――いやいやいや、まぁまて俺よ、それはない。断じてない。あってはならない。ふおおお、おさまれ我がリビドーよ。
そうだ、何より俺の服や布団が乱れていない。もし何か――ナニかが起きたとしたならば、これは絶対にあり得ない。……俺の心の中は超絶に乱れ荒れ狂っているがな!
……それにしてもこの子ほんっと可愛いな。肌も真っ白ですべすべだし、なにより小さい体のくせにでるところはしっかりとでて――
「うんぁ――――――あ、マスターおはようございます」
「お、おお、おはよう――じゃ、なくて、なんで俺の布団の中に入ってるんだ!服は、服はどうした」
「脱ぎました」
「脱ぎました。じゃねーよどうして脱いでんだよ!!」
「昨日私、マスターに憑依して精霊としての力を行使しましたよね」
「したな」
「あの憑依には、魔力とは別の精霊だけが持つ特殊な力を使うんです。魔法なら空気中に漂っているエーテルを特殊な呼吸をしたり、食事をして物質に宿っているエーテル自体を取り込んだりして回復すればいいんですけど。この力を回復させるにはマスターからある一定の範囲にいなければならないんです」
「だからって裸で抱きつかなくても」
「いえ、このほうがいいのです。先ほどの回復方法ですが回復率を上げるにはマスターと近ければ近いほどいいのです」
「さいですか」
頑としてゆるぎないアルの目つきに押し負けた俺は、アルのいうとおりにするしかないようだ。
「ふあぁ、あ、ユートさんアルさんおはようございま――はぅ、あ、あああの、あのあの、ごめんなさい、ごめんなさい。み、見るつもりはなかったっていうか、私も昨日は必死だったからあんなこといちゃったけどそういった経験がないから、こういったことの免疫がないっていうか、お二人の間柄だったら当然っていうか、えっと。ご、ごゆっくり!!」
クランが顔を真っ赤にして、勢いよく部屋から飛び出して行った。
あれは絶対に、確実に、猛烈に誤解している。むしろしていない方がおかしいといってもよい。
いや、うん。なんだろうこの気持ち。なんていうかこう家に帰ったら自分の秘蔵コレクションが綺麗に本棚へと整頓されているのを発見した時のように空しい。とにかく空しい。限りなく空しい。
「なあ、アル。」
「何でしょうかマスター」
「その精霊の不思議パワーはもう充電出来たのか」
「はい、先ほど。今ならいつでも出撃できますよ」
「そうか……じゃあとりあえず服着ような」
「了解しました」
昨日できた俺とクランとの信頼関係が早くも崩れかけています。
あの後、どこで聞きつけたのか出会ったとたんに、からかってきたおばちゃんの精神攻撃を受け流しながらも何とかクランの誤解を解くことができた。
くそ、あのおばちゃんのニマニマした顔がウザすぎていまも頭の中をよぎる。
しかし、これでやっと心置きなく朝食にありつける
「あの、すみません。私、へんに早とちりしちゃって。そうですよね。ユートさんはそんなことする人には見えませんもの。あ、いや優しそうって意味ですよ」
それは、見るからに俺がへたれってことか、クラン。
「いいよ、あの状況じゃそう勘違いしてもしかたないしね」
「あの、マスター。マスターさえよければ私に、夜のご奉仕のほうも任せていてだきたいのですけど」
「ははは、朝っぱらから真顔で何いってんだろうねこの娘は」
「そ、それは、私には全くもって欲情などしないのでおととい行きやがれ!と、いうことですか」
とたんに、目を伏せて寂しそうにするアル。
く、なんだこの異常なまでの可愛さは。
「そんなことはない、アルは十分魅力的だって、って何を言わせるんだ恥ずかしい。さっきも言ったけど俺は、別に君らにそんなことを求めてなんかいないの!あ~もう、この話はなし、終わり。もう終わり。」
はあ、なんで俺、朝っぱらからこんなにも疲れてんだろ。
……く、朝飯が冷めてやがる。
「とにかく、そんなくだらない話よりも今後のことをきちんと話しあうべきだろ。俺としては朝飯をくってからは何よりもまず俺達の服装をそろえたいと思っているんだが。このままじゃ三人とも何をするにも目立ちすぎて動きづらいだろうしさ。あと俺達は、この町にずっと居座るわけにはいかないんだ。俺には精霊王として世界を見て回らなければならない義務があるらしいから」
俺は帰る方法もできれば探したいしな。
ちなみに、服装で言うと今アルは、昨日出会った時と同じ白と青を基調としたフィギュアスケート選手が着ていそうな、少し豪華そうなビスチェ風のレオタードとミニスカートを着ている。
なんでも、精霊の正装らしく自らの魔力でできているそうだ。
「え、でもユートさん、私お金持ってないですよ」
「大丈夫、いくらかは手持ちがあるからそこは安心していいよ」
この世界は金貨、銀貨、銅貨という三種類の共通通貨で一般的に取引されている。
三つの通貨の価値はだいたい金貨1枚=銀貨10枚=銅貨100枚といった感じだ
ちなみに、ここの宿屋の一人分の宿泊代は一泊二日食事なしで銅貨30枚である。食事はだいたい一食銅貨3枚くらいだ。
そして、20日分の三人の宿代をすでに払っている現在の俺達の手持ち金は、それでもなお金貨8枚と銀貨1枚さらに銅貨91枚とかなりある。
「そんな、それじゃあ私恩を返すどころかまた、お二人に迷惑かけちゃうじゃないですか」
「これは、俺達からの気持ちだと思って何も言わず受け取ってくれればいいんだよ。あとそれじゃあ俺の目のやり場に困る。クランはかわいい女の子なんだからさ、他の野郎どもがいやらしい目でクランを終始見てくるっての何か腹立つし」
クランの服装は奴隷だったせいか、かなり薄手なぼろぼろのワンピースみたいな服とフードのみである。
「はう」
自分の今のかっこを思い出したのか赤面するクラン。
「それにちゃんとした装備をしなかったことで旅に支障をきたした、なんてことがあったらそれこそ問題だしさ」
「それは、そうですけど。う、う~ぅわかりました。それじゃあその分旅の道中での食事などで頑張らせて頂きます。家事には結構自信あるんですよ私」
「それは、頼もしいな。なあアル」
「はい、マスター。私も今まで料理などをしたことがなく、どうしようかと思っていたところでしたので丁度よかったです。」
「今まで料理をしてこなかったって……アルさん、それじゃあ一体どうやって食事をしていたんですか」
「できなくはないんですが、一般的に精霊は食事ということでエネルギーを摂取しないんです。そもそもが力の象徴を具現化したようなものですからその存在を維持するたに魔力を貯めこんでおけば事足りますので」
「なるほど」
「それにしても、これだけ金をじゃらじゃら持ち歩いているとさすがに邪魔になるな。あと金貨と銀貨が非常に取り出しにくい」
「普段、生活用品や小物などを買うときはだいたい銅貨20枚程でことたりますからね……まとめ買いするにしても銀貨数枚で取引しますし。これだけの大金を常に持ち歩いているのは冒険者ぐらいですね。――そうだ!ユートさん職を見つけたいと言ってましたよね。冒険者になられてはどうですか」
冒険者。なにそのすてきな響き。
「冒険者ってのはあれだよね、町の困ったこととか、魔物退治とか、はたまた未開のダンジョンとかの調査やクエストをするあの冒険者だよね」
「なんだ、知ってたんですねユートさん。はい、そうです概ねその通りです、その冒険者です。さっきここの宿の主人から聞いたんですけど、丁度この宿場町にも冒険者ギルドがあるみたいなんで、服を買ってからでもいいんで行ってみたらどうでしょう」
「いくいく、絶対行く!」
ギルドまであるのか。さすが“ザ・見るからにファンジー世界”。なんか、俄然やる気が出てきた!
「おお、マスターのテンションがいつになく高い」
「すごい喜びようですねユートさん」
「だって、冒険者だぜ? あっちの世界でなら男だったら誰もが一度は憧れる未知の大冒険を、仕事としてできるんだ。胸が高鳴らずしてどうしますか」
「あっちの世界?」
「ああ、そのことについてはまた今度話すよクラン。そんなことよりも早くこれ食っちまって買い物にいこうぜ。そして、次は冒険者ギルドだ」
服屋は宿屋を出て数10メートル先の広場にあった。
この広場にはギルドらしき建物を中央に、それを取り囲むように色々な店が建ち並んでいる。
店に入ると店内には想像以上の商品が所狭しとおいてあった。
確かに、こんな深い森に囲まれ街道沿いにぽつんとある宿場町にしたら不釣り合いな大きさの店舗だなとは思っていたがまさか陳列数まで店内がこんなにも狭く感じさせられるほどとは。
「すごいですマスター。衣服の山が出来ています」
「ああ、凄まじいな、アル。この世界の衣服屋はどこもこんなにも凄まじいものなのか。どうなんだ? クラン」
「いえ、ここの国以外だったら、そう簡単にここまで立派なお店は見つからないと思いますよ。これはこの森の国ゆえの特色です。ほら、森の国っていうぐらいだから文字通り木や植物などの資源とそれにともなう牧畜による様々な素材が豊富なんですよこの国。だから森の国は昔から衣服などの文化も栄えていたんです」
「なるほどな、だからこんにも大量に」
まぁそれにしても向こうの住人である俺からしたらかなり異様な光景なんだがな。まるで某眼鏡の魔法使いの少年が活躍する映画の店みたいだ。
「私も知識では知っていたのですが、今まで森の国の服を手にしたことは無かって。だから、一度着てみたいな~と思っていたんですよ」
俺達がその陳列数に驚きなが喋っていると、売り子らしき赤髪のポニーテールの女性がすかさずやってきた。
「いらっしゃいませ、あら、見ない顔ですね。今日はどういったものをお探しで?」
「俺達三人の衣服が欲しいんです。なるべく冒険がしやすいのが良いんですけど。オススメとかってあります?」
「冒険?貴族様がまたいったいどうして」
「あの俺達は別に貴族とかじゃないんですよ」
「あら、それは失礼した。冒険に適した服ですか。それでしてら、こんなものはいかがでしょうか」
いつのまにか商品を何着か持ってきている売り子のお姉さん。
何という早業!! ふと後ろを振り返ると、気づかぬうちに赤髪のお姉さん以外の売り子さんも2,3人やってきていて、アルとクランを取り囲んでいる。
「キャー何この白ふわの可愛い生き物。思わず抱きしめたくなるわー」
言ってるそばからクランを抱きしめている青髪のグラマラスなお姉さん。
「あの、ちょ、く……くるし」
ぬおお、クランめ。う、うらやまし――じゃなくて、何とけしからん!
「こっちの子もお人形さんみたいに可愛い。それにこんな髪色はじめてみた。見る角度によってこんなにも色が変わる!まるでお空のようだわ。ねえ、あなたこの髪どうなってるの?」
「すみません生れつきでして私にもよくわからないんです」
「いや~ん、話し方もクールでキュート」
「ちょっとちょっと、私にもお喋りさせてよ、貴方だけずるいわ。あ、そうだわ丁度とびっきりの貴方に似合う可愛い服があるの」
アルはアルで緑髪のお姉さんと薄紫髪のお姉さんによって着せ替え人形にされている。
「さあさあ、試着室はあちらです」
二人の弄ばれっぷりに苦笑いしている俺をぐいぐいと試着室へと押し込もうとする赤髪のお姉さん。
そして、その手に握られている服がいつの間にやらまた増えている。――ん?
「あの、店員さん。それもしかしてスカートですか、いや、もしかしなくてもスカートですよね。つか、どう見てもスカートだよこれ!!」
というか、よく見れば彼女が持っているもの全部女性ものだ。いや、よく見なくっても全部女性だよこれ
「そうですけど、なにか問題が?」
「問題しかありませんよ。なんで全部女性ものなんですか、俺男なんですけど」
「またまた、ご冗談を。こんなかわいい子が男の子なはずないじゃないですか」
「ご冗談でも何でもなく、俺は男です!!」
たしかに、俺は同年代の高校生の平均より少し、少~し背が低いがれっきとした日本男児だ!
くそ、まさか異世界にまで来てこのネタでいじられようとは。鬱だ。このことに関してはいつもなぜか人と出会うたびにこのネタでいじられる。いったいどこをどう見たら俺を女に見間違うのか、いまだに皆目見当がつかん。
「ふふ、ジョークがお好きな可愛い貴族様だこと」
貴族じゃないってことも信じてなかったんですね……。
そのあと、予想以上に時間が買ってしまったがなんとか全員それぞれ満足のいく買い物をすることができた。
今、クランはクリーム色のボディスと紺のアンダースカートを、アルは深い青と白が特徴的なダブリエをそれぞれ着ている。ちなみに俺はTシャツもどきとジーパンもどきの上下にポケットがいっぱいついているトレンチコートを羽織っている。
「ふう、なんだか疲れたな――あ、そうだまだ言ってなかった、二人ともそれすごく似合ってる。とっても可愛いよ」
「はう」 「…………ふしゅー」
おお、二人ともあまりの店員さんのアグレッシブなプッシュにだいぶ疲れているようで顔が赤い。アルなんて茹でダコのようになっている。てか、アル……お前蒸気出てるぞ。
「そうやってマスターは……突拍子もなく……か、かわいいだなんて」
「そ、そうです、ずるいですユートさんは」
「ずるいですって、俺は見たまんまの事をいっただけなんだが。なにかいけなかったか」
「く、もういいですマスター。なんでもありません」
「はあ、ああやってどれほどの女性があの笑顔に食われてきたんでしょうかアルさん」
ふたりで何かブツブツと話し合っているようだが全く聞こえん。俺が何をしたというのか。
まあ、いいやそれよりもギルドだ。ギルド。