第四話 それぞれの事情
場所は変わって、今俺たちは宿の自分達の部屋の中にいる。
「と、それじゃ食事も済んだってことであらためて、はじめまして。俺の名前は、神崎優斗。あ、神崎の方がファミリーネームで名前の方が優斗ね。そっちの娘は仲間のアル。馬車の中で見つけた君をほっておけなかったもんで悪いけどここに勝手に運ばせてもらったよ。そうだ、君の名前は?」
「…………名前」
またも、泣きだしそうになる少女。
「え、どうしたの?」
「いえ、またお父様とお母様から頂いたこの名を名乗れることができるなんて夢のようで――これもそれもユートさんとアルさんのおかげですね………私はクラン・クル・マルグリットといいます。助けてくださってありがとうございました。ユートさんとアルさんは命の恩人です。それに奴隷の首輪まではずしてもらって、――どれだけ感謝してもしきれません……このご恩はかならずやこの命をもってしてでもおかえしします」
「命の恩人だなんて大げさな。お礼なんていいよ。俺はただ人として当たり前なことをしただけさ。あと、首輪の方もきにしなくていいよ、さっきの様子から奴隷っていうのは俺の想像している通りのことだろうからさ――俺、そういうの許せないたちなんだ。アルもそうだろ」
「はい、勿論でございます。マスター」
「でも、あのままだったら路頭で飢え死にして魔物か野生動物の餌になるか、どこかの変態に飼われて尊厳を踏みにじられながら生きるしかなかったところをユートさんは希望を与えてくれました。そんな方にお礼もしないだなんて――それになにより竜人としての私の誇りが許しません。どうか、私になにかさせてください、なんだったらこの体を使って――」
「ストップ、ストップ! わかった、わかったから。いくら今ここに俺らしかいないからって脱ごうとしないで!!」
「わかりました」
「ふう~しかし、お礼か――ん~どうしようかな」
(マスター)
(ん、どしたアル)
(先ほどの、この世界の説明の話の続きなのですが。私、あとは精霊としての有る程度の常識と魔工のこと、それと少しだけの魔法に関する基礎知識しか知らないんです)
(と、いうと?)
(つまり、この先人として肉体を維持していかなくてはならないマスターのこの世界での生活のサポートやアドバイスができないことになります)
(げ、マジかよ。今はまだ鎧野郎どもからもぎ取った金やらなんやらがあるからいいけど。こりゃ早めに職やらなんやらをどうにかしなければな――――あ、そうだ)
「なあ、クラン。君この世界のことくわしい?」
「この世界? 世界のことはわかりませんが生きていくすべとそれなりの常識はあるつもりですけど」
「それじゃあさ、これから俺らの仲間として一緒にいてくれないか? そして、出来る限りでいいからさ俺達にアドバイスをしてくれよ。実は俺達、ある秘境からやってきた身でさ、色んな事をしらないんだ アルもそれでいいだろ」
「無論マスターのご意思に反対などございません」
「あの、そんなことでいいんですか。いえ、というよりも私なんかがついて行っていいんですか?」
「もちろんさ。むしろこんなかわいい子と一緒にいられるんだから贅沢なぐらいだよ。だからこれからよろしく」
クランの顔を覗き込んでに微笑みかけてやる
「は、はい」
うん、やっぱり。かわいい子には笑顔がいちばんだな。
――顔が赤くなっているのがちょっと気になるけど。ほっとしたからかな
あと、アルなんでそこで睨む。俺なんかしたか?
「マルグリット……マルグリット……竜人のマルグリット……あ!まさかおちびちゃん。あんたここからずっと北西にいった竜の国の第三王女のクラン・クル・マルグリットかい!! ――あ、布団ここにおいとくよ。」
「へ!? は、え、いや。あっと、えっとその――」
「クランって王女様なの!」
て、いつのまにおばちゃんここに来たの!!というかどこから聞いてたの!?
「う~、は、はい。そうです」
「王女なのに奴隷? どういうこと。あ、いや話しづらいことだったらべつに話さなくてもいいんだけど――」
「いえ、ユートさんとアルさんになら話してもいいんですが――長い話になりますよ?」
「いいよ、何より俺はクランのことが知りたいから」
「わ、わかりました。じゃあ話しますね――今、竜の国と人間の国こと白の国が妖精の国の魔石をめぐって争っていますよね」
「え、そうなのかい」
「な、なんのこと」
「そう、なのですか」
「………………皆さん、知らないんですね」
「常識なの!?いや、そんな残念そうな目で見ないでよ」
「ここ森の国は他の国と少し離れたとこにあるからねえ。それに、こんな田舎の宿場町にそうそう新鮮な情報はこないよ」
「戦争ですか、力の変動が気になります。他の精霊たちは何か行動を起こしているのでしょうか。マスター、どう思います? 」
「どうって、そんなこと聞かれてもな――て、あなたは、いつまでここにいるんですか!仕事はいいんですか?」
「あ?いいんだよ。何か今日客すくないから」
「えっと――と、とりあえず皆さん話続けていいですか」
「あ、ああ、すまないクラン。続けてくれ」
「で、その二国が戦争をしているんですが。私の国つまり竜の国では、戦時直前急に王族率いる穏便派と、宰相および上流貴族率いる強行派のいがみ合いをはじめてしまって内政は無茶苦茶になってしまったんです」
「それがクランが今ここにいるのと、どう関係が?」
「泥沼化する睨みあいの中、ある日痺れを切らした強行派がついに王族殲滅という愚行に走ったのです。ほとんどの貴族に根回しがいきわたっておりまた。また、私の腹違いの姉の一人である第二王女ジル・フェルゼ・マルグリットの裏切りもあって、私たち一族はなすすべなくただ淘汰されていくしかありませんでした。そんな中私の家族は、多くの犠牲を払いながらも命からがらなんとか国境近くまで逃げ切っていたのです」
クランの顔色が段々と暗くなっていき、かすかに体も小刻みに震えている。
「ですが、あと一歩で隣国の魔法の国へと亡命できたというところで、何故かそこで待ち伏せしていた白の国の艦隊と鉢合わせになってしまったのです。お父様とお母様は、その命尽きるまで必死に私と第一王女であるラウ・フェルゼ・マルグリットお姉さまと第一王子であるクルス・クル・マルグリットお兄様を守ってくださいました。しかし、その決死の抵抗も空しく私達三人は捕まりました。そこで、ラウお姉さまとクルスお兄様はせめて私だけはどうにかして逃がそうと二人で決心なされ、私の逃げ出す活路をつくりだそうとしてくださったのです」
その時のことを思い出したのかクランの頬には一滴の涙がつたっていた。
「最後に見たのはぐずりながら二人を止めようとする私に優しくそして仕方なさそうに微笑みかけてくれたラウお姉様とクルスお兄様の後ろ姿でした。私は、ただ逃げることしかできなかったんです。大切な人たちを見捨てて――それが、ここまで私を生かしてくれた人たちの思いにこたえる最後の方法だと信じて――――なのに、なのに私は結局捕まってしまって!!」
クランの泣きじゃくる姿をこれ以上見ていられなくなった俺は、その小さい体をそっと抱いた。
「あ――ぐす――すいません。また、見苦しい姿を――見せちゃいました」
「いいんだ、クラン。俺たちはさっき結成したばかりだけどれっきとした仲間だ。仲間ってもんは嬉しいことも悲しいことも共に分かち合っていくもんだよ そうだろ? 」
「はい」
「クランさん、これからは私とマスターがずっと一緒です。まだ会って間もない私達ですが存分に頼ってください」
「アルさん――お二人ともありがとうございます」
「あんたら、いいやつだねぇ。おばちゃん感動しちゃったよ。やっぱり精霊使いの貴族様ってなるとそこらへんの冒険者とは器の大きさが違うねぇ」
――この人結局、最後まで一緒に聞いてたのかよ。
つか、今自分でおばちゃんって……
「あの、俺別に貴族なんかじゃないんですけど」
「何言ってんだい、そんな上等な服身につけて。そんなのよっぽど高貴な人しかきれないよ」
たしかに、見た限りこの世界の生活水準は、RPG風らしく中世ヨーロッパぐらいの水準みたいだから、俺の今着ている詰襟の学ランはかなり周りから浮いている。
そういえば、なんで転生したっていうのに俺は学ランをきているんだろ? いや、生れたまんまの姿であんな街道沿いの森の中にほうりだされていてもこまるんだけどさ……。
「この服は、そのちょっとわけありでして。えっと自分でもなんで着ているのかわんないっていうか。なんていうか。ははは」
「はあ?どういうことだい」
「とにかく、俺は貴族何かとは違いますよ」
「そうです。マスターは貴族なんかじゃなくて精霊王様なんですから」
「は!?」 「え!?」 「ちょ!?」
何いってんのこの子!! それはいっちゃだめでしょ。仮にも俺、精霊達の神様なんでしょ!? クランはともかくおばちゃんの前でそれ言っちゃまずいでしょ。
「信じられないけど。嘘がつけない精霊がいうんだからほんとうなんだろうねぇ」
「あの、えっと私。ユートさんが精霊王様とも知らずなれなれしく触ってしまって――えっと、そのすみません」
ほら、二人とも混乱してる。
(アル)
(なんでしょう、マスター)
(力のある精霊とかがどういった扱いをされているのかもっとよく考えような 俺、伝説上の生き物なんだしさ )
(? はい、マスター)
「二人とも落ち着いて、あとクランはそんなに畏まらなくていいから」
「は、はい」
顔がこわばっているぞ、クラン……。
「それにしても、なんで精霊王なんてのがこんなところに。まさか、ちかじか何か良くないことでも起きるのかい」
「いえ、それは俺にもわかんないんですけど。俺がいるのは気まぐれみたいなものだとおもってください。 あと、クランと俺のことは内密に」
「任しときな、わたしゃここらへんで一番口が堅いって有名だからさ。ホントだよ」
本当に大丈夫なのか。俺の勝手なイメージじゃこの人ついうっかりそこらへんで喋ってしまいそうなんだが……。
その後、おばちゃんは部屋から出ていき。俺達も今日はもう疲れたということで、今後のことは明日になってから話そうということになった。
それぞれ床に就くと、すぐに二人のかわいい寝息が聞こえてきた。
俺も色々あったからか布団に入ったとたんに眠気が襲ってきて深い眠りに落ちた。