婚約破棄は浄化魔法で浄化する
「真実の愛に目覚めた、別れてくれ」
永本洋子は長年付き合っていた婚約者に、ついさっき振られた。
会社の同期として知り合い付き合って三年。結婚も視野にいれ、両家の顔合わせまでしていた。
その婚約者が、会社の同僚であり親友だった女を連れて現れたときは、二人のどたまをかち割りたくなった。
ハンマーを持っていたら危うく殺人犯になっていたところだ。持っていたカバンでまずは婚約者を殴りはしたが、怒りが全くおさまらない。
カバンで殴り倒した元婚約者を助け起こし、洋子に「暴行犯よ!訴えてやる!」とわめき散らした元親友も許せはしない。
振られたことの悲しみはまだ訪れない。怒りがおさまるまでは。
元親友があまりにも騒ぐので、洋子は二人を置いて夜に紛れた。
カツカツとヒールの音をたて、怒りがある程度おさまるまで、街中を歩き回った。今、家に帰ったら八つ当たりで家具を壊しそうだから。
激しい怒りを持続するには体力が必要だ。散々歩き回った洋子の怒りは徐々に抑えられていった。決してなくなりはしないが。
「ちょっとそこのお姉さん。寄ってかない?」
どうやって復讐しよう……そう考え、とぼとぼと歩いていた洋子に路上から声がかけられた。
【美肌屋 頑固な汚れもさっぱり落とします】
そう書かれた小さなホワイトボード。百均にありそうな洗面器はみかんの段ボールに乗せられ、水が半分入っている。
声をかけてきた若い女は、のんきそうな顔で木箱に座っていた。
「ね、お姉さんモニタやらない?ただでいいから綺麗になったらお友達に宣伝してよ」
「私の肌が汚いっていいたいの?」
おさまり始めたイライラが、再びうごめき始める。
「違うよ。凄く疲れた顔してたからさ。そこに座りなよ。休憩がてらにモニタやらないかなと思ってさ。少しでも赤くなったり、かゆみがでたら賠償金を払うからさ。
まずはくつろいで。お茶はないからお水なんだけど飲む?」
確かに歩きまわったことと、怒りにパワーをとられ洋子は疲れてきっていた。
女に勧められ、洋子は水のペットボトルを受け取り、キャンピングチェアーに座る。明らかに胡散臭いが、人通りが多い場所だ。嫌になったらさっさと逃げればいい。
「人が全然来なくてまいっちゃったよ、あきらめて帰ろうかと思い始めてたところ」
「どうみても胡散臭くて、効果がなさそうに見えるからでしょ」
ペットボトルの水をぐびぐびと飲みながら洋子は店主の愚痴に付き合う。
「手厳しいね!
ところでおねえさん、疲れてるけど何かあったの?モニタ努めてくれるなら愚痴聞くよ」
そう言われて、洋子は今日の出来事を語った。
親友に婚約者を奪われたなんてことを家族にすら愚痴を言えない。
洋子はもともと父親と反りが合わない。
父親はお前の見る目が無かったからだと、怒鳴るに決まっている。
知人に言えぬ愚痴を全く見知らぬ誰かに話してスッキリしたかった。
こんな機会はなかなかない。それならばと元婚約者と親友との出会いから、今日までのことを長々と洋子は語り出した。
店主はその長い愚痴に文句も言わず黙って聞いていた。話が一段落するとポツリと感想を述べる。
「最悪。なにそのクズ男。女もクズ」
「そうでしょ!どう報復するか考え中なのよ」
「おねえさんがクズに時間をかける必要はないよ。もっと綺麗になって、いい男を捕まえて見せびらかせば十分復讐になるよ」
「そんなこと簡単じゃないわ」
「そう?おねえさん、美人だからできると思うよ。お手伝いしてあげるよ」
店主はそう言って立ち上がった。
「さあさあ、皆様是非立ち寄ってください。今から美肌のデモンストレーションを行うよ!
見るのはただ。損はしないよ!」
店主はパンパンと手を叩きながら客寄せを始めた。
どやどやと人が集まってくる。特に夜遊びしていた女子高生が多い。先ほどからその店が気になっていたが、胡散臭くて近寄れなかったからだ。
「ちょっと!」
まさか見世物にされると思っていなかった洋子が声をあらげ立ち上がる。だが回りを囲まれたため、逃げ出しにくい。
「すぐに終わるからお姉さん、座って」
店主に言われてしぶしぶ洋子は座った。胡散臭いのはわかっていて寄ったのは自分だ。それに散々愚痴も聞いてもらった手前逃げるのは忍びない。
「はい。取り出したるはマジックハンド!この私の手が魔法のようにあなたの肌を美肌に変えます」
店主が両手を広げて観客に手を見せる。
「おねえさん、両手出してもらっていい?ありがとう。さて、綺麗な手ですね。
この手を更に綺麗な手に大変身させるよ!
さあさあお立ち会い!この洗面器に手をいれ、私が軽く揉みます。
モミモミモミ。はい三回揉みました。
もう手を出していいですよ。
おねえさん、このおしぼりで手を拭いてね。
さて、どう変わったか両手を比べて見ましょう!」
「「「おおっ!」」」
店主が触った手はもう一方と比べる必要がないくらい、白く輝いていた。
「私の肌本当はこんなに白かったのね」
洋子もその出来映えに、驚いた。乾燥がちだった手はしっとりとしており、キメが細やかで肌のトーンは見違えるほど明るく白くなっていた。
「白魚のような手とはこのような手のことを言うんですよ!」
店主が高らかにそう言うと、洋子の手をよく見ようと人が詰め寄ってくる。
店主がすかさず、洋子と群衆の間に割り込み手を広げた。
「ああ、押し寄せないで!並んで並んで!慌てないで!見るのは順番ですよ」
さすが日本人。そう言われると素直に並び始めた。
二十人くらいの人が洋子の手の見物を終えると、店主に値段を聞いたり、今すぐ施術ができるかを問い始めた。
店主はメモ帳を着ていたエプロンのポケットから取り出し、手書きの整理券を作り配り始めた。
「今日はもうおしまい。これもって明日来てね!」
集まった人たちを追い返すと、店主は洋子に再度椅子を勧めた。
洋子は変わった手を見ながら座る。このまま片手だけ綺麗にされても困るからだ。
「おねえさん、モニタお疲れ様」
「ねぇ、まさか片手だけってことはないでしょうね?」
「もちろん。モニタ代として手だけじゃなくて全身綺麗にさせてもらいますよ」
「え?全身?あれだけ綺麗になるならお高いのでしょう?」
「もちろん、お高いですよ。でもおねえさんはモニタしてくれたからただでいいよ」
店主はにっこりと笑うと、ピンッと指を軽く弾いた。
一瞬で洋子の両手が同じように白く輝いた。
「はい。鏡」
店主に渡された安物のちょっと大きめな手鏡を覗くと、ツルツルで透明感がある美しい白い肌の自分がいた。
「ごめんね。メイクも汚れ扱いで消えちゃってるんだ」
確かにメイクはおちていた。
だが目の下クマは消え、吹き出物ひとつない卵肌。色落ちしたはずの唇は艶々と赤く輝いていた。
変わったのは肌だけではない。少しグレー系に染めていた髪が、艶やかな黒髪に戻っている。傷んでいたはず髪がしっとりさらさらになっている。
「やっぱり美人さんだね。おねえさんは。絶対いい人捕まえられるから頑張って」
店主にそう応援されて、洋子は足取り軽く家に戻っていった。
いつの間にか洋子の心にたまっていた、復讐という邪念すらも消えていることに彼女は気がつかなかった。
元婚約者と別れてからすっかり綺麗になった洋子を取引先の御曹司が見初めたのは、それから一週間後。
元婚約者と元親友は会社で立場をなくし、元親友が地団駄を踏んで悔しがったとか、元婚約者と別れたとか。噂はいろいろ。
新しい恋人と幸せな洋子には全く興味がなく、二人のことなど眼中になかった。
洋子を見送ったあと、美肌屋の店主【鈴木 咲】は見回りにきたヤクザに絡まれていた。
「なに勝手に店出してるんじゃ!みかじめ料払ったんかい!」
「え。お金いるの?お金ないんだけど。代わりに美肌どうですか?」
「なに言ってるんじゃ、ぼけっ!」
「えいっ!ほら綺麗になった。これで場所代の代わりになりますよね?」
咲はパチンと指を鳴らして、美肌になったヤクザに愛想笑いをしてごまかす。
「あ?ああ。場所代?いらんわ」
咲の浄化魔法によって、邪気が全くなくなったヤクザは呆けたようにそう言うと、咲の前から消えていった。
「美肌凄いわ。お金払わずにすんじゃった」
咲は自分が使った浄化魔法の効果を勘違いしたまま、店じまいを始めた。
鈴木咲はつい最近、飛ばされていた異世界から日本に帰還した。
「戻ってきたのはいいんだけど、当然仕事は首か
……。三年異世界に飛ばされてたからなぁ」
咲は充電したスマホの解雇通知として届いたメールをみて、ため息をついた。
一人暮らししていたアパートは、いずれ帰ってくると信じ続けてくれた両親が、お金を払ってくれていたので無事だった。
親に生存報告をして、異世界の話をしたりして数日バタバタと過ごしていた。
やっと落ち着いてみたもののお金があまりないので、働かないと食べていけない。
それで思いついたのが、異世界で一番得意だった浄化魔法。咲が使う浄化魔法は汚れを落とすだけではなく、なぜか若返り効果まで付与されていた。
異世界で聖女と呼ばれていた咲の魔法は、神の加護で治癒魔法と聖魔法がミックスされて、勝手にエンチャントされる。
そのせいで、邪気をも払う魔法となっていたが咲は気がつかない。
神は久しぶりに現れた聖女をたいそう気に入り、最終的には日本に帰りたいと泣く咲を無事に戻してくれた。神の加護と聖女という職はそのままで。
ともかくエステティシャンとして稼げはいいんじゃない?と軽く考えた咲は路上で開店することにした。行動力だけはある子だった。
だが翌朝アパートの前を掃除する大家さんを見て、掃除屋のほうが胡散臭くないことに気がついた。
異世界での浄化魔法の使用は、お風呂に入れない体をさっぱりさせるために使っていたので、盲点だった。
昨日配った整理券のこともあるので、一日だけ美肌屋として開店することにした。
洋子に使った全身美肌は使わず、一部分五千円で一人三ヶ所まで美肌を請け負った。
効果を考えると五千円は安すぎる。だが、またヤクザに絡まれても困るので、その値段でサクサクとこなし閉店とした。
洋子も咲に頼まれていた知り合いを紹介しに、美肌屋があった場所に何度か通ったが、会うことはできなかった。
こうして二度と現れなくなった美肌屋は、都市伝説になった。
どんな汚物件でもピカピカに綺麗にし、ついでに幽霊退治までする掃除屋。そんな都市伝説が流れるのはこのあとのことだった。
最後までお読みいただいてありがとうございました。
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夜番していると、通販番組ばかりで気になります。
『不当婚約破棄ならお布施次第、最強縁切巫女が断罪します』とあわせて「お高いのでしょう?」シリーズにしようとしたら、シリーズ概要が思いつかないという……。




