恋のお好み焼き
「(は~あ……最悪……。私ってホント駄目だなぁ……)」
美奈(みな)は、帰路をとぼとぼと歩いていた。美奈が落ち込む理由は単純明快、仕事でミスをしたからだ。
「(帰っても、なんもやりたくないなぁ……。明日なんて来なければ……ん?)」
ぼーっと、そんな事を考えていると、良い匂いがした。ふと顔を上げると、「お好み焼き屋 魁星」の青い暖簾が目に入る。
「……」
さっきまで空腹など気にも留めなかったが、途端に、お腹が空いてきた。美奈は、どうせ家事もしたくないし、ちょうど良いかと暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませーー!!」
「ぉわ……」
入店するやいなや、とても元気の良い挨拶が聞こえ、傷心の美奈は少し気圧された。
「何名様ですか?」
挨拶をした従業員の青年が尋ねる。
「あ……一人、です……」
「一名様ご案内ー!!」
「(元気な人だなぁ……。ちょっと関西訛りが入ってる……。関西の人なのかな……)」
内心そんな事を思いながら青年に席へと案内される。
「お冷や、今お持ちしますね!」
「はい……」
美奈は店内を見回した。席ごとにある黒い鉄板。壁に掛けてある木板のメニュー表。そして、お酒を飲んで良い気分の客達。
お好み焼き屋なんて初めて入ったので、緊張する。
「お冷や、お待ちです!」
従業員が、再びやって来た。
「ご注文は、お決まりですか?」
「あ、え、えっと……お、おすすめ、とかあります?」
緊張し過ぎて何を頼めば良いのかわからない美奈は従業員に聞く。
「おすすめですか? んー、豚玉とかどうでしょう?」
「じゃ、じゃあ、それで」
「豚玉一丁!」
従業員は、店の奥に向かって声を張り上げた。
「少々お待ちください。お飲み物は、どうします?」
「えと、ビールで……」
「はい! わかりました!」
少しすると、従業員がビールと、お好み焼きのタネが入ったボールと豚肉とその他諸々を持ってきた。
「今、焼きますんで!」
「あ、はい……」
ここは従業員さんが焼くタイプのお店か、とよく知らないなりに美奈は思った。
温めた鉄板に豚肉が敷かれ、ジュウジュウと美味しそうな音と匂いがする。火が通った豚肉はヘラで切られた。
「切るんですか?」
「食べやすい様に先に切るんですよ!」
「なるほど……」
初めて知った作り方に美奈は感心した。
そして、その上からタネが投入される。片面が焼けたらひっくり返され、しばらくすると、またひっくり返される。
「仕上げでーす!」
そう言うと、ソースがかけられる。面からはみ出したソースがジュワ、と音を立てて泡立つ。
「青のり、どうします?」
従業員の問いかけは、歯に青のりが付くのを案じての事だと気づいた美奈は、まあ、この後はどうせ帰るだけだしと思い、「いります」と返事をした。美奈の返事を聞くと、従業員は笑顔で「わかりました!」と答えた。
「(なんか……この人といると元気出るな……)」
そんな事を考えていると、青のりと鰹節がかかって、お好み焼きが完成した様だ。
「お待ち!」
従業員は、そう言って美奈に小さめのヘラを渡した。
「これは……?」
美奈が疑問に思っていると、従業員は説明する。
「大阪ではヘラで食べるんやで!」
へぇ……と感心していると、店の奥から、「木村(きむら)ー! お客さんには敬語ー!!」という男の人の野太い声が聞こえてきた。
「大将、耳ええんやから……」
そうボソリと呟いた後、「はーい!」と店の奥へと返事をした。
んん、と咳払いをして、従業員は手を広げる。
「さ、召し上がってください! 俺の自信作です! 絶対うまいです!!」
「は、はい……。いただきます……」
美奈は戸惑いながらもヘラで、お好み焼きの端を切りすくう。
熱々なので、ふー、と息を吹きかけてから口に入れた。
「!」
美味しい、とても。生地はふわふわで、コクのある濃いソースがキャベツの味を引き立てる。豚肉の、ほどよい油がガツンとしみる。
「あったかい……美味しい……」
美奈の目からは、いつの間にか涙が零れていた。張り詰めていたものが、ほどけた。お好み焼きと、従業員のおかげで。
「……何あったか知らんけど、俺のお好み焼きは世界一やから。いっぱい食べて、いっぱい泣いたら、元気出る」
従業員は優しい声で言った。美奈は、ただ、うん、うん、と、うなずきながら涙の味のする、お好み焼きを食べた。
「木村さん! また来ました!」
「お、美奈ちゃん、いらっしゃい!」
あれから、美奈は、この店の常連になった。お好み焼きは美味しいし、店の雰囲気も良いし、何より……。
「ん? どしたん?」
「あ、いえ、なんでも!」
元気づけてくれた従業員の事を好きになってしまったからだ。
名前は「木村 武史(たけし)」というらしい。出身は大阪。実家も、お好み焼き屋。小さな頃から、将来の夢はお好み焼き屋。自分の実力を試したくて一人、上京してきたという事など、いろいろ聞いた。
「美奈ちゃん、今日は何する?」
最初は大将に注意されていた言葉使いも、諦められたのか、常連だということで見逃されているのか、今は聞こえてこない。
「うーん……ビールとー……明太モチチーズ!」
「了解!」
武史は店の奥へと消えていく。
美奈は、ふと考える。自分と武史の関係は、ただの客と従業員だ。想いを伝えるなんて……そんな事望まない。こうして、会えるだけで……それだけで良い……。
「え……大阪に帰る……?」
ある日、いつもの様に来店した美奈は、武史から、そう告げられた。
「親父がな……まあ、ぎっくり腰で倒れて、店は、お前に継がせるから帰ってこいやと」
美奈は呆然とした。ずっと、会えると思っていたから。そんなはず、ないのに。
「い、いつ……帰るんですか……?」
やっと絞り出した言葉は、それだった。
「この店は、ちょうど一週間後に辞める。帰るのは、その三日後」
「そ、そうですか……」
武史は少し悲しげな顔で笑った。
「ご注文は?」
「……ビールと……牛すじモダン……」
「あいよー!」
相変わらず、お好み焼きは美味しくて……ビールは、いつもより苦く感じた。
帰宅した美奈は、悩んだ。このままで良いのかと。想いを伝えず、もう会えなくなって……それで良いのかと。
寝間着でベッドに仰向けにダイブする。
「……良くない」
美奈は、決めた。
「(今日が木村さんの最終出勤日。その時に……告白す……)」
「沢口(さわぐち)さん」
「え、あ、はい!」
急に声をかけられたものだから驚いた。今は仕事中である。しっかりしないと告白も上手くいかない。
「ごめんなさい! これ、今日中にやれないかな……?」
差し出されたのは書類の束。
「……あの……今……16時ですけど……」
「本当に、ごめんなさい!」
「(あああああ!! 結局断れなかった!! 早く、早く行かないと……)」
美奈は走る。パンプスとスーツスカートで走りにくいが、そんな事は気にしてられない。
美奈が店まで着くと……。
「ん?」
店主が暖簾を片付けようとしているところだった。店主は美奈に気がつき振り向く。
「あ、あの……」
「すみません、今日はもう店じまいなんです。せっかく来てくれたところ悪いですが……」
店じまいと聞いた美奈はショックを受ける。だが、希望はまだあると……。
「木村さんは……?」
恐る恐る聞く。
「さっき帰りました」
「そ、そうですか……」
美奈は、うつむく。涙が零れそうだ。どうして……どうして、もっと早くに伝えなかったのだろう。後悔だけが溢れてくる。
「これ、預かってるんです」
「え」
美奈は顔を上げる。店主が手に持っていたのは、紙切れ。
「これは……?」
「木村が、もし、あなたが来たら渡してくれと」
紙切れを受け取り、見てみると……。
「連絡先……?」
「自分は、応援してますよ」
店主は、暖簾を持って店の中へと消えた。
「あ! ありがとうございます!!」
美奈は店主に礼を言い、スマホを取り出した。もちろん、する事は一つだ。数回のコール音の後、声が聞こえる。ずっと聞きたかった声が。
『もしもし?』
「あ、あの、私、美奈です!」
『美奈ちゃん!』
武史の声は嬉しそうだった。美奈は、すっと息を吸い込む。
「私、木村さんに言いたい事があるんです」
「ネギ玉くださ~い!」
「はーい! ネギ玉一丁!」
店が最も混む時間帯、美奈は注文のジョッキを持って忙しそうにあちこちを回る。
「ネギ玉了解~!」
店の奥からは武史の声がする。
「なあなあ、あんたらいつ結婚すんの?」
早くも酔っ払った常連のおじさんが美奈に言う。美奈は元気にこう答えた。
「来月!」
店から歓声が上がる。そんな中、武史は少し恥ずかしそうに店の奥からネギ玉のタネを持って出てきた。
この恋はお好み焼きが繋げた。そして、これからの幸せもお好み焼きが見守ってくれる事だろう。




