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第7章「覚醒:人生の反転、あるいは再始動」

夜が深まるほどに、森の空気が変わっていった。

ただ冷たいのではない。なにか、重さがあった。

「魔力の流れが乱れてる」とリナが地図を見ながら言う。「中心に近づくほど、密度が上がってる」

「指針になるか?」とカイルが聞く。

「逆に。ここから先は地図より、レオンを頼りにした方がいいかもしれない」

全員の視線がレオンに集まった。

「俺……ですか」

「胸の熱、どっちに強くなる?」とエリシアが静かに聞いた。

レオンは立ち止まり、目を閉じた。

胸の奥で、熱が静かに脈打っている。その強さに、向きがある。

「……こっちです」

レオンが指さした方向に、カイルが「地図と一致してる」と呟いた。「ちゃんと正しいな」

「レオンが道標になるのか」とガルドが言う。「変わった話だ」

「でも、悪くない」とリナが笑う。

「誇っていい」とエリシアが言った。「あなたの力が、今私たちを導いている」

一行は歩き続けた。


夜の森で、突然ガルドが手を上げた。

全員が止まった。

「……気配がある。後方。人間だ」

カイルが口の端で笑った。「追っ手か。思ったより早いな」

「少数精鋭を先行させたのかもしれない」とエリシアが言う。

エリシアがレオンを見た。「レオン。あなたは先へ。私たちが合流する」

「待ってください」

想定外に、声が出ていた。

「俺も……一緒にいます。ここで離れたくない」

「レオン」

「強化、かけます。みんなに」

レオンは手を広げた。

胸の熱が指先まで走る。

三重のスタッキング。

夜の闇の中で、仲間の輪郭が光の薄い膜に包まれた。

「……重い」とガルドが息を吸う。「だが、動ける」

カイルが拳を打ち合わせた。「よし。一瞬で終わらせる」

追手が来た。三人。松明を持ち、剣を構えている。

戦闘は短かった。

ガルドが先頭の二人を制し、カイルが残りを組み伏せた。

リナの矢が、追手の合図の笛を正確に射落とした。

三秒かかっていなかった。

「行くぞ」とガルドが言う。「次が来る前に」

レオンは追手が倒れた場所を見た。死んでいない。気絶しているだけだ。

「……良かった」と思わず呟いた。

「俺たちも、できれば傷つけたくねえよ」とカイルが横を通り過ぎながら言う。「だからお前の強化が必要なんだ。速く終わらせるために」

一行は走り出した。


森の中心が近づくにつれ、空気が変わっていった。

冷たさだけでなく、重さがある。

呼吸するたびに、肺の中に何かが溜まっていく気がした。

「……熱が、段階的に強くなってます」

「歩けるか?」とエリシアがすぐに聞く。

「歩けます。でも深呼吸が要る」

「無理はしない」

「大丈夫です。これは……痛くない」

それは本当のことだった。

熱は、苦しくない。

まるで何かが目覚めようとしているような、懐かしいような感覚だった。

「魔力の密度が格段に上がってる」とリナが言う。「通常、森の中心にここまで集まることはない。何かある」

「古い話を聞いたことがある」と、ガルドが口を開いた。

誰もが驚いた。

ガルドが自分から語ることは少ない。

「何十年か前、この森に"精霊の座"があるという噂があった。今は立ち入り禁止区域になっているが、その理由を軍は公表していない」

「精霊の座……」とリナが繰り返す。

「真偽は分からない。だが、この魔力の密度は普通じゃない」

エリシアがレオンを見た。「レオン。その熱、最初に感じたのはいつ?」

レオンは考えた。

「……追放された夜、この近くの森に入った時です。あの時から、ずっとここへ引き寄せられてた気がします」

誰も何も言わなかった。

風だけが、答えるように通り過ぎた。


木々が途切れ、広い空間が現れた。

円形の空き地だった。

直径は二十メートルほどか。

地面は平らで、草木もない。

中央に置かれた石が、うっすらと光を放っていた。

「……なんだ、これ」

カイルの声が低い。

「自然のものじゃない」とリナが息を呑む。「この石、古代の刻印が入ってる。見たことある形だけど……教科書で見たより、ずっと精緻だ」

ガルドが石を見た。「立ち入り禁止の理由は、これか」

エリシアは何も言わなかった。ただ、レオンを見ていた。

レオンの胸の熱が、最高潮だった。

足が、中央の石に向かって動いていた。

意識的に選んでいる気がしなかった。

まるで、ずっとここに戻ってくる予定だったかのように。

「レオン」 エリシアの声が遠くに聞こえる。 レオンは止まらなかった。止まれなかったのではない。これは、魂が震えるほどの切実な引力だった。

中央の石の前に立った瞬間、視界が真っ白に染まり、記憶の断片が激しく脳裏をよぎった。

『役立たずの無能が。三層も重ねられねえ補助魔法士に価値はねえんだよ!』 投げつけられた罵声。雨の夜、泥水の中に放り出された冷たい感触。 『お前はもう、アーデル家の人間ではない。どこへなりと消え失せろ』 親族たちの冷淡な視線。自分を否定し続け、居場所を失ったあの日々。 (……俺は、いらない人間だったはずだ。誰からも望まれず、ただ消えるのを待つだけの――)

だが、その絶望の底に、別の記憶が重なる。 『ようこそ』と笑ったカイル。 『届かなかった後悔を埋めてくれる』と言ったリナ。 『お前は逃げなかった』と認めてくれたガルド。 そして――。 『君は、ここにいていい』。自分を繋ぎ止めてくれた、エリシアのあの声。

(……違う。俺はもう、あの日の俺じゃない) (守りたい場所がある。証明したい力がある。だから――俺は、俺を受け入れる!)

目を開ける。 胸の熱が、内側から弾けるように溢れ出した。 指先から光が漏れた。 淡く、弱く、でも、過去のすべてを塗りつぶすほどに強く。

胸の熱が、溢れた。

指先から光が漏れた。

淡く、弱く、でも確かに。

補助魔法の光ではなかった。

その色は、白に近い金だった。

石の表面の刻印が、光に反応して輝き始めた。

「……何これ。魔力の粒子が、目に見える」

リナが震える声で呟く。スタッキングの光が変質した瞬間、周囲の空気が甘く、濃密な何かに変わった。空気が水のように重く、それでいて純粋な力の奔流。呼吸するだけで指先まで魔力が満ち、弓を引く必要すら感じない。世界そのものが、レオンの意志に従って脈動している。

「刻印が動いてる!」

リナの声が響いた。

光の線が石から地面に広がっていく。

円を描き、文字を形作る。

誰も読めない文字だった。

古い、古い言語だった。

レオンはその光の中心に立っていた。

胸の熱は、もう痛みではなかった。

満ちていく、という感覚に近かった。

エリシアが駆け寄ろうとした。ガルドが腕を伸ばして制した。

「……待て」

「でも!」

「見ろ」

ガルドが指さした先、

光の中のレオンは倒れていなかった。

揺れてもいなかった。

ただ、静かに立っていた。

目は閉じていた。

その顔は、安らかだった。

光が一段と強くなった瞬間、

レオンの背後に何かが見えた。

大きく、翼のような形をした、光の輪郭。

それは、一秒も経たずに消えた。

地面の文字も、石の刻印も、静かに消えていく。

残ったのは、夜の森の静けさだけだった。

レオンがゆっくりと目を開けた。

「……何か、声が聞こえたような気がして」

カイルが「何を」と前のめりになる。

「よく聞き取れなかったんですけど……」

レオンは胸に手を当てた。

熱は消えていなかった。

でも、前とは違う温かさだった。

(……まだ、今の俺には、この力を受け止める器がない。そう言われた気がした。でも、不思議と悔しさはなかった。胸の奥に灯ったこの熱は、俺を拒絶しているんじゃない。俺がもっと強く、この熱に相応しい自分になるのを、静かに待ってくれているんだ――)エリシアがレオンの隣に立ち、静かに肩に手を置いた。

「行こう」

レオンは頷いた。

空の端が、わずかに白み始めていた。




【終】




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