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第2章「白銀の騎士と、新たな居場所」

朝の空気は、まだ少し冷たかった。

駐屯地の外れ、簡素な天幕の隙間から差し込む光で、レオンは目を覚ました。目を開けた瞬間、どこにいるのかわからなくなりかけて、数秒遅れて昨夜のことを思い出す。

エリシアの隊に迎えられたこと。

焚き火の前で、正式に「ようこそ」と言われたこと。

そして、自分がそれを受け入れたこと。

胸の奥に手を当てる。

あの熱は、今も消えていない。

だが訓練場で初めてそれを感じた時のような不気味さは、もう少し薄れていた。代わりに、言葉にしにくい緊張と、ほんのわずかな期待がそこに混じっている。

「起きてる?」

天幕の外から声がした。カイルだ。

「はい、今出ます」

「朝食、なくなる前に来なよ。リナが今日は珍しく機嫌いいから、たぶん量が多い」

「その言い方、絶対あとで怒られるやつですよね」

「その通り」

くぐもった笑い声に、レオンも少しだけ口元を緩めた。

外へ出ると、駐屯地はすでに朝の動きの中にあった。見張りの交代、馬の確認、武具の手入れ。昨日と同じ光景のはずなのに、今日はそれが“外から眺めるもの”ではなく、これから自分も加わる流れなのだと思うと、妙に落ち着かない。

焚き火の近くでは、リナが鍋をかき混ぜていた。

「おはよう、レオン」

「おはようございます」

「ちゃんと眠れた?」

「……半分くらいは」

「それ、ほとんど眠れてない人の答えね」

呆れたように笑いながら、彼女は木椀を差し出してくる。

「でも顔色は悪くない。昨日よりずっといい」

「そう見えますか」

「見える。昨日は今にも逃げ出しそうな顔してたもの」

「り、リナさん」

「冗談よ。半分は」

半分なのか、と返しかけたところで、ガルドが無言で横を通り過ぎた。鍋から自分の分を受け取ると、少しだけ足を止める。

「食え」

「え?」

「空腹だと魔力が乱れる」

それだけ言って、いつもの無表情のまま離れていく。

ぶっきらぼうだが、気遣ってくれているのは伝わった。リナが小さく肩をすくめる。

「ガルドなりの歓迎よ」

「歓迎……なんですね」

「かなりわかりにくいけどね」

カイルが吹き出し、リナも笑う。

そのやりとりの輪の中に、自分が自然に立っている。たった一日で慣れるものではないはずなのに、その事実は不思議なくらい胸に沁みた。

そこへ、エリシアが姿を見せた。

すでに軽装の訓練服に着替えており、腰にはいつもの剣。朝の光の中でも、その佇まいには一点の揺らぎもない。

「全員いるな」

ひと声で空気が締まる。

「今日は通常訓練の確認と、補給路側の短距離巡回を行う。昨日の戦果で周辺の群れは散ったはずだが、残党がいないとは限らない」

「了解」

「訓練の方は?」

とカイル。

「先にレオンの運用確認を詰める」

その言葉に、レオンは思わず背筋を伸ばした。

エリシアは真正面から彼を見る。

「昨日までで、お前の魔法が使えることはわかった。だが“強い”と“回せる”は別だ」

「……はい」

「実戦で組み込むなら、発動の順番、相性、持続、切り替え、全部見ておく必要がある」

厳しい言い方だったが、そこに拒絶はない。

使えるか切るかではなく、どう使えば最大限活きるかを考えている声だった。

「朝食後、訓練場へ集合」

言って、エリシアは踵を返す。

すれ違いざま、彼女はほんの少しだけ声を落とした。

「そんなに身構えるな」

「……え」

「追い出すための確認じゃない。活かすための確認だ」

短い言葉だった。

それだけで、胸の奥の強張りが少しほどける。

レオンは木椀を握り直し、静かに息を吐いた。

新しい朝だ。

昨日までの自分なら持っていなかったはずの一日が、確かにここから始まろうとしていた。


訓練場の土は、昨夜の冷気をわずかに残していた。

だが朝日が差し込むにつれ、その感触は徐々に乾いていく。レオンはその中央で杖を握りしめながら、呼吸を整えていた。

向かいにはエリシア。少し離れてカイル、リナ、ガルドがそれぞれ立っている。

「まずは基本からだ」

エリシアが言う。

「昨日の戦闘で、お前は咄嗟の重ねがけと切り替えをやってのけた。だが再現できなければ意味がない」

「はい」

「だから今日見るのは、“偶然”で済ませないための確認だ」

その言葉に、レオンは小さく頷いた。

偶然ではないと証明したい。

だが同時に、本当に証明してしまっていいのかという怖さもある。

胸の奥の熱は、ここ数日ずっと静かに燻り続けていた。魔法を使うたび、それが自分の意思に反応するように微かに脈打つ。その正体がわからない以上、完全に安心することはできない。

けれど今は、それでも前を向くしかなかった。

「対象、私」

エリシアが剣を抜く。

「一層」

「《フィジカル・ブースト》」

光が走る。

彼女の肩、腕、脚へ、淡い補助光が滑るように馴染んだ。

「二層」

「《フィジカル・ブースト》」

「三層」

「《フィジカル・ブースト》」

三つの術式が重なった瞬間、エリシアの気配が一段鋭くなる。

彼女は木製の標的へ踏み込み、最小限の動きで剣を振った。次の瞬間、標的の支柱が斜めにずれ、遅れて上半分が滑り落ちる。

「相変わらず見事ね……」

とリナ。

「昨日見た後でもまだ驚くな」

とカイル。

ガルドは黙っていたが、その視線は標的ではなくレオンの杖先に向けられていた。強化された側の驚きだけでなく、術者側の安定も見ているのだろう。

エリシアは剣を収める。

「持続良好。出力も落ちていない。次、対象変更」

「じゃあ私、いっていい?」

とリナが片手を上げる。

彼女は弓を持って前へ出ると、少しだけいたずらっぽく笑った。

「昨日から気になってたのよね。私に三層まで重ねたら、どこまで射線が安定するのか」

「無茶はするなよ」

とカイル。

「あなたにだけは言われたくない」

軽口を交わしながらも、リナの目は真剣だった。

レオンは杖を向ける。

「《センス・ブースト》」

「《センス・ブースト》」

「《センス・ブースト》」

感覚補助を三重に重ねた瞬間、リナの表情が変わった。

「……すごい。これなら、届く」 それは震えるような実感の漏れだった。三重に重ねられた《センス・ブースト》が、リナの網膜を研ぎ澄ます。遠くの的の木目、風に舞う塵の速度、そして自分の指先が弦を放つべきコンマ一秒のタイミング。それらが、まるでスローモーションのように「視える」感覚。 (今まで、ずっと足りなかった一歩……それが、今ならはっきりと掴める)

彼女は的へ向き直り、矢をつがえる。呼吸は静かで、肩の揺れも小さい。放たれた一射は、ほとんど吸い込まれるように中心を射抜いた。

二射目。

三射目。

いずれもぶれない。

「視界の情報が整理される感じ……風の流れも、距離感も、いつもよりずっと明瞭」

「対象の得意分野を伸ばす傾向、やはりあるな」

とエリシア。

「レオンの補助って、単純な底上げじゃないのよね」

とリナ。

「その人の“使いやすい形”に寄せて強くなる感じ」

レオンはその言葉を反芻した。

使いやすい形。

自分ではまだ感覚的にしか扱えていない術が、受け手にはそんなふうに伝わっている。

「次は俺だな」

カイルが前に出る。

彼には《スピード・ブースト》を重ねる。

一層で足運びが軽くなり、二層で切り返しが鋭くなり、三層でほとんど地面を滑るように障害物の間を抜けてみせた。

「うわ、これ反則じゃない?」

「お前が言うと軽く聞こえるな」

とエリシア。

「でも実際すごいですよ。進路変更が頭より先に身体へ落ちてくる」

「説明が雑だなあ」

とリナ。

「わかるけど」

「わかるんだ……」

最後に、ガルド。

彼は一言も余計なことを言わず、訓練用の大盾を持って中央へ出た。

レオンは少し迷ってから、《フィジカル・ブースト》を重ねる。

一層。

二層。

三層。

ガルドはその場で一歩踏み込んだだけだった。だが土が深く沈む。踏み込みの重さが、昨日とは比べものにならない。

続いて、訓練用の丸太を正面から押す。普段ならびくともしない固定具つきのそれが、軋む音を立てて後ろへ滑った。

「……なるほど」

と、ガルドが低く呟く。

「支える力まで伸びるのか」

「前に出るだけじゃなく、“止める”側にも効いてるみたいね」

とリナ。

カイルも目を丸くする。

「それ、相当大きいですよ。隊の前線が一気に安定する」

エリシアは全員の反応を見渡し、それからレオンへ向き直った。

「結論から言う。想定以上だ」

「……はい」

「お前一人で、この隊の戦い方を組み替えられる」

その評価は、重かった。

嬉しいだけではない。期待の重みがそのまま乗ってくる。だが不思議と逃げたいとは思わなかった。

昨日の自分なら、きっとその言葉に潰されていた。

けれど今は違う。

期待されることが怖くても、期待される場所に立てていること自体が、どこか信じられないほどありがたかった。

その時、エリシアが少しだけ目を細める。

「ただし、問題もある」

「問題?」

「お前自身の負荷だ」

場の空気がわずかに締まる。

「術式は安定している。だが発動のたびに、魔力の“残り方”が普通と違う」

「……」

「昨日も思ったが、お前の中で何かが変質し始めている気配がある。今すぐどうこうという話ではないが、見過ごしていいものでもない」

胸の奥が、どくりと鳴った。

やはり、気づかれている。

レオンは無意識に胸元へ手をやりかけて、止めた。

「怖がらせたいわけじゃない」

とエリシア。

「だが、自分の力を把握するのは術者の責任だ。これからは戦うだけでなく、その変化も見ていく」

「……はい」

「その上で言う。お前は使える。いや、必要だ」

はっきりと断言される。

それは不安を完全に消す言葉ではなかった。

けれど、不安ごと受け止めた上で前へ進めと言ってくれる声だった。

リナが弓を肩にかけながら笑う。

「じゃあ、今日はもう一段忙しくなるわね」

「短距離巡回でしたよね」

とカイル。

「昨日より少し深いところまで見ます?」

「状況次第だ」

とエリシア。

ガルドは短く言う。

「行ける」

「……はい、俺も」

答えながら、レオンは杖を握り直した。

まだ、自分の中にあるこの熱の正体はわからない。

それでも。

少なくとも今は、それを理由に切り捨てられる場所ではない。

ならば確かめながら進めばいい。

支えながら、支えられながら。

朝の訓練場に吹く風は冷たかったが、レオンの胸の奥には、確かな熱が静かに残っていた。


午前の訓練が終わる頃には、レオンの身体には心地よい疲労が残っていた。

魔法を使い続けたせいで魔力の消耗はあるが、昨日のような不安定さはない。

むしろ、身体の奥に残る熱が、まだ動けると告げていた。

訓練場の端で水を飲んでいると、カイルが近づいてきた。

「レオン、今日の強化、マジで助かった。動きが軽いんだよな」

レオンは返事をしようとして、少し遅れた。

「……そう言ってもらえると、やりやすいよ」

カイルは笑い、肩を軽く叩いた。

「お前、もっと自信持てよ。隊長も言ってただろ?」

レオンは視線を落とした。

胸の奥がわずかに揺れる。

「……まだ、慣れないんだ」

カイルは何か言いかけて、結局言葉を飲み込んだ。

その沈黙が、レオンの胸に小さく引っかかる。

――何を言おうとした?

分からない。

ただ、昨日までとは違う距離感だけが残った。

そのとき、エリシアが訓練場の中央からこちらへ歩いてきた。

陽光を受けて鎧が光り、剣の柄が揺れる。

その姿は、昨日よりもずっと“隊長”に見えた。

「レオン。少し来て」

レオンは頷き、エリシアの後を追った。

歩幅が自然と揃う。

昨日まではなかった感覚だ。

訓練場の端、木陰に入ったところでエリシアが立ち止まった。

「魔力の残量、どれくらい?」

レオンは胸に手を当て、感覚を確かめる。

「……半分くらい。まだ動ける」

エリシアは頷いた。

その頷きは、昨日よりも柔らかかった。

「無理はさせない。でも、君の魔法は“扱い方”が重要だ。強化の重ね方、タイミング、対象の状態……全部が戦況を左右する」

レオンは返事をしようとして、少し遅れた。

「……分かってるつもりだけど、まだ自信はない」

エリシアはレオンの顔をじっと見つめた。

その視線は、昨日よりも深く、揺るぎない。

「自信は、結果で作るものだよ。昨日も今日も、君は結果を出してる」

レオンは視線を逸らした。

胸の奥が熱くなる。

だが、その熱に名前はつけられない。

エリシアは続けた。

「それに……」

言いかけて、少しだけ言葉を止めた。

その沈黙が、レオンの胸に引っかかる。

「……君の魔法は、私が見てきたどの補助魔法士とも違う。だからこそ、私が見たい」

レオンは顔を上げた。

エリシアの瞳が、まっすぐこちらを捉えている。

その視線に、胸の奥の熱がさらに強くなる。

「……俺なんかの魔法を?」

エリシアは頷いた。

「君だから、だよ」

レオンは言葉を失った。

喉が少しだけ動くが、声にならない。

エリシアは続けた。

「レオン。君は“補助魔法士”じゃない。君は……“レオンの魔法”を持ってる」

レオンの呼吸が一瞬止まった。

その反応を、エリシアは静かに受け止める。

「だから、私は君を見てる」

レオンは返事ができなかった。

代わりに、視線が揺れた。

その揺れを見て、エリシアは少しだけ距離を詰めた。

昨日よりも近い距離。

声を落とす必要があるほどの距離。

「……怖い?」

レオンは首を横に振った。

その動作は、少しだけ遅れた。

「……怖くは、ない。ただ……」

言葉が続かない。

胸の奥の熱が、形を持たないまま広がっていく。

エリシアはその沈黙を遮らず、ただ待った。

その待ち方は、昨日までとは違っていた。

“隊長”ではなく、“エリシア”としての距離感。

レオンはようやく言葉を絞り出した。

「……俺、誰かに必要とされるの、慣れてなくて」

エリシアは頷いた。

その頷きは、昨日よりもずっと柔らかかった。

「じゃあ、慣れていけばいい。ゆっくりでいい」

レオンは息を呑んだ。

胸の奥の熱が、静かに形を持ち始める。

エリシアは背を向け、歩き出した。

「午後は実戦形式の訓練をする。レオン、君が中心だ」

レオンはその背中を見つめ、ゆっくりと頷いた。

「……分かった」

エリシアは振り返らずに手を上げた。

「期待してる」

その言葉が、レオンの胸の奥に深く沈んだ。

――関係が、変わり始めている。

その感覚が、静かに、しかし確実に形を持ち始めていた。


午後の訓練が始まる頃、訓練場には午前とは違う緊張が漂っていた。

実戦形式――そうエリシアが告げた瞬間、兵士たちの表情が変わったのだ。

レオンはその空気の変化を肌で感じながら、杖を握り直した。

胸の奥に残る熱が、静かに脈打っている。

エリシアが全員を見渡し、声を上げた。

「これから行うのは、模擬戦だ。レオンの強化を前提にした動きの確認。昨日の戦闘で分かったように、彼の魔法は通常の補助とは違う。扱い方を間違えれば危険だが、正しく使えば戦力が跳ね上がる」

兵士たちが頷く。

その頷きは、午前よりもずっと真剣だった。

カイルが剣を構えながら言った。

「隊長、今日はどのくらい強化するんです?」

エリシアはレオンの方へ視線を向けた。

「レオン。君の判断でいい。無理はしないで」

レオンは少しだけ間を置いて頷いた。

「……分かった」

その間を、エリシアは気にしない。

だが、カイルとリナは一瞬だけ視線を交わした。

その沈黙が、レオンの胸に小さく引っかかる。

――俺の判断でいい、か。

昨日までなら考えられなかった言葉だ。

エリシアが剣を抜き、構えを取る。

「では、始める。レオン、強化を」

レオンは深呼吸をし、杖を構えた。

「……《フィジカル・ブースト》」

光がエリシアを包む。

続けて二度目、三度目。

エリシアの足元の土がわずかに沈む。

身体能力が跳ね上がった証拠だ。

カイルが口笛を吹いた。

「相変わらずすげえな……」

リナも弓を構えながら言う。

「これ、慣れるまで大変ね」

ガルドは腕を組んだまま、エリシアを見つめていた。

「……隊長、動きが変わってる」

エリシアは軽く剣を振り、動きを確かめる。

「問題ない。むしろ、昨日よりも制御しやすい」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

だが、その熱に名前はつけられない。

エリシアがレオンの方へ向き直る。

「次は速度強化。カイルとガルドにも」

レオンは頷き、杖を握り直した。

「《スピード・ブースト》」

光が三人を包む。

続けて二度目、三度目。

カイルが地面を蹴り、ガルドが突進し、エリシアが剣を振る。

その動きは、午前よりもさらに滑らかだった。

だが――

そのとき、訓練場の端で誰かが小さく呟いた。

「……あれ、本当に補助魔法士なのか?」

「強化の密度が異常だろ……」

「扱い間違えたら危険じゃないか?」

その声は小さかったが、レオンの耳にははっきり届いた。

胸の奥がわずかに沈む。

昨日までの熱が、少しだけ揺らぐ。

エリシアがレオンの方へ歩み寄り、静かに言った。

「気にしなくていい。未知のものには、誰だって慎重になる」

レオンは返事をしようとして、少し遅れた。

「……うん」

エリシアは続けた。

「でも、私は知ってる。君の魔法は、誰よりも仲間を守る力だ」

レオンは顔を上げた。

エリシアの瞳が、まっすぐこちらを見ている。

その視線に、胸の奥の熱が戻る。

エリシアは言った。

「レオン。君は、ここに必要な人間だよ」

レオンはゆっくりと頷いた。

「……ありがとう」

その言葉は、昨日よりもずっと強かった。

訓練場の空気が変わる。

レオンを中心に、小隊の動きが整い始める。

カイルが剣を構え、リナが弓を引き、ガルドが前に出る。

エリシアは全体を見渡しながら、レオンに声をかけた。

「次の強化、任せる」

レオンは深呼吸をし、杖を握り直した。

――任せる。

その言葉が、胸の奥に深く沈む。

昨日までの自分なら、絶対に言われなかった言葉だ。

レオンは静かに呟いた。

「……《フィジカル・ブースト》」

光が仲間たちを包む。

その光は、昨日よりもずっと強く、ずっと温かかった。

――関係が、変わった。

その事実だけが、レオンの胸に静かに残った。


午後の訓練が終わる頃、空は薄い橙色に染まり始めていた。

兵士たちが装備を片付け、焚き火の準備を始める。

その中で、レオンはひとり訓練場の端に立っていた。

杖を握る手に、まだ微かな熱が残っている。

魔力の消耗はあるが、身体は動く。

むしろ、動き足りない感覚があった。

――強化の重ねがけ。

自分の魔法が、誰かの動きを変える。

その事実が、胸の奥で静かに広がっていた。

「レオン」

背後から声がした。

振り返ると、エリシアが立っていた。

鎧の隙間から夕陽が差し込み、輪郭が淡く光っている。

レオンは返事をしようとして、少し遅れた。

「……どうしたの?」

エリシアは歩み寄り、レオンの前に立った。

その距離は、昨日よりも近い。

「今日の動き、どう感じた?」

レオンは言葉を探した。

喉が少しだけ動く。

「……みんな、強かった。俺の魔法が役に立ったのかは……まだ分からないけど」

エリシアは首を横に振った。

「役に立ったよ。君の強化がなければ、あの動きはできなかった」

レオンは視線を落とした。

胸の奥がわずかに揺れる。

「……そう、なのかな」

エリシアはレオンの前に一歩踏み出した。

その影がレオンの足元に重なる。

「レオン。君は、自分の価値を低く見すぎてる」

レオンは顔を上げた。

エリシアの瞳が、まっすぐこちらを見ている。

その視線に、胸の奥の熱が強くなる。

エリシアは続けた。

「君の魔法は、ただの補助じゃない。戦況を変える力だ。私はそれを見た」

レオンは返事をしようとして、言葉が出るまでに数秒かかった。

「……でも、俺は……」

「追放されたから?」

レオンの呼吸が止まった。

その反応を、エリシアは静かに受け止める。

「追放された理由は、君が弱かったからじゃない。理解できる人間がいなかっただけ」

レオンは視線を逸らした。

胸の奥がざわつく。

だが、そのざわつきは昨日までのものとは違う。

エリシアはレオンの横に立ち、空を見上げた。

夕陽が鎧に反射し、淡い光が揺れる。

「レオン。君は、ここにいていい」

レオンはその言葉を聞き、胸の奥が熱くなるのを感じた。

だが、その熱に名前はつけられない。

エリシアは続けた。

「……それに」

言いかけて、少しだけ沈黙が落ちた。

その沈黙は、昨日までのものとは違う。

言葉を選ぶための沈黙。

「……私は、君の魔法をもっと見たい」

レオンは顔を向けた。

エリシアの横顔が夕陽に照らされている。

「……俺の?」

エリシアは頷いた。

「君の魔法は、君自身を映してる。控えめで、でも芯が強い。重ねれば重ねるほど、力を発揮する」

レオンは言葉を失った。

胸の奥の熱が、静かに広がっていく。

エリシアはレオンの方へ向き直り、少しだけ距離を詰めた。

その距離は、声を落とす必要があるほど近い。

「レオン。君は、私の小隊に必要な人間だよ」

レオンは返事をしようとして、また少し遅れた。

「……ありがとう」

その言葉は、昨日よりもずっと自然だった。

エリシアは満足したように微笑むでもなく、ただ静かに頷いた。

「明日、もう一度強化の検証をする。君の魔法は、まだ底が見えない」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりも強かった。

「……分かった。やってみるよ」

エリシアは背を向け、歩き出した。

だが、数歩進んだところで立ち止まり、振り返る。

「レオン」

レオンは顔を上げた。

エリシアは短く言った。

「期待してる」

その言葉が、レオンの胸の奥に深く沈んだ。

夕陽が沈み、夜の気配が広がる。

レオンはその場に立ち尽くし、静かに息を吐いた。

――関係が、もう元には戻らない。

その感覚だけが、胸の奥に確かに残っていた。


夕食の時間になると、駐屯地の中央にある大きな焚き火の周りに兵士たちが集まり始めた。

鍋の中で煮込まれたスープの匂いが漂い、パンを焼く音が混ざる。

その光景は昨日と同じはずなのに、レオンには少し違って見えた。

――視線が、向けられている。

昨日までの「新顔を確認する視線」ではない。

もっと慎重で、もっと測るような視線。

レオンは歩幅をわずかに乱した。

その変化を、近くにいた兵士が見逃さなかった。

「……あの、今日の強化、すごかったです」

声をかけてきたのは若い兵士だった。

レオンは返事をしようとして、少し遅れた。

「……ありがとう」

兵士は何か言いかけて、結局言葉を飲み込んだ。

その沈黙が、レオンの胸に小さく引っかかる。

――何を言おうとした?

分からない。

ただ、昨日までとは違う距離感だけが残った。

そのとき、背後から声がした。

「レオン、こっち」

振り返ると、エリシアが手を軽く上げていた。

焚き火の光が鎧に反射し、輪郭が淡く揺れる。

レオンは歩み寄りながら言った。

「……座っていいの?」

エリシアは頷き、隣の席を指した。

「もちろん。君は小隊の一員だよ」

その言葉に、レオンの胸の奥がわずかに熱くなる。

だが、その熱に名前はつけられない。

カイルがパンをちぎりながら言った。

「レオン、今日の強化、マジで助かったぞ。あれがなかったら俺、絶対転んでた」

リナが笑いながらスープをかき混ぜる。

「カイルは強化なしでも転ぶでしょ」

「おい!」

そのやり取りに、レオンは小さく息を吐いた。

胸の奥のざわつきが、少しだけ和らぐ。

だが――

ガルドは黙ったままスープを飲んでいた。

視線はレオンに向けられていない。

だが、意識して避けているようにも見える。

レオンはその沈黙に気づき、胸の奥がわずかに沈む。

エリシアがガルドに声をかけた。

「ガルド。何か気になることがある?」

ガルドはスプーンを置き、ゆっくりと顔を上げた。

「……強化が強すぎる。身体がついていかない」

レオンの指先がわずかに動いた。

胸の奥がざわつく。

エリシアは落ち着いた声で言った。

「それはレオンのせいじゃない。私たちが慣れていないだけ」

ガルドは頷いた。

だが、その頷きは重かった。

「分かってる。だからこそ、慣れたいんだ」

レオンは言葉を失った。

胸の奥が熱くなる。

だが、その熱に名前はつけられない。

カイルが笑いながら言った。

「ガルドがこんなに素直なの、珍しいぞ」

リナも頷く。

「それだけレオンの魔法がすごいってことよ」

レオンは返事をしようとして、また少し遅れた。

「……ありがとう」

その言葉は、昨日よりも自然だった。

エリシアはレオンの方へ向き直り、静かに言った。

「レオン。君の魔法は、誰よりも仲間を守る力だよ」

レオンは顔を上げた。

エリシアの瞳が、まっすぐこちらを見ている。

その視線に、胸の奥の熱が戻る。

だが――

焚き火の向こう側で、別の兵士たちが小声で話しているのが聞こえた。

「……あれ、本当に補助魔法士なのか?」

「強化の密度が異常だろ……」

「扱い間違えたら危険じゃないか?」

その声は小さかったが、レオンの耳にははっきり届いた。

胸の奥がわずかに沈む。

昨日までの熱が、少しだけ揺らぐ。

エリシアはその変化に気づいたのか、レオンの隣に座り直した。

距離が、昨日よりも近い。

「レオン」

レオンは顔を向けた。

エリシアは声を落とし、静かに言った。

「気にしなくていい。未知のものには、誰だって慎重になる」

レオンは返事をしようとして、少し遅れた。

「……うん」

エリシアは続けた。

「でも、私は知ってる。君の魔法は、誰よりも仲間を守る力だ」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりも強かった。

エリシアは立ち上がり、レオンに手を差し出した。

「少し歩こう。話したいことがある」

レオンはその手を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。

焚き火の光が二人の影を長く伸ばす。

その影は、昨日よりもずっと近かった。

――日常が、静かに侵食されていく。

その感覚だけが、レオンの胸に確かに残った。


焚き火の明かりが遠ざかるにつれ、夜の静けさが少しずつ濃くなっていった。

レオンとエリシアは駐屯地の外れを歩いていた。

草を踏む音だけが、一定のリズムで続く。

レオンは歩きながら、何度か言葉を探した。

だが、どれも喉の奥で止まってしまう。

沈黙が続く。

けれど、その沈黙は不思議と重くなかった。

エリシアが先に口を開いた。

「……今日の訓練、どうだった?」

レオンは少し遅れて答えた。

「……まだ慣れないけど、みんなが動いてくれるから、やりやすかった」

エリシアは頷いた。

その頷きは、昨日よりも柔らかかった。

「君の強化は、普通の補助魔法士とは違う。だから、みんなも慎重になる。でも……」

言いかけて、少しだけ言葉を止めた。

その沈黙が、レオンの胸に引っかかる。

「……でも、みんな君を信頼し始めてる」

レオンは視線を落とした。

胸の奥がわずかに熱くなる。

「……本当に?」

「本当だよ。特にカイルとリナは、君の強化を前提に動き始めてる」

レオンは返事をしようとして、また少し遅れた。

「……よかった」

エリシアは歩みを止め、レオンの方へ向き直った。

月明かりが鎧に反射し、輪郭が淡く浮かび上がる。

「レオン。君は、自分の力をまだ理解していない」

レオンは顔を上げた。

エリシアの瞳が、まっすぐこちらを見ている。

「……理解してない、か」

「そう。君の魔法は“補助”じゃない。君自身の魔力が持つ特性だ。重ねれば重ねるほど強くなる。普通の補助魔法士にはできないことだよ」

レオンは言葉を探した。

喉が少しだけ動く。

「……でも、俺は……」

「追放されたから?」

レオンの呼吸が止まった。

その反応を、エリシアは静かに受け止める。

「追放された理由は、君が弱かったからじゃない。理解できる人間がいなかっただけ」

レオンは視線を逸らした。

胸の奥がざわつく。

だが、そのざわつきは昨日までのものとは違う。

エリシアはレオンの横に立ち、夜空を見上げた。

星が淡く瞬いている。

「レオン。君は、ここにいていい」

その言葉は、慰めでも励ましでもなかった。

ただ、事実を告げる声だった。

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりも強かった。

「……ありがとう」

エリシアはゆっくりとレオンの方へ向き直った。

距離が、昨日よりも近い。

「それに……」

また少し沈黙が落ちた。

言葉を選ぶための沈黙。

「……私は、君の魔法をもっと知りたい」

レオンは驚いたように目を瞬いた。

「……俺の?」

エリシアは頷いた。

「君の魔法は、君自身を映してる。控えめで、でも芯が強い。重ねれば重ねるほど、力を発揮する」

レオンは言葉を失った。

胸の奥の熱が、静かに広がっていく。

エリシアは続けた。

「だから……君の魔法を見ていると、君という人間が分かる気がする」

レオンの呼吸が一瞬止まった。

その反応を、エリシアは静かに受け止める。

「……そんなふうに言われたの、初めてだよ」

エリシアは小さく頷いた。

「だろうね。君は、自分の価値を誰かに伝えるのが苦手だ。でも、魔法は嘘をつかない」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりもずっと強かった。

エリシアは背を向け、歩き出した。

だが、数歩進んだところで立ち止まり、振り返る。

「レオン」

レオンは顔を上げた。

エリシアは短く言った。

「明日も、君の魔法を見せてほしい」

レオンはゆっくりと頷いた。

「……うん。やってみるよ」

エリシアは満足したように微笑むでもなく、ただ静かに頷いた。

「期待してる」

その言葉が、レオンの胸の奥に深く沈んだ。

夜風が二人の間を通り抜ける。

レオンはその場に立ち尽くし、静かに息を吐いた。

――もう、元の場所には戻れない。

その感覚が、昨日よりもはっきりと形を持っていた。


夜の空気は冷たかったが、レオンの胸の奥にはまだ熱が残っていた。

エリシアと別れたあと、しばらくその場に立ち尽くしていたせいだ。

言葉にできない何かが、胸の奥で静かに形を変えている。

――明日も、魔法を見せてほしい。

その言葉が、何度も頭の中で反響していた。

レオンはゆっくりと駐屯地へ戻った。

焚き火の明かりが近づくにつれ、兵士たちの話し声が耳に入る。

「……あの強化、やっぱり異常だよな」

「隊長が保証してるから大丈夫なんだろうけど……」

「いや、でもあれは……」

声は小さい。

だが、レオンの耳にははっきり届いた。

胸の奥がわずかに沈む。

昨日までの熱が、少しだけ揺らぐ。

だが、レオンは足を止めなかった。

昨日の自分なら立ち止まっていたかもしれない。

けれど、今日は違う。

――エリシアが言ってくれた。

「君は、ここにいていい」

その言葉が、沈みかけた胸を支えていた。

レオンが焚き火のそばに戻ると、カイルが手を振った。

「お、レオン! どこ行ってたんだよ」

レオンは少し遅れて答えた。

「……ちょっと、散歩」

リナがスープをかき混ぜながら言う。

「隊長と一緒にいたんでしょ?」

レオンは一瞬だけ言葉を失った。

その反応を見て、カイルがニヤリと笑う。

「おいおい、図星か?」

「ち、違うよ。ただ話してただけで……」

言い訳のように聞こえる自分の声に、レオンは胸の奥がざわつくのを感じた。

リナは笑いながら言った。

「別にいいじゃない。隊長、レオンのこと気に入ってるみたいだし」

レオンは返事ができなかった。

喉が少しだけ動くが、声にならない。

その沈黙を、ガルドが重い声で破った。

「……隊長は、力を見てるだけだ」

レオンは顔を向けた。

ガルドの表情は読めない。

だが、その言葉にはどこか“線引き”のようなものがあった。

カイルが肩をすくめる。

「まあ、そうかもしれないけどさ。レオンの魔法、マジで助かってるのは事実だろ?」

ガルドは頷いた。

「それは否定しない。だが……」

言いかけて、言葉を飲み込んだ。

その沈黙が、レオンの胸に引っかかる。

――何を言おうとした?

分からない。

ただ、昨日までとは違う距離感だけが残った。

リナが空気を変えるように言った。

「レオン、明日の訓練もよろしくね。あなたの強化、もう手放せないわ」

リナは弓を肩にかけたが、

足を止めたまま動かなかった。

カイルの笑い声が遠ざかる中、

彼女だけがレオンの方を向いていた。

「……ねえ、一つだけ聞いていい?真面目な話」

いつもの軽い声ではなかった。

レオンは頷いた。「……うん」

「私、山の集落育ちなの。

子どもの頃、よく薬草採りで山に入ってた。

ある時、仲間と崖を登ってて……

一人が足を滑らせた」

リナの指先が弓の弦に触れたまま、止まった。

「駆け寄ろうとしたけど、間に合わなかった。

あと少し、足が速ければって……

ずっと思ってた」

レオンは返事ができなかった。

リナはふっと息を吐き、

いつものように笑ってみせた。

「あなたの強化を受けるたびに思うの。 ……あの時、こんな力があったら、って」 リナは自嘲気味に笑い、自分の細い指先を見つめた。 「レオン。あなたの補助がかかっている間だけ、私の足はあの時の崖に間に合うの。あなたの目が、私に間に合わなかった距離を教えてくれる。……私にとって、あなたの魔法はただの強化じゃない」 リナはまっすぐレオンを見つめた。その瞳には、過去の呪縛を振り払おうとする強い光があった。 「私の『届かなかった後悔』を埋めてくれる、たった一つの手段なの。だから手放せないなんて、冗談で言えるはずないでしょ?」 レオンの胸の奥の熱が、静かに、そして激しく揺れた。

レオンは少し遅れて頷いた。

「……うん。頑張るよ」

その言葉は、昨日よりも自然だった。

カイルがパンをちぎりながら言う。

「そういやレオン、魔力の消耗ってどんな感じなんだ? あれだけ重ねて大丈夫なのか?」

レオンは少し考えてから答えた。

「……疲れるけど、動けなくなるほどじゃない。むしろ、重ねるほど魔力の流れが安定する感じがする」

リナが目を丸くした。

「それ、普通じゃないわよ」

ガルドも腕を組んだまま言った。

「補助魔法士は重ねがけできない。魔力の流れが乱れるからだ。だが、お前は……」

レオンは視線を落とした。

「……自分でも、よく分からないんだ」

その言葉に、三人とも黙った。

その沈黙は、昨日までのものとは違う。

“理解しようとしている沈黙”だった。

エリシアが遠くから歩いてくるのが見えた。

その姿を見た瞬間、レオンの胸の奥がわずかに熱くなる。

エリシアは小隊の輪に入り、レオンの隣に座った。

距離が、昨日よりも近い。

「レオン。明日の訓練の前に、少し魔力の検証をしたい」

レオンは頷いた。

その頷きは、もう遅れなかった。

「……分かった」

エリシアは満足したように頷くでもなく、ただ静かに言った。

「期待してる」

その言葉が、レオンの胸の奥に深く沈んだ。

焚き火の光が揺れ、夜風が二人の間を通り抜ける。

レオンはその場に座りながら、静かに息を吐いた。

――もう、元の場所には戻れない。

その感覚が、昨日よりもはっきりと形を持っていた。


夜が深まるにつれ、駐屯地の喧騒は少しずつ落ち着いていった。

焚き火の火は小さくなり、兵士たちの話し声もまばらになる。

レオンは自分のテントに戻り、寝具の上に腰を下ろした。

胸の奥には、まだ熱が残っていた。

エリシアの言葉が、何度も反響している。

――明日も、君の魔法を見せてほしい。

その言葉は、命令でも期待でもなかった。

ただ、レオンという存在を“必要としている”声だった。

レオンは深く息を吐き、天井を見つめた。

布越しに、焚き火の光が揺れている。

「……俺、変わってきてるのかな」

小さく呟いた声は、テントの中で吸い込まれた。

昨日までの自分なら、こんなふうに考えることはなかった。

誰かに必要とされることを、信じられなかった。

けれど、今は違う。

――ここにいていい。

その言葉が、胸の奥に静かに根を張り始めていた。

そのとき、テントの外で足音がした。

レオンは身体を起こし、入口の布が揺れるのを見つめた。

「レオン、起きてる?」

エリシアの声だった。

レオンは少し遅れて返事をした。

「……うん」

エリシアがテントの中に入ってくる。

鎧は外しているが、外套を羽織っている。

その姿は、戦場の隊長ではなく、ひとりの人間に見えた。

「少し話せる?」

レオンは頷いた。

その頷きは、もう遅れなかった。

エリシアはレオンの前に座り、静かに言った。

「明日の訓練の前に、確認しておきたいことがある」

レオンは姿勢を正した。

「……俺にできることなら」

エリシアは少しだけ考えるように視線を落とし、言葉を選んだ。

「レオン。君の魔法は、重ねるほど強くなる。でも……その“限界”がどこにあるのか、まだ分からない」

レオンは息を呑んだ。

「……確かに、自分でも分からない」

「だから、明日は少し踏み込んだ検証をしたい。危険は避ける。でも……」

エリシアは言いかけて、少しだけ沈黙した。

その沈黙は、昨日までのものとは違う。

“迷い”ではなく、“覚悟”の沈黙。

「……君の魔法が、どこまで行けるのか知りたい」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりも強かった。

「……俺で、いいの?」

エリシアは頷いた。

「君じゃないと意味がない。君の魔法は、君自身の特性だから」

レオンは言葉を失った。

喉が少しだけ動くが、声にならない。

エリシアは続けた。

「それに……」

また少し沈黙が落ちた。

言葉を選ぶための沈黙。

「……私は、君を信じてる」

レオンの呼吸が一瞬止まった。

その反応を、エリシアは静かに受け止める。

「だから、明日も頼む」

レオンはゆっくりと頷いた。

「……うん。やってみるよ」

エリシアは満足したように微笑むでもなく、ただ静かに頷いた。

「ありがとう。じゃあ、休んで」

立ち上がり、テントの入口へ向かう。

だが、布に手をかけたところで、ふと振り返った。

「レオン」

レオンは顔を上げた。

エリシアは短く言った。

「……君が来てくれて、よかった」

その言葉は、焚き火の残り火よりも温かかった。

レオンは返事ができなかった。

ただ、胸の奥が熱くなるのを感じた。

エリシアは静かにテントを出ていった。

夜風が入り込み、布が揺れる。

レオンは寝具に横になり、深く息を吐いた。

――もう、元の場所には戻れない。

その感覚が、昨日よりもはっきりと形を持っていた。

だが、不思議と怖くはなかった。

胸の奥に灯った熱が、消える気配を見せなかったからだ。

レオンは目を閉じた。

眠りは浅かったが、昨日よりもずっと穏やかだった。


翌朝、駐屯地はまだ薄暗かった。

夜明け前の冷たい空気が漂い、兵士たちの動きもまばらだ。

レオンは早く目が覚めてしまい、寝具の上でしばらく天井を見つめていた。

胸の奥に残る熱は、昨日よりもはっきりしている。

それは不安でも緊張でもなく、もっと曖昧で、もっと静かなものだった。

――今日、魔力の検証をする。

エリシアの言葉が、何度も頭の中で反響していた。

テントの外に出ると、空はまだ青みを帯びた灰色で、地平線の向こうにかすかな光が見える。

レオンは深呼吸をし、冷たい空気を肺に入れた。

そのとき、背後から声がした。

「早いね、レオン」

振り返ると、エリシアが立っていた。

鎧はまだ着ていない。

外套だけを羽織った姿は、昨日よりもずっと“近い存在”に見えた。

レオンは少し遅れて答えた。

「……眠れなくて」

エリシアは頷き、レオンの隣に立った。

「緊張してる?」

レオンは少し考えてから答えた。

「……緊張、なのかな。よく分からない」

エリシアは横目でレオンを見た。

その視線は、昨日よりも柔らかかった。

「分からないなら、それでいいよ。大事なのは、逃げてないってこと」

レオンは息を呑んだ。

胸の奥がわずかに熱くなる。

エリシアは歩き出し、レオンも自然とその隣を歩いた。

歩幅が揃う。

昨日よりも自然に。

駐屯地の外れにある小さな空き地に着くと、エリシアは立ち止まった。

「ここなら誰にも邪魔されない。魔力の検証をするには十分」

レオンは杖を握り直した。

指先が少しだけ冷たい。

だが、震えはなかった。

エリシアはレオンの方へ向き直り、静かに言った。

「レオン。今日は“限界”を探るつもりはない。危険なことはしない。でも……」

言いかけて、少しだけ沈黙が落ちた。

その沈黙は、昨日までのものとは違う。

“覚悟”の沈黙。

「……君の魔法が、どこまで行けるのか知りたい」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりも強かった。

「……俺で、いいの?」

エリシアは頷いた。

「君じゃないと意味がない。君の魔法は、君自身の特性だから」

レオンは言葉を失った。

喉が少しだけ動くが、声にならない。

エリシアは続けた。

「それに……私は、君を信じてる」

レオンの呼吸が一瞬止まった。

その反応を、エリシアは静かに受け止める。

「だから、今日も頼む」

レオンはゆっくりと頷いた。

「……うん。やってみるよ」

エリシアは満足したように微笑むでもなく、ただ静かに頷いた。

「ありがとう。じゃあ、始めよう」

レオンは深呼吸をし、杖を構えた。

「……《フィジカル・ブースト》」

光がエリシアを包む。

続けて二度目、三度目。

エリシアの足元の土がわずかに沈む。

身体能力が跳ね上がった証拠だ。

エリシアは軽く剣を振り、動きを確かめた。

「……昨日よりも安定してる」

レオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりも強かった。

だが――

そのとき、駐屯地の方から兵士たちのざわめきが聞こえた。

「……隊長、どこに?」

「またあの補助魔法士と?」

「いや、でもあれは……」

その声は小さかったが、レオンの耳にははっきり届いた。

胸の奥がわずかに沈む。

昨日までの熱が、少しだけ揺らぐ。

エリシアはその変化に気づいたのか、レオンの方へ歩み寄った。

距離が、昨日よりも近い。

「レオン」

レオンは顔を向けた。

エリシアは静かに言った。

「気にしなくていい。未知のものには、誰だって慎重になる。でも……」

エリシアはレオンの胸に手を当てた。

その距離は、昨日までのどの瞬間よりも近かった。

「……私は、君を信じてる」

レオンは返事ができなかった。

ただ、胸の奥が熱くなるのを感じた。

その熱は、昨日よりもはっきりしていた。

もう、曖昧ではなかった。

エリシアは手を離し、背を向けた。

「さあ、続けよう。今日で、君の魔法の“輪郭”を掴む」

レオンはゆっくりと頷いた。

「……うん。やるよ」

エリシアは振り返らずに言った。

「期待してる」

その言葉が、レオンの胸の奥に深く沈んだ。

――もう、元の場所には戻れない。

その感覚が、昨日よりもはっきりと形を持っていた。

だが、不思議と怖くはなかった。

胸の奥に灯った熱が、消える気配を見せなかったからだ。

レオンは杖を握り直し、エリシアの背中を見つめた。

そして、静かに呟いた。

「……俺は、ここにいる」

その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

ただ、自分自身に向けた宣言だった。


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