一度でいいから
「我の負けだ」
満身創痍の魔王がそのまま倒れ伏す。
息も絶え絶えの恐ろしい魔王に勇者は近づいた。
「お前に話したいことがある」
「なんだ?」
宿敵の言葉に魔王は興味を引かれた。
どうせ、直に死ぬ命。
その前の微かな気晴らしに丁度いい。
「魔王として生きてみてどうだった?」
「なんだと?」
奇妙な問だ。
困惑していると魔王の傷が微かに塞がる。
勇者の回復魔法だった。
「何のつもりだ?」
「魔王。聞いてくれ。俺は一度で良いから魔王になってみたいと思っていたのだ」
勇者の言葉に魔王は呆気にとられる。
この瞬間に何という言葉だろうか。
「正気か?」
「もちろんだ。俺は密かに憧れていたんだ。お前の横暴さに。無秩序な暴力に。全てを弄ぶ様に」
僅かばかりとはいえ回復したが故に魔王は勇者の心を覗く魔法が使えた。
そして、その心に偽りがないのを知り、魔王はにたりと笑った。
「貴様の考えが読めたぞ。勇者」
「そうなのか?」
「あぁ。貴様は我の次代の魔王となるつもりだろう?」
勇者はにやりと笑い頷いた。
その様に魔王は大層満足する。
「我を殺すのには変わりはない。そうだろう?」
「無論だ。次代の魔王としてお前ほど脅威なものもいないからな」
「そうか。残念だ。だが、その臆病なまでの慎重さもまた大切だ」
魔王の心に去来していたのは充足感だった。
なにせ、自分もまた先代の魔王を打ち滅ぼして魔王となったのだから。
「魔王。教えてくれ。魔王としての心構えを。知識を。技を」
「無論だ。命の限り教えてやろう」
後に続く者に全てを託すのは先達者の役目。
魔王は心からそう信じていた。
――そして。
「これで全てだ」
「なるほど。参考になった」
「そろそろ時間のようだ。我以上の魔王になれ」
満足げに目を閉じようとした魔王の傷が再び塞がる。
「……なんのつもりだ?」
「お前のお陰でどのようにすれば少しでも長く、そして苦しめて殺すことが出来るか知れた」
勇者は残酷に告げる。
「俺は今から魔王としてお前を徹底的に苦しめて殺す。お前が俺たちにしてきたように――」
*
王都に帰還した勇者は魔王の首を持っていた。
その首はこの世のものとは思えないほどに恐ろしい顔をしていたが、それが本来のものとかけ離れていたと知る者は勇者以外には存在しなかった。
勇者はその後、穏やかに生きて死んだ。
彼が魔王に語った言葉が本心であったのか、あるいは全てを引き出すための嘘であったのか。
それを知る術は今となっては存在しない。




