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【中巻】友情崩壊と天才軍師の過労死ロード

# 三国志演義 ―― 俺たちの天下三分がこんなにカオスなわけがない


## 【中巻】友情崩壊と天才軍師の過労死ロード


---


### プロローグ ~ 赤壁の後始末が一番めんどくさい ~


赤壁の戦いで曹操を退けた孫劉連合軍。


めでたしめでたし――とはならなかった。


問題は**荊州**。


荊州は中国のど真ん中に位置する超重要拠点。北の曹操、南東の孫権、そして劉備。三者すべてが欲しがる土地だ。


赤壁で一番体を張ったのは孫権軍。指揮官・周瑜は「荊州は当然うちのもの」と思っていた。


ところが――


気がついたら**劉備が荊州を占拠していた。**


「えっ、いつの間に!?」


諸葛亮の仕業である。


周瑜が曹操軍の残党と戦っている隙に、劉備軍がスルスルと荊州の要所を押さえてしまった。


周瑜は激怒した。


「あの草鞋わらじ売りの詐欺師が!!」


だが劉備は平然と言った。


「いやあ、荊州はもともと劉表殿のもので、その縁で劉備が預かっているだけですよ。そのうちお返ししますから」


**「そのうち」。**


この「そのうち」が永遠に来ないことを、周瑜は本能的に悟っていた。


---


### 第一章 ~ 周瑜 vs 諸葛亮 ~ 天才が天才に負けると死ぬ ~


周瑜は三国志屈指の天才だった。


容姿端麗、音楽の才能あり、軍略は一流、赤壁の戦いの立役者。完璧超人。


だが一つだけ問題があった。


**諸葛亮に勝てない。**


周瑜は何度も諸葛亮を罠にはめようとした。


ある時は荊州返還の交渉を装って劉備を誘い出し、孫権の妹との政略結婚を持ちかけた。これは劉備を江東に閉じ込めて人質にする計略だった。


だが諸葛亮は趙雲に「三つの錦の袋」を渡した。


「ピンチになったら順番に開けろ」


趙雲がその通りにすると――


一つ目の袋:孫権の母・呉国太に結婚話を先にバラす。母が大喜びして本当に結婚させることに。


二つ目の袋:劉備に「曹操が攻めてくる」と嘘を言わせて帰国を急がせる。


三つ目の袋:追っ手が来たら孫権の妹(孫夫人)に叱らせる。


全部うまくいった。


劉備は**本当に孫権の妹と結婚し**、なおかつ**無事に荊州に帰還した。**


周瑜の計略は完全に裏目に出た。「劉備を人質にする」はずが、**嫁と領土の両方を持っていかれた。**


これが**「賠了夫人又折兵(嫁を失い、兵も失った)」**という故事成語の元ネタ。周瑜の大恥として永遠に語り継がれることになった。


周瑜はその後も荊州奪還を企てたが、その度に諸葛亮に読まれて失敗した。


三度目の失敗の後、周瑜は血を吐いた。


**「天はなぜ周瑜を生みながら、諸葛亮をも生んだのか……!」**


そして**死んだ。**


享年三十六歳。死因は**ストレス。**


いや正確には持病の悪化なのだが、三国志演義では完全に「諸葛亮に負け続けたストレスで死んだ」と描かれている。


天才を殺すのは、もっと上の天才。


なお、史実の周瑜はもっと有能で器の大きい人物だったとされる。演義では「諸葛亮の引き立て役」にされてしまった気の毒な男でもある。


---


### 第二章 ~ 劉備、益州を取る ~ いい人キャラの限界 ~


荊州を確保した劉備。諸葛亮の「天下三分の計」の次のステップは**益州(現在の四川省)**の奪取。


益州を治めているのは**劉璋りゅうしょう**。劉備と同じ漢王朝の一族。


劉璋は善人だが、**お人よしすぎて統治能力ゼロ**。部下に「曹操が攻めてきたら劉備に助けてもらおう」と提案されて、ホイホイと劉備を益州に招き入れた。


オオカミを羊小屋に招いたようなものだ。


劉備は最初、劉璋を裏切ることに躊躇した。同族を攻めるのは道義に反する。


だが**龐統ほうとう**が背中を押した。


龐統は諸葛亮と並ぶ天才軍師。あだ名は**「鳳雛(ほうすう=若い鳳凰)」**。臥龍と鳳雛、二大天才が劉備の陣営にいた。


「主君、いつまで善人でいるつもりですか。天下を取るには、時には汚れ仕事も必要です」


劉備は悩んだ末に決断した。益州を攻める。


だが進軍中、**龐統が戦死した。**


落鳳坡(らくほうは=鳳が落ちる坂)という場所で伏兵に遭い、矢を浴びて絶命。


**「落鳳坡」。名前が不吉すぎる。**


龐統の死により、諸葛亮が荊州から益州に移動して直接指揮を取ることに。


ここで重要な人事異動が発生する。


**荊州の留守番は関羽。**


この人事が、後に取り返しのつかない悲劇を生む。


劉備軍は怒涛の進撃で益州を制圧。劉璋は降伏。


劉備は益州の主となった。


ゴザ売りから一国の主へ。だが劉備はこのとき五十四歳。遅咲きにもほどがある。


---


### 第三章 ~ 漢中争奪戦 ~ 定軍山の老将 ~


益州を得た劉備。次の目標は北方の**漢中かんちゅう**。


漢中は益州の北の玄関口。ここを曹操に押さえられると、いつでも攻め込まれる。逆に確保すれば、北伐の拠点になる。


曹操は漢中に大将・**夏侯淵かこうえん**を置いていた。夏侯淵は曹操の親族にして猛将。その速攻は「三日で五百里、六日で千里」と恐れられた。


だが劉備軍には**黄忠こうちゅう**がいた。


黄忠、七十歳。**おじいちゃん武将。**


年齢だけ聞くとリタイア組だが、弓の腕は三国志屈指。しかも気性が荒い。「年寄り」と呼ばれると**ガチでキレる。**


定軍山ていぐんざんの戦い。


諸葛亮の軍師・**法正ほうせい**の策に従い、黄忠は高所を確保。


夏侯淵が攻めてきた瞬間、七十歳のおじいちゃんが山を駆け下り――


**一刀のもとに夏侯淵を斬り殺した。**


曹操軍の大将が単騎突撃の老将に瞬殺される。戦場の常識が崩壊した瞬間である。


この勝利で漢中は劉備の手に落ちた。


劉備は**漢中王**を名乗った。


曹操はこの報せを聞いて激怒した。


「あのゴザ売りが王を名乗るだと!?」


だが漢中は取り返せなかった。


劉備陣営の絶頂期。領土は荊州と益州と漢中。五虎大将軍(関羽・張飛・趙雲・馬超・黄忠)が揃い、諸葛亮が内政を取り仕切る。


すべてが順調に見えた。


**見えた。**


---


### 第四章 ~ 関羽の栄光と転落 ~ フラグ建築の名人 ~


荊州を守る関羽。


劉備が漢中王を名乗ると同時に、関羽は北伐を開始した。


目標は曹操軍の要衝・**樊城はんじょう**。


関羽は快進撃を見せた。


まず曹操が送ってきた援軍の大将・**于禁うきん**を降伏させた。于禁は曹操配下でも古参の名将。それがあっさり降伏。


さらに猛将・**龐徳ほうとく**を一騎打ちで討ち取った。


関羽は漢水を決壊させて曹操軍を水没させ、**「水淹七軍すいえんしちぐん」**の大勝利。


**威震華夏。** 中華全土が震撼した。


曹操はマジで「首都を移そうか」と言い出したほど。


――だが、ここからがフラグ回収タイムである。


**フラグ① 呉を怒らせた**


孫権が関羽に「うちの息子とお宅の娘を結婚させませんか」と打診した。


関羽の返答:


**「虎の娘を犬の子にやれるか」**


孫権を**犬**呼ばわりした。


同盟相手の当主を犬。外交的に**致命傷。**


**フラグ② 部下を怒らせた**


関羽は武勇と義に秀でた男だが、一つ重大な欠点があった。


**プライドが高すぎる。**


特に「自分より格下」と見なした人間への態度がひどい。


荊州の留守を任された**糜芳びほう**と**傅士仁ふしじん**。この二人は補給担当だったが、関羽は彼らを見下し、ミスがあると「帰ったら処罰する」と脅した。


部下を脅すのは**最悪の上司ムーブ**。


**フラグ③ 背後がガラ空き**


関羽は樊城攻めに全力集中。荊州の守りが手薄に。


これを見逃す孫権ではなかった。


孫権は密かに**呂蒙りょもう**に荊州奪取を命じた。


呂蒙は「病気で引退する」と嘘をつき、後任に若くて無名の**陸遜りくそん**を据えた。


関羽は陸遜を舐めた。「書生(本の虫)」と嘲笑い、前線の兵力をさらに増やした。


――完璧な罠だった。


呂蒙は商人に変装した兵士を荊州に送り込み、**内部から一気に荊州を奪取。**


糜芳と傅士仁は、日頃の恨みからあっさり呉に寝返った。


関羽が気づいた時、荊州はすでに呉の手に落ちていた。


「……なっ……!」


前は曹操、後ろは呉。挟み撃ち。


しかも呂蒙は荊州を占領した後、関羽軍の兵士の家族を手厚く保護した。


「あなた方の家族は安全です。呉は民を傷つけません」


この情報が前線に伝わると、関羽の兵は戦意を喪失して次々と脱走。


**「戦わずして兵を奪う」**。呂蒙の見事な心理戦だった。


関羽は少数の兵とともに逃走。だが**麦城ばくじょう**で包囲された。


援軍は来ない。


脱出を試みるも、待ち伏せにかかり捕縛。


孫権は降伏を勧めた。


関羽は拒否した。


**「玉砕はあっても、瓦全はない」**


関羽、斬首。


享年五十八歳。


三国志演義で最も愛された武将が、プライドと油断によって命を落とした。


後に関羽は神格化され、**「関帝かんてい」**として中国全土で祀られることになる。商売の神・戦の神・義の神。


死してなお最強のブランド力。ある意味、三国志で一番成功した男かもしれない。


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### 第五章 ~ 張飛の最期 ~ 死因:パワハラ ~


関羽の死を知った劉備と張飛。


劉備は慟哭し、失神した。


張飛は**復讐**だけを考えた。


「呉を滅ぼす! 関羽の仇を討つ!」


張飛は出陣準備に取りかかった。だがこの時、張飛にも致命的な欠点が爆発していた。


関羽は「上に傲慢、下に優しい」タイプ。偉い人にはケンカを売るが、部下の兵士には慕われていた。


張飛は**真逆。** 「上に従順、下に暴力」。


部下の兵士を日常的に殴り、酒に酔っては暴れ、少しのミスで鞭打ちにした。


現代なら**確実にパワハラで訴訟**である。


出陣前夜。張飛は部下の**范彊はんきょう**と**張達ちょうたつ**に無理な命令を出し、「できなかったら殺す」と脅した。


二人は話し合った。


「どうせ殺されるなら、先にこっちが殺るしかない」


その夜、張飛が酒に酔って寝ている間に――


**部下二人に首を斬られた。**


范彊と張達は張飛の首を持って呉に逃亡した。


三国志最強クラスの武将・張飛、享年五十五歳。


**死因:パワハラ。**


一騎当千の豪傑も、味方に殺されては意味がない。


桃園の三兄弟のうち、二人が失われた。


---


### 第六章 ~ 夷陵の戦い ~ 劉備、怒りで判断力を失う ~


西暦221年。


曹操の息子・**曹丕そうひ**が後漢の皇帝から禅譲を受け、**魏**を建国。


これに対抗し、劉備も帝位に就いた。**蜀漢**の成立。


だが劉備の頭にあるのは帝国の経営ではなかった。


**復讐。**


関羽と張飛の仇を討つ。呉を滅ぼす。


諸葛亮は反対した。


「今は呉と戦うべきではありません。真の敵は魏です。呉とは和解し、共に魏に対抗すべきです」


趙雲も反対した。


「関羽殿の仇は天下統一の後でも討てます」


だが劉備の怒りは止まらなかった。


**「朕の弟を殺した仇を放置して、何が天下か!」**


七十万(演義の数字。実際はもっと少ない)の大軍を率い、劉備は自ら呉に攻め込んだ。


迎え撃つ呉の総司令官は**陸遜**。あの「書生」と馬鹿にされた若者。


陸遜は徹底的に持久戦を選んだ。劉備が挑発しても、出てこない。


「出てこい陸遜! 男なら正面から戦え!」


「嫌です」


この「嫌です」を半年間続けた。鋼のメンタル。


夏になり、劉備は致命的なミスを犯した。


暑さを避けるため、軍を**樹林の中に移動**させたのだ。七百里にわたって、林の中に陣を張った。


これを聞いた魏の曹丕は嘲笑った。


「七百里の連営だと? 兵法を知らんのか。そんな陣の張り方があるか」


**敵の皇帝にまで心配される劈劇。**


陸遜は待っていた。まさにこの瞬間を。


**火計。**


東南の風が吹く夜、陸遜は全軍に火をつけさせた。


七百里の樹林が燃えた。蜀軍は大混乱。火は連鎖的に燃え広がり、逃げ場がない。


**夷陵の戦い。** 劉備の壊滅的大敗。


劉備は命からがら**白帝城はくていじょう**に逃げ込んだ。


七十万の大軍は灰になった。


そして劉備の体も――限界だった。


---


### 第七章 ~ 白帝城の託孤 ~ 遺言が重すぎる ~


白帝城。


劉備は病床に伏していた。


夷陵の大敗のショックと、長年の疲労が一気に噴き出した。


諸葛亮を呼び寄せ、劉備は最後の言葉を告げた。


「孔明……俺の息子・劉禅りゅうぜんを頼む。もしアイツに才能があるなら補佐してやってくれ。もし**才能がなければ、お前が代わりに帝位に就け**」


**――は?**


「帝位に就け」。つまり「ダメなら国を乗っ取っていい」と言ったのだ。


これを額面通りに受け取るか、「絶対に断るだろう」という計算ずくの信頼テストだと見るかで、三国志ファンは千年以上議論している。


諸葛亮は号泣しながら跪いた。


「臣は力の限り忠義を尽くし、死ぬまで止めません!」


**「鞠躬尽瘁、死而後已(きっきゅうじんすい、しじこうい)」。**


身を捧げて力を尽くし、死んで初めて終わる。


この言葉を、諸葛亮は文字通り実行することになる。


劉備、崩御。享年六十三歳。


ゴザ売りから始まり、放浪し、泣き、人を集め、ついに皇帝となり、そして復讐に失敗して白帝城で死んだ。


波乱万丈というか、**ジェットコースターすぎる人生**である。


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### 第八章 ~ 南蛮征伐 ~ 孟獲を七回捕まえるドM戦争 ~


劉備亡き後、蜀漢の全権は諸葛亮が握った。


皇帝は劉禅。あの赤ん坊の頃に劉備に地面に投げられた阿斗。


成長した劉禅は――**暗愚**だった。


政治に興味なし。享楽が好き。宦官の黄皓こうこうに操られる。


「楽しければいいじゃん」タイプの皇帝。


諸葛亮は内心どう思ったか。


「……劉備殿、あなたの息子、マジで才能ないです」


だが「帝位に就け」という遺言を行使するわけにはいかない。諸葛亮は忠義の人。


劉禅を支え、自分がすべてを背負う。それが諸葛亮の選んだ道だった。


まず取り組んだのは国内の安定。南方で蛮族の**孟獲もうかく**が反乱を起こしていた。


諸葛亮は大軍を率いて南征。


そして**孟獲を捕虜にした。**


普通ならここで処刑するか降伏させて終わり。だが諸葛亮は違った。


「お前はまだ俺に心服していないだろう。放してやる」


孟獲を**釈放した。**


孟獲は再び兵を集めて攻めてきた。また捕まった。また釈放。


**これを七回繰り返した。**


**七擒七縦しちきんしちしょう。**


七回捕まえて七回放す。


部下は呆れた。


「丞相、もういい加減にしてください。七回ですよ七回。逃がしたゴキブリが戻ってくるみたいなもんです」


だが諸葛亮は言った。


「力で押さえつけても、心が従わなければまた反乱する。心を掴まなければ意味がない」


七回目の釈放を受けた孟獲は、ついに跪いた。


「丞相、あなたの徳にはかないません。二度と反乱は起こしません」


以後、南方は蜀漢が滅びるまで一度も反乱を起こさなかった。


**心を掴む**。劉備がやっていたことを、諸葛亮は別の形で引き継いでいた。


---


### 第九章 ~ 出師表 ~ 泣ける上申書 ~


南方を平定した諸葛亮。


いよいよ本丸。**北伐。** 魏を攻め、漢王朝を復興する。


それは劉備の遺志であり、諸葛亮自身の宿願でもあった。


出陣に際し、諸葛亮は劉禅に上奏文を提出した。


**「出師表すいしのひょう」。**


中国文学史上、最も涙を誘う公文書。


内容を意訳するとこうだ。


「先帝(劉備)は私のような草庵のニートを三回も訪ねてくださいました。その恩に報いるために、私は二十年間戦い続けてきました。


先帝が志半ばで倒れた今、国は危機にあります。しかし忠臣たちは命を惜しまず働いています。これは先帝の恩に報いるためです。


陛下(劉禅)は、どうか賢臣の意見を聞き、悪臣を遠ざけてください。


私はこれより北伐に出ます。成功するかはわかりません。しかし全力を尽くします。


もし失敗したら、私の罪を罰してください。もし忠臣が職務を怠ったら、その怠慢を叱ってください。


陛下ご自身も、善い道を求め、正しい言葉を受け入れてください。


私は涙がこぼれて、もう何を言っているかわかりません」


**「臣は涙を拭って何を言っているかわからなくなっています」** で終わる上申書。


これを読んで泣かない者は忠臣ではない――と後の世で言われた。


「読出師表不堕涙者、其人必不忠(出師表を読んで涙を流さない者は不忠の人である)」。


千八百年経った今読んでも胸に来るのは、この文章が**嘘のない心から出ている**からだろう。


劉禅はこれを読んで泣いた。


――ただし劉禅が泣いたのは感動してではなく、「丞相がまた難しいこと言ってる……」という可能性も否定できない。


---


### 第十章 ~ 第一次北伐 ~ 泣いて馬謖を斬る ~


西暦228年。諸葛亮、第一次北伐。


序盤は順調だった。魏の三郡が投降し、天水では若き天才・**姜維きょうい**を味方に引き入れた。


姜維は後に諸葛亮の後継者となる逸材。諸葛亮が「わが軍の将より優れている」と絶賛した。


だが――問題は**街亭がいてい**で起きた。


街亭は北伐の補給線を守る超重要拠点。ここを失えば全軍が孤立する。


諸葛亮は守備を**馬謖ばしょく**に任せた。


馬謖は参謀タイプの秀才。机上の兵法なら諸葛亮に次ぐほど。だが実戦経験が乏しい。


劉備は生前、こう警告していた。


**「馬謖は口ばかり達者で、大事を任せてはならん」**


諸葛亮はこの警告を……**無視した。**


馬謖は街亭で独断を下した。副将・王平の「平地に陣を張るべき」という進言を無視し、山上に陣取った。


「高所を取れば有利。兵法の基本だろう」


教科書通りの判断。だが教科書が想定していない状況だった。


魏の名将・**張郃ちょうこう**は山を包囲し、水源を断った。


山の上には水がない。


蜀軍は渇きに苦しみ、たった一日で崩壊した。


街亭陥落。北伐は失敗。諸葛亮は全軍撤退を余儀なくされた。


帰還後、馬謖は軍法会議にかけられた。


軍法は明確。街亭を失った責任者は死罪。


だが馬謖は諸葛亮が個人的に可愛がっていた弟子でもあった。


周囲は助命を嘆願した。


「丞相、馬謖は才能がある。殺すのは惜しい」


諸葛亮は**泣いた。**


「法は法だ。ここで馬謖を許せば、軍律は崩壊する。たとえ私の心が千に裂けようとも」


**「泣いて馬謖を斬る」**。


私情と公正のどちらを取るか。諸葛亮は公正を選んだ。


そして諸葛亮は自分自身も「人選を誤った責任」を取り、三階級の降格を劉禅に申請した。


トップが自分を罰する。だからこそ部下は従う。


だが代償は大きかった。第一次北伐は完全な失敗。そして信頼していた弟子を自らの手で失った。


---


### 第十一章 ~ 空城の計 ~ ハッタリの極致 ~


街亭の敗北で全軍撤退中の諸葛亮。


だが撤退路に、魏の大軍が迫っていた。


率いるのは**司馬懿しばい**、字は仲達。


この男こそ、諸葛亮の生涯最大のライバルとなる天才軍師。そして最終的に三国すべてを手にする一族の祖。


司馬懿は十五万の大軍で進撃。対する諸葛亮の手元には、わずか二千五百の兵と文官しかいなかった。


絶体絶命。


普通なら逃げるか降伏するしかない。


だが諸葛亮は――


**城門を全開にした。**


兵を全員隠し、自分は城壁の上で**琴を弾き始めた。**


門は開け放たれ、掃除のおじさんが呑気に門前を掃いている。


司馬懿の大軍が城の前に到着した。


「……………………」


司馬懿は見た。空っぽの城。開いた門。そして城壁の上で涼しい顔で琴を弾く諸葛亮。


「罠だ」


司馬懿は確信した。「あの男がこんな無防備なはずがない。城内に伏兵がいるに違いない」


**全軍撤退。**


十五万の大軍が、琴一本で退却した。


**空城の計。**


「何もない」ことこそが最大の罠に見える。諸葛亮の知名度と信用が、この不可能なハッタリを成立させた。


諸葛亮は琴を弾き終え、冷や汗をびっしょりかいた手を見た。


「……危なかった」


ハッタリはハッタリ。もし司馬懿があと一歩踏み込んでいたら、諸葛亮はそこで終わりだった。


なおこの逸話は史実にはない完全なフィクション。だが「諸葛亮 vs 司馬懿」の構図を象徴する名場面として、三国志ファンに永遠に愛されている。


---


### 第十二章 ~ 北伐、北伐、また北伐 ~ 過労死への道 ~


第一次北伐の失敗から、諸葛亮は繰り返し北伐を行った。


第二次、第三次、第四次……。


そのたびに魏を脅かし、そのたびに完全勝利には至らなかった。


相手が悪かった。**司馬懿。**


司馬懿の戦略はシンプルだった。


**「戦わない」。**


蜀軍は国力が小さく、長期遠征を維持できない。だから司馬懿は徹底的に持久戦を選んだ。


挑発されても出ない。攻めてきたら守る。一進一退を繰り返し、蜀軍の補給が尽きるのを待つ。


諸葛亮は司馬懿を挑発した。ある時は**女性の服**を送りつけた。


「お前は女か。出てきて戦え」


**三国志屈指の煽り。**


司馬懿の部下たちはブチギレた。「これは侮辱だ! 出撃させてください!」


司馬懿は涼しい顔で女性の服を受け取り、


「ほう、なかなかいいデザインだ」


**と言って着なかった。** いや、着ないのは当然だが、動揺すらしなかった。


このメンタルの強さ。これが後に天下を取る男の器。


諸葛亮の挑発も、司馬懿には通じなかった。


だがこの持久戦で最もダメージを受けたのは、実は**諸葛亮自身**だった。


北伐の計画立案、兵站管理、外交、内政、人事、劉禅のお守り――すべてを一人で抱え込んでいた。


司馬懿は蜀の使者に尋ねた。


「諸葛丞相は最近どうされている?」


使者は答えた。


「丞相は早起きして遅くまで働き、杖打ち二十以上の刑罰もすべて自分で決裁しています。食事は数升ほどしか取りません」


司馬懿は静かに言った。


**「食が少なく仕事が多い。長くはもたんな」**


敵の総大将が、味方の誰よりも正確に諸葛亮の健康状態を見抜いていた。


---


### 第十三章 ~ 五丈原 ~ 星が落ちる ~


西暦234年。**第五次北伐。**


諸葛亮は五丈原ごじょうげんに陣を張り、司馬懿と対峙した。


だが諸葛亮の体はもう限界だった。


連日の激務。食事もろくに取れない。咳が止まらない。


それでも諸葛亮は働き続けた。夜も書類に向かい、部下の報告を聞き、策を練った。


姜維が心配して言った。


「丞相、少し休んでください」


諸葛亮は答えた。


「先帝の遺志を果たすまで、休むわけにはいかない」


鞠躬尽瘁、死而後已。


身を捧げて力を尽くし、死んで初めて終わる。


出師表で自ら誓った言葉を、この男は本当に実行しようとしていた。


ある夜、諸葛亮は星を見上げた。


**自分の命星が弱々しく瞬いているのが見えた。**


諸葛亮は最後の手段に出た。**禳星のじょうせいのほう**。星の祭祀で寿命を延ばす術。


七日間、灯を灯し続ければ命が延びる。


六日目まで順調だった。


七日目の夜。あと少しで完了――


その時、魏延ぎえんが急報を持って天幕に飛び込んできた。


「丞相! 魏軍が動いて……」


魏延の足が、**主灯を蹴り倒した。**


灯が消えた。


「…………」


諸葛亮は長いため息をついた。


「命数が尽きたか……天命なのだろう」


姜維は魏延を斬ろうとしたが、諸葛亮は止めた。


「人の力で天命は変えられない」


――だが正直、**魏延お前は空気読め。**


三国志演義で最も「あああああ!!!!」と読者が叫ぶ瞬間の一つである。


建安十二年(234年)秋。


**諸葛亮、薨去。享年五十四歳。**


遺言は完璧だった。


「私が死んだら、撤退せよ。司馬懿が追撃してきたら、私の木像を見せろ。それだけで退く」


果たして、蜀軍が撤退を始めると司馬懿が追撃してきた。


蜀軍が反転し、諸葛亮の木像を掲げた。


司馬懿は――


**「生きていたのか!? 罠だ、退け!」**


全軍撤退。


死後もなお、司馬懿を欺いた。


民衆はこう嘲笑った。


**「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」**


司馬懿はこの話を聞いて苦笑した。


「私は生きている者の計略は読めるが、死んだ者の計略は読めなかったか」


---


### エピローグ ~ 秋風、五丈原 ~


諸葛亮が死んだ。


それは蜀漢の終わりの始まりであり、三国志という物語の魂が一つ消えた瞬間だった。


二十七歳で草庵を出て、劉備に天下三分を説いた日から二十七年。


北伐は結局、一度も成功しなかった。


漢王朝の復興は果たせなかった。


客観的に見れば、諸葛亮の後半生は**失敗の連続**だった。


だが――人は諸葛亮を「失敗者」とは呼ばない。


なぜか。


**約束を守り通したから**だ。


草庵で劉備に誓った忠義。出師表で劉禅に誓った献身。


「鞠躬尽瘁、死而後已」。


死ぬまでやり続ける。本当に死ぬまでやり続けた。


結果は出なかった。だが誠意は本物だった。


千八百年経った今でも、中国で最も愛される歴史上の人物の一人が諸葛亮であるのは、人々が「結果」ではなく「誠意」を覚えているからかもしれない。


五丈原の秋風は、今も吹いている。


---


**――中巻・完――**


---


*次巻予告:*


*諸葛亮なき蜀の迷走。姜維の孤独な北伐。司馬一族の台頭。そして三国の終焉――。*

*笑いは減り、切なさが増える下巻。でもちゃんとギャグもあります。*

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