事務所にて
「――ですので、問題ないということでよろしいでしょうか」
「はい……大丈夫です」
「本当に、大丈夫ですか?」
「は、はい!」
今日は、事務所でマネージャーさんと面談をしていた。
それは、精神のケアや、活動に伴う負担についての確認であり、Vtuberである以上避けることが出来ないものだ。
これは、僕にとって二回目の面談。本来なら、もう少し期間を開けて面談をする予定だったんだけど、とある事情のせいで、頻度が高くなっている。
え? とある事情とは何のことかって? そんなの、言わなくてもわかるでしょ。五月にやった、三期生でのコラボで僕が逃げ出したことだよ! それ以外に、心当たりなんて何一つないんだから!
(やっぱし、あれはまずかったよね……。何度も、念を押されているし)
そう言うこともあって、面談の頻度も増え、一回一回の時間も長くなっていた。
ただ、否は全部僕にあるし、こうしている間にも、マネージャーさんの貴重な時間を奪っているから、文句を言うことはしないけど。
「大丈夫ですね? 面談を終わりますよ」
「ありがとうございました」
そうして面談は終わり、部屋を出た瞬間に肩の力が抜けた。
張り詰めていた空気から解放されて、思わず深く息を吐く。
(……やっぱり、まだ引きずってるんだよな)
五月のコラボで逃げ出したこと。
あの瞬間の視線や沈黙が、今でも頭から離れない。
面談で「大丈夫」と答えたけれど、本当にそうなのかは自分でもわからない。
でも、今は一人じゃない。三期生の同期たちに、先輩たちまで声をかけてくれる。
あの日の失敗を笑い飛ばしてくれる人もいれば、真剣に励ましてくれる人もいた。
その言葉の一つひとつが、僕の背中を押してくれている。
(うん、きっと大丈夫だ。 僕は僕のまま、前に進むことが出来る)
そうして、事務所の廊下を歩いていると、前の方に見覚えのある人影を見つけた。
あの人は、確か……。
「ルミナ先輩?」
「……ノアか? よく覚えていたな。一瞬しか会話したことが無いのに」
「まぁ……いろいろあって、印象に残りましたからね」
目の前にいたのは、一期生であり、Neoverseに置いて一番の登録者数を誇っているルミナ・セレスティアだった。
コラボは一度したことがあるけど、実際に会ったのは一か月以上も前に、ほんの一瞬言葉を交わしただけ。
まさか、ルミナ先輩が僕の顔を覚えているとは……いや、この先輩なら、覚えているか。
「あの時は、莉緒が悪いことをしたな」
「いえ……まぁ、否定はできませんけど。それで、ルミナ先輩はどうして事務所に?」
そう尋ねると、ルミナ先輩は一瞬だけ目を逸らした後、正直に答えた。
「ただの付き添いだ」
「付き添い? 一体誰の?」
そう尋ねた瞬間だった。
ルミナ先輩の近くの扉が突然開き、中から少し小柄の女性が出て来た。
「終わったのか」
「……っ!」
その人は、僕と目が合うとすぐにルミナ先輩の背後に隠れ、まるで子供のように肩口からこちらを覗いた。
小柄な体に不釣り合いなほど大きな瞳が、怯えと警戒を混ぜ合わせた色を宿している。
この事務所に置いて、僕以外の人見知りは、たった一人しか存在しない……。
「まさか、ティア先輩?」
「そうだ」
「え? でも、こんな人でしたっけ?」
前にコラボしていた時は、人見知りの片鱗は見せていたけど、もっと自信を持っていて、先輩らしい人だった。
なのに、実際に出会うと、子供のように親しい人の背後に隠れてしまう。
どうしても、その二人が同一人物だとは思えなかった。
でも……。
「ああ、ティアはネット弁慶だからな。リアルだといつもこんな感じだ」
「ネット弁慶って……。もしそうだとしても、限度という物がありませんか?」
「…………………………………………うるさい」
あ、ようやくしゃべった。
でも、さすがにこれは人見知りを超えた何かなんじゃないだろうか。ネット上では、普通に他人と話すことが出来ているのに、リアルではこうなってしまうなんて。
「……………………嘘つき」
「え?」
「人見知りは本来こういう物。なのに、ノアは普通に話せてる。ここから導き出されるのは、ノアは人見知りでは無いという事実だけ。ティアは、そう言っているな」
「……よくわかりましたね」
これは、仲がいいからなのか、それともルミナ先輩がただ天才なだけなのか。こんなに少ない言葉でも、互いのことを理解し合っている関係に、少しだけうらやましく思える。
まぁ、どれだけ仲が良くても、言葉にするのは大切だと思ってはいるけど。
「で、でも、ユイたちのおかげで慣れて来ただけで、前まではもっと人見知りでしたよ」
「……………………………………ない」
「人見知りは治るものでは無い」
「なんで、通訳が出来ているんですか?」
本当に理解が出来ない。だって、ティア先輩は二文字しか喋っていないのに、ルミナ先輩はティア先輩の言いたいことを完璧に理解しているんだよ。誰だって驚くに決まってる。
「まぁ、人見知りの原因が原因だったんで……」
僕が人見知りになった原因は、やはり人間不信だったのだと思う。目の前の人を信用できなければ、そもそも会話なんて成り立たないからだ。
もちろん、その人間不信はまだ治ったわけではない。だって、あのユイですら、心の底から信頼しているかと聞かれると、信頼していると言い切ることが出来ないから。
でも、一つ変わったことと言えば、他人を恐れることが無くなったことがあるんだ。ユイのおかげで、他人を信用してみたいなという気持ちが芽生え、それが少しずつ僕を前へと押し出してくれている。
だから、他人とある程度話せるようになったんだ。
「………………」
「ティア、そこまでにしておけ。ノアもいろいろあったんだ」
「…………ここまでにしておく」
どうやら、僕はティア先輩に許されたらしい。
いや、そもそも何で許される必要があったんだ? 何も悪いことはしてないのに。
「………………ルミナ、帰る」
「ああ、わかった。ノア、何かあったら、私に連絡してもいいんだぞ。先輩として、手を貸すから」
「あ、ありがとうございます!」
そうして、ルミナ先輩と、ティア先輩は帰っていった。
あの一期生の二人は、莉緒さんとは違った雰囲気を纏っていて、かなり緊張してしまう。
でも、もし本当に困ったとき、頼れる人がいる――そう実感できて、少し肩の力が抜けてくれた。
「……僕も、もっと頑張ろう」
僕には立派な先輩たちがいる。
なら、僕もその人たちに追いつけるよう、頑張らないと。




