祖父母
「澪、最近はどんな感じだい?」
あれからしばらくたって、僕は休日に祖父母の家へ帰っていた。
縁側から差し込む午後の光が畳を照らし、ゆったりとした時間が流れている。
祖父母は湯呑みを手にしながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
「うん、学校も忙しいけど、なんとかやってるよ」
……相変わらず、学校では一人だけど。
ま、余計に心配かけるだけだから、言うつもりは無い。たとえ、気付かれていたとしても。
「そうかい、それならよかったよ」
お婆ちゃんは、皺の刻まれた手で湯呑みを包み込みながら、柔らかく微笑んだ。
その笑顔は、まるで澪の言葉をすべて信じて受け止めてくれるようで――だからこそ、胸の奥が少し痛んだ。
小学生六年生の時から、祖父母には迷惑をかけている。なのに、まだ心を開くことは出来ていない。
そのことに、とても申し訳ないと思っているけど、こればかりはどうしようもない。
いや……それじゃあ、駄目なんだ。このままだと駄目だから、ここに帰って来たんだ。
『え? 祖父母とどう向き合えばいいかって?』
それは数日前、ユイとニヤさんに相談した時のこと。
『うーん、私の家族はたぶん参考にならないんだよね……。両親もだし、その上も古臭い人の集まりだから』
『それなら、にゃーの家族を元にして考えるべきにゃね。聞いた話だと、結構似たような感じにゃから』
そう言って、ニヤさんが優しく教えてくれたんだ。
『ノアちゃんは、祖父母に心を開いてないことを申し訳なく思ってるにゃよね。でも、祖父母からしたら、そんなことは案外どうでもいいことにゃよ。もちろん、心を開いてくれたほうが嬉しいだろうにゃけど、それより毎日を元気で生きていることの方が嬉しいと思ってるにゃから』
「本当に、そうなんでしょうか?」
『そうにゃよ。気になるのなら、祖父母の立場になって考えればいいにゃ。もし、孫がいるのなら、毎日を笑って過ごしてくれることが一番の喜びにゃ。たとえ、心を開いてくれなくても、それだけで十分なのにゃ』
『ニヤさんって、まだ二十代前半ですよね……?』
そうなんだ。確かに、僕がずっと元気でいることが、祖父母の喜びになるのかな。
『それでも気になるのなら、今度会いに行って、正直に言ってみたらいいにゃよ。きっと、祖父母はノアちゃんの言葉を全部受け止めてくれるにゃよ』
「ありがとうございます。今度、話してみます」
『へー、そんな祖父母っているんだ』
『さっきから思ってたけど、ユイの親族っていったいどんな人たちなのにゃ!』
『古臭い考えの人たちの集合体。姉は違ったけど……別ベクトルでヤバかった人だし』
『闇が深すぎるにゃ……』
「ははは……」
そんなことがあって、僕はここにやってきたんだ。
だから、正面から向き合わないと。
「ねぇ、お婆ちゃん……」
縁側に座るお婆ちゃんが、ゆっくりと顔を上げる。
柔らかな目が、まっすぐ僕を見つめていた。
「どうしたんだい、澪?」
その声は、とっても優しくて、温かくて、胸が痛む。だけど、正面から向き合うって決めたんだ。逃げるわけにはいかないよ。
「ごめんなさい。あの時からずっとお世話になってるのに、心を開くことが出来なくて」
怖い。なんて言われるのか、胸が締め付けられる。
けれど、お婆ちゃんは少しも怒らなかった。
「澪……そんなことを気にしていたのかい」
ゆっくりとした声が、縁側に広がる午後の光と同じくらい柔らかかった。
「心を開くかどうかなんて、私たちにとっては大したことじゃないよ。澪がここにいて、元気でいてくれる。それだけで十分なんだよ。ね、お爺さん」
お婆ちゃんが振り返り、お菓子を持ってきてくれたお爺ちゃんに問いかける。
「そうだな。澪がこうして顔を見せてくれるだけで、わしらは嬉しいんじゃ」
お爺ちゃんは湯呑みをそっと置き、にこやかに笑った。
「心を開くかどうかなんて、急ぐものじゃない。澪が話したくなった時に話してくれればいい。それまでの間は、ただ元気でいてくれれば十分なんじゃよ」
その言葉に、胸が温かくなった。
心を開くことが出来るのかはわからないけど、ここはもう一つの僕の居場所だったんだ。
それだけで、本当にうれしい。
「ありがとう、ございます」
「はははっ、感謝なんてしなくていい。これはわしらの自己満足じゃからな。それに、最近は澪にも友達が出来たようで、わしらも安心しているんだ」
「え?」
何のことを言っているのだろうか? そんな話したことが無い。
「そうね、あの子は優しそうな子だから、私も安心したよ」
「だ、誰のことを言って……」
「誰って、ユイという子のことを言ってるんだよ」
……え?
な、なんでユイのことを知っているの? どうして? そんなこと、絶対に言ったことが無い!
「なんで、知っているの……?」
「そりゃ、Vtuberじゃったかの? 澪がしているのは。その配信で見たからじゃよ」
「え?」
「もちろん、澪の頑張りもずっと見ているわよ。最近のことだと……あの時の歌は、かなり感動したのよ」
「な……な……なんで……」
いや、その理由よりも!
今までの配信を、すべて見られていたの⁉ てことは……今までの、全部――。
顔どころか、耳まで熱くなる。
いや、耳だけじゃない。首筋から背中までじんわりと熱が広がっていくのがわかる。
心臓はドクドクと早鐘を打ち、落ち着こうとしても呼吸が浅くなるばかりだ。
あの人見知りで戸惑っているところも、歌を歌っているところも、コラボをして同期たちと話しているところも――全部。
出来ることなら「うわぁぁぁ!」と叫びながら、穴に入ってしまいたい。
本当に、恥ずかしい。
「頑張りな。わしらは、ずっと応援しておるから」
「そうね。何があっても、私達は澪の味方よ」
「み、見ないで……」
やっぱり、正面から向き合うのは駄目だったかもしれない。そうしなければ、こんな事実を知ることは無かったのだから。
……これからは当分、顔を合わすことが出来なさそうだ。




