先輩方と1
「わたしが来た!」
「う、うるさい! 耳元で叫ばないでよ!」
:いった
:声が大きい……
:何かいいことあったのかな?
「シュウも、何か言ってよ!」
「元気があるのは良いことよ。でも、もう少し周りを見たほうが良いと思うわ」
:それはそう
:うんうん
「そっか。じゃあ、これからは声を小さくするね!」
「……少しも小さくなってないんだけど」
ツバサ先輩が呆れたように眉をひそめる。
ヒナタ先輩は胸を張って得意げにしていたけれど、声量はまったく変わっていなかった。
「今日はなんと! 事務所で偶然出会ったノアちゃんとユイちゃんと一緒に、コラボをしていくよ!」
:おおー!
:二期生女子組だけじゃなくて、ノアとユイもいるのか
:前のコラボにシュウを足した感じか
:シュウがいたら、まだマシになるな
「そういうわけで、これから何をするのか考えてね!」
「え?」
「ヒナタ先輩、何かしたいことがあってコラボに誘ったんじゃ……」
「?」
「ごめん、この馬鹿はその場のノリでしか動かないから」
:ノープランww
:先輩だよね……
ヒナタ先輩は、このコラボの内容を考える役目を僕たちに押し付けて来た。
突然の無茶ぶりに、僕とユイは思わず顔を見合わせてしまう。
「えっと、どうする?」
「雑談とか……かな?」
ユイが小さく答える。けれど、その声には自信のなさが滲んでいた。
急にそんなことを言われても、すぐに思いつくのはその程度しかない。
むしろ、何も準備ができていない以上、それくらいしか現実的な選択肢はなかった。
「良いわね、雑談にしましょう」
シュウ先輩が柔らかく微笑みながら頷いた。
「シュウも賛成したし、今日はこれから雑談をするってことで!」
「……ヒナタも少しは考えようよ。アタシが言うのもなんだけどさ」
:駄目だコイツ……
:まぁ、ノリと勢いと好奇心だけで生きてるような人だから……
:それはヒナタの良さでもあるんだけどね
「うーん、それじゃあ三期生でのコラボの感想でも聞く? アタシも気になってたし」
「確かに! わたしたちが作った料理の詳しい感想を聞いて無いしね!」
「アンタのは辛すぎて出せなかったけどね!」
「ははは……」
確か、ヒナタ先輩が作ったカレーには、世界一辛い唐辛子のひとつであるペッパーXが入っていて、格付けチェックに出せるような代物ではまったくなかった。
当然ながら普通に食べられるものではなく、罰ゲームとしてユイトさんが一口だけ挑戦し、残りはヒナタ先輩とツバサ先輩が責任を持って処理することになったのだ。
……だから、ツバサ先輩はそのカレーに対して、かなり怒っているのだろう。
「あれ、結構おいしかったのに」
「絶対に舌がおかしくなってるよ! あんなの、人間が食べるような物じゃなかった!」
「わたしは用事があって、その時には事務所に到着してなかったんだけど、一体どんなものを作ったの?」
「ある意味、気になりますよね」
「気になるの? 今度作ってあげるよ」
「遠慮しときます」
「お姉ちゃんでも、さすがにそれは無理かな」
:でしょうね
:シュウが降参するのは珍しいな
:そりゃ、ペッパーXは危険すぎるからな
「えー、おいしいのに。……まぁいいや、それでシュウのカレーはどうだった?」
シュウ先輩のカレーは、確か一番最初に出された料理だった。
見た目はシンプルなのに、ひと口食べれば市販のカレーとの違いがはっきりと分かるほど、味わい深かったことが印象に残っている。
「本格的だったよね。あれなら普通にお店で出せるレベルだと思う」
「うん、僕もそう思う。それに、辛さが控えめで食べやすいように工夫されていた気がするんだ」
僕は辛い食べ物が苦手で、中辛以上のカレーにはあまり良い印象を持っていなかった。
それなのに、シュウ先輩のカレーは辛さが抑えられていて、とても食べやすかった。
しかも甘すぎるわけでもなく、きっとユイトさんやマサさんのような男性でも満足できる、バランスの取れた味になっていたのだ。
「そう? それならよかったわ。本当なら、みんなの好みにあう料理にしたかったのだけど、格付けチェックではそういうわけにもいかないからね」
シュウ先輩は少し肩をすくめて笑った。
「でも、あの工夫はすごく助かりました。辛いのが苦手な僕でも食べやすかったですし」
「ふふっ、それなら成功ね。お姉ちゃんとして、妹がおいしく食べれる物を作れてうれしく思うわ」
「ねぇねぇ! アタシのオムライスは⁉」
「ツバサ先輩のは普通でしたよ。市販のと同じくらいの味でした」
「ユイ! アタシに対して当たりが強くない⁉」
:ノアとシュウは平和だなぁ
:それに比べて、あの二人は……
:ある意味、仲いいだろ
「だって、わたしがいなかったら、初対面のノアちゃんに抱き着いてたとか言ってたんですよ。しかも、匂いを堪能したいとまで言ってたし」
:うわ……
:人見知り相手にそれをするのはあかんな
:キモ
:ファンやめます
「ま、待って! 誤解だから! 急に抱き着くんじゃなくて、前もって抱き着くよって言ってから抱き着こうとしてたから!」
「……許可は取らないんですね」
:終わってるだろコイツ
:だから汚点って言われるんだよ
:訴えられろ
「うーん、親しき中にも礼儀ありって言うでしょう? だから最低限、相手の許可は取るべきだと思うわ。それに、先輩と後輩の関係だと、後輩は断りづらいこともあるから……余計に気をつけないとね」
「ノアちゃん、これあげる」
「何ですか、これ?」
「熊スプレー、ツバサが近づいてきたら使っていいよ」
「え⁉ 危険すぎますよ!」
:シュウは真面だなぁ
:注意、絶対に人に対して使ってはいけません
:まぁ、ノアならそんなことしないと信じて渡したんだよね。そうだよね?
:なんで、そんなものを持ち歩いているんだ?
:ほら、最近熊がよく出現してるし……
「え? それをアタシに向けるの?」
「絶対にしませんから!」
「ヒナタ、さすがにそれは駄目よ」
「ごめんなさい」
さすがに、これを人に対して使ったらだめだよね。危険すぎるし……。
「それは、わたしが預かっておくわ。人に向けるものじゃないし、配信で扱うには不適切だからね」
シュウ先輩が静かに言って、スプレーを手に取った。
「ごめんなさい……ちょっと冗談のつもりだったんだけど」
ヒナタ先輩が肩をすくめる。
「冗談でも危ないものは危ないわ。次からは、もっと安全で笑える小道具にしてね」
シュウ先輩の柔らかな声に、場の空気が少し和らいだ。
:さすがシュウ先輩
:大人の対応だな
:ヒナタは次からネタ選び考えようw
「姉として当然のことをしたまでよ」
「それじゃあ、これはどう?」
「防犯ブザー? それならいいわよ。むしろ、推奨するわ」
「……小学生じゃないんですけど」
高校二年生になって、防犯ブザーを持って歩くのはカッコ悪くないかな?
:防犯ブザーww
:でも、ノアは持っておくべきだと思う。かわいいから
「持っておくべきだよ。ツバサ先輩みたいな人が、他にもいるかもしれないし」
「なんでアタシは危険人物なのよ! 抱き心地と匂いをじっくりと堪能したいって言っただけでしょ」
「うわ……」
「ノアちゃんに引かれた⁉」
うん。先輩として、尊敬はしている。
でも、やっぱり時々こういう発言を聞くと、距離を置きたくなる瞬間もある。
憧れと困惑、その両方が入り混じって、複雑な気持ちになった。
「ちょっと、ごめん。謝るから引かないで!」
「あ、はい……いい、ですよ」
「あー、ツバサ。無理やり言わせてるー」
「後輩にそんなこと言わすなんて、最低ですね」
「何で⁉」
ヒナタ先輩とユイがツバサ先輩のことをまるで公開処刑のように責め立てる。
「最低だよねー」
「ほんと、先輩の立場から言うことで否定をさせないなんて最低ですよねー」
「ちょ、ちょっと待って! アタシそんなつもりじゃ――!」
ツバサ先輩は必死に両手を振って否定するが、場の空気は完全にツバサ先輩のことをいじる雰囲気だった。
:うわー、サイテー
:最悪の先輩だー
:ファンやめます
「な、なんで……そんなつもりじゃ……」
「ふふっ、もうやめてあげて。ツバサは純粋な子だから、冗談とか嘘とかわからないのよ」
:はーい
:ツバサの純粋な所は好き
:純粋な所”は”
「え……? 冗談だったの?」
「当たり前だよ! 面白いおも……大切な同期なんだから!」
「そうですよ。先輩として、尊敬はしているんで。……最低限だけですけど」
「二人とも、隠しきれてないですよ」
「ちょ、ちょっと! 最低限って何!? もっとあるでしょ!?」
ツバサ先輩が必死に食い下がるが、場の空気は完全に笑いに傾いていた。
:最低限ww
:尊敬度がギリギリすぎる
:日頃の行いだよね
ツバサ先輩の慌てぶりに、僕たちは思わず笑いをこらえきれなくなった。
尊敬と困惑が入り混じる気持ちは確かにあるけれど――こうして笑い合える時間も、やっぱり悪くない。
いつの間にか、部屋の中は柔らかな笑い声で満たされていた。




