遭遇
「ははは……事務所が近くて、本当に良かったよ」
「社員さんから見れば、いい迷惑かもしれないけどね」
あの後、ゲームセンターで遊び終わり、近くの飲食店で昼食を済ませた僕たちは、Neoverseの事務所までやって来ていた。
その理由は……零が取りすぎたぬいぐるみが余りにも邪魔であり、電車で持ち帰ることが不可能だったからだ。
だから、電車が無くても来れる持ち込むしかなかったのだ。
「ま、社長に渡せば大丈夫でしょ」
「え? それは、さすがに迷惑なんじゃ……」
「でも、冴さんと莉緒さんが、社長は何でもしてくれるから雑に扱っていいって言ってたよ」
「何言ってるんですか。あの一期生」
莉緒さんがそう言うのは、簡単にイメージすることが出来たけど、あの冴さんもそんなことを言うなんて、少しも予想できなかった。
零が言うことだから、本当のことなんだろうけど、さすがに不憫過ぎないかな。
「あ、お疲れ様で……って、ユイさん? 何ですか? そのぬいぐるみ」
「えっと……ゲームセンターで取りすぎて、社長に渡しに来たんです」
「あーなるほど、今は社長室にいらっしゃるので、そこに運んでください」
「な、何か慣れてませんか⁉」
社員の人が、あまりにもスムーズに案内してくるものだから、僕は思わず声を上げてしまった。
「まぁ、確かに慣れてはいますね。ついこの前なんて、二期生のヒナタさんがお土産で等身大のペンギンの置物を買ってきましたから」
「え?」
「確かその理由は……なんとなく買ったけど、家に置くことが出来なかったからでしたよ」
「そ、そうなんですね……」
そんなものを渡されて、社長はどう思ったんだろうか。
そんなことを考えていると――。
「あ、噂をすれば……」
社員さんがそう呟くと、通路の向こうから若い女性が走って来た。
「ね! もしかして、君たちがノアとユイかな!?」
「そ、そうですけど……」
「よかったー。わたしの予想は合ってたよ。ノアもユイも、久しぶりで初めまして! わたしは、日南田ヒナタ! 本名、日浦楓だよ!」
そう。目の前に現れたのは、前にコラボしたヒナタ先輩だった。
実際に会うのは初めてだったけど、配信上の彼女と同じように、ずっと明るくて人懐っこい雰囲気をまとっていた。
「わぁー、本当に会えた! 画面越しじゃなくて、こうして直接話せるなんて嬉しい!」
「えっと……こちらこそ、初めまして」
「ふふっ、ノアはちょっと緊張してる? ユイは……あ、やっぱり元気そうだね!」
「はい、初めまして」
ヒナタ先輩は僕たちの顔を交互に覗き込みながら、楽しそうに笑った。
その勢いに押されて、僕は少し零の後ろに隠れてしまう。
「む、まだ警戒されてる気がする。やっぱし、まだユイちゃんのほど仲良くなれてないか……」
「えっと、その……」
「コラ! 何回走るなって言ったら理解するの?」
僕が戸惑っていると、ヒナタ先輩の後ろから誰かが頭に拳骨を落とした。
さすがに手加減はしていたけど、ヒナタ先輩は「いたたっ!」と頭を押さえて振り返った。
「ちょっと、急に叩かないでよ!」
「いや、何回も注意しているのに直さない方が悪いでしょ。ごめんね、この馬鹿の手綱を離しちゃって」
「えっと……ツバサ先輩?」
「正解! よくわかったね。声が理由かな? アタシの本名は鈴木志穂。これからも、よろしくね!」
ヒナタ先輩の背後から、現れたのはヒナタ先輩と同じ二期生で、僕たちの先輩である大塚ツバサ先輩だった。
「あれ? 本当に、本物ですか? もっと、やばい人なイメージだったんですけど」
「げっ、ユイに変人だと思われてる。ユイがいるから変なことをするはずが無いのに」
「……ちなみに聞きますけど、私がいなかったらどうしたんですか?」
「当然、ノアちゃんに抱き着いて、三十分くらいは抱き心地と匂いを堪能してた」
「えっ?」
思わず声が裏返ってしまった僕に、ヒナタ先輩は悪びれもせずニコニコと笑いかけてくる。
「だって、ノアちゃん可愛いんだもん! 抱き着きたくなるのは当然でしょ?」
「い、いや、その……」
「はぁ、少しでも期待した私が馬鹿だった。何で初対面で抱き着こうとするのかな?」
「だよね。そういう所がツバサの駄目なところなんだよ。ノアちゃんは人見知りなんだから」
「ヒナタにまで言われた⁉」
しょ、正直に言うと、ヒナタ先輩も大概だったんだけどな。
そんな思いは胸の奥にしまい込み、誰にも悟られないようにする。
「ほ、ほら、ノアちゃんとアタシって仲良しだよね!」
「え、えーっと……」
「ツ バ サ 先輩?」
「ご、ごめんなさい」
「やれやれ、これだからツバサは」
「さっきから、どこ目線でしゃべってるの⁉」
ツバサ先輩の鋭いツッコミに、ヒナタ先輩は「えへへ」と笑ってごまかす。
その様子は、長年の友達のように見え、少しだけうらやましくなった。いつか、僕と零もあの二人のような友人に慣れたらな。
「それで、今日はどうしてここにいるんですか?」
「ああ、それはね。前にユイたちが使ったスタジオを見てたんだよ。来月はアタシたちの番だから」
「アタシたちの番?」
知らない言葉に、つい聞き返してしまう。
その言葉から、察するに……。
「そうそう、今度は二期生があのスタジオを使って配信をするんだよ! 来月の話だけど、良かったらノア達も見てね!」
「今の、アタシのセリフだったんだけど!」
「えへへ、早い者勝ちっ!」
「来月……がんばってください」
「私も、応援しています」
二人とも、問題児よりではあるけれど、僕も零もこの二人のことは嫌っていない。
良くも悪くも、自分の気持ちに忠実で、後輩に対しては思いやりのある人たちだから。
「ほんとに? 二人に応援されたら百人力だよ!」
「ま、一か月も先のことなんだけどね」
そうして、しばらく四人で話していると、ヒナタ先輩たちが来た方向からから足音が近づいてきた。
軽やかな足音と共に、落ち着いた声が響く。
「……あら、ここに集まっていたのね」
「あ、シュウ! この二人がノアちゃんとユイちゃんだよ!」
振り返った先にいたのは、女性にしては背が高い、大人びた雰囲気を持つ人だった。
長い髪を後ろでまとめ、落ち着いた眼差しでこちらを見ている。
「ユイは初めまして、ノアは久しぶり。私は二期生の浅神シュウ。本名は周防詩織。貴方達のお姉ちゃんよ」
「……相変わらずぶれないね」
「当然。わたしはお姉ちゃんなんだから」
やって来たのは、僕が初めてコラボした先輩、浅神シュウ先輩だった。
彼女は、何故か姉になることに執着しているけど、それ以外についてはかなり常識人で、まともな人だ。
「久しぶりです。シュウ先輩」
「そんなに堅苦しくしなくてもいいのよ。お姉ちゃんだと思って接して。もちろん、ユイもね」
「ははは……」
どうやら、あの零でさえ、困っているようだった。
まぁ、シュウ先輩に関して言えば、他の二人のように迷惑をかけてくることは無いし、百パーセントの善意を向けてくる人だから仕方が無い。……本当に、姉へのこだわり以外は欠点が無い人だから。
「二人とも、前のコラボはすごかったわよ。ユイはあのメンバーを上手くまとめてたし、ノアは最後の歌で視聴者を感動させたんだから」
「そうそう。わたしも配信を見てたけど、本当に凄かったよ!」
「さすが、アタシたちが見込んだだけはある」
「こら、上から目線はやめなさい」
「はーい」
みんなから褒められて、ちょっとだけこそばゆくなった。
それは、零も同じようで、耳まで赤くなっていた。……お互いに、褒められたことが余りなかったからかな?
「あ、零ちゃんも耳まで真っ赤だよ!」
ヒナタ先輩がすかさず指摘すると、零は慌てて首を振った。
「ち、違います! ただ……褒められるのに慣れてないだけで」
「ふふっ、素直じゃないんだから」
シュウ先輩は優しく微笑み、ツバサ先輩は耐えられなかったのか笑い声をあげていた。
「ふふっ、ユイが恥ずかしがってたこと、配信で言ってあげよう」
「ツ バ サ 先 輩 ?」
「いいじゃん、本当のことなんだしさ!」
「そういうことじゃないんですよ!」
「そうだ!」
突然、ヒナタ先輩が声を上げた。
「ノアちゃんも、ユイも、今から時間ある?」
「私はありますけど……」
「僕も……」
「それじゃあ――」
ヒナタ先輩は満面の笑みを浮かべ、両手をぱっと広げた。
その目は期待に輝いていて、まるで子どもが遊びを思いついた瞬間のようだった。
「今からみんなで、コラボしよっか!」




