僕の初配信1
スタジオの扉を押し開けると、照明の光が再び視界を満たした。
社員の人や仲間たちの視線が一斉にこちらへ向く。
その瞬間、胸の奥がきりきりと痛み、足がすくみそうになる。
けれど、もう逃げない。
「……ごめんなさい」
まずは謝罪を口にした。
どんな事情があっても、僕がしたことは許されるものでは無く、未成年だからと言っても許されるものでは無いはずだ。
「逃げて、みんなを裏切って、壊してしまった。本当に、ごめんなさい」
声は震えて、スタジオの空気に溶けていった。
沈黙が落ちる。照明の光が痛いほどに眩しく、視線の重さに押し潰されそうになる。
けれど――。
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
マネージャーさんが柔らかく微笑んだ。
その声は、張り詰めていた空気を少しだけ和らげる。
「逃げたことよりも、迷惑をかけたことよりも、戻ってきてくれたことが、何より大切なんですよ。先輩方の方がもっと迷惑かけているんで、私達も慣れています。では、準備が出来たらステージに立ってください」
ステージの方に目を向けると、マサさんとユイトさんが親指を立ててこっちを見ていた。
あの二人も、僕の言葉を責めることなく、ただ笑顔で僕のことを待っている。
その仕草が、胸の奥にじんわりと広がっていく。
「はい!」
そうして、僕はステージに上がってく。
「みんな、喜べ! ここでようやく彼女たちが帰って来たぞ!」
:おおー!
:やっとか……
:45分くらい?
:よく二人で持ちこたえたな
:確か、UFOにさらわれてたんだっけ?
チャット欄が一斉に流れ始める。
「UFO?」
「我は関係ないぞ。マサが勝手に言っただけだ」
「裏切り者!」
何故だかわからないけど、視聴者の人たちには、僕たちが遅れた理由がUFOにさらわれたことになっていた。
:宇宙人に連れていかれたんだろ?
:地球に帰ってきてくれてありがとう!
:次は火星配信かな?
「そ、そんなことは置いといて、まずは自己紹介から」
「逃げたなコイツ」
:逃げたwww
:まぁ、女子組がいない間に色々やらかしたからな……
:やっぱし、マサは問題児
「じゃあ、最初はわたしから。みんな、遅くなってけど、こんばんは! Neoverse三期生、月夜ユイと」
「同じく、Neoverse三期生、猫塚ニヤにゃ! そして――」
視線が僕に集まる。喉がきゅっと詰まり、僕の弱いところが胸を締め付けてくるけど、その弱さがあるおかげで、前に進める。
「みんなー! こんばんは! 僕はNeoverse三期生、朝霧ノアだよ! ……遅れてしまって、本当にごめんね!」
:おおー!
:やっと全員そろった!
:あれ? ノアちゃん、いつもより明るい?
:こんなに明るいノアちゃんを見たのは初めて!
ユイが隣で微笑み、ニヤさんがにやりと笑う。
仲間と視聴者の声に囲まれて、照明の光はもう痛くなく、舞台を照らす温もりとして僕を包んでいた。
「じゃあ、みんなそろったことだし、今から予定していたことを始めていくよ。最初は……えっと、三期生で格付けチェック?」
「そうそう! 三期生で格付けチェックにゃ!」
ニヤさんが勢いよく声を上げる。
「内容は簡単にゃ。とある料理と市販の料理を食べ比べて、どっちが本物か当てるってやつにゃ。ただ、とある料理は、先輩方が作っているから、外したら後でめちゃくちゃ怒られるにゃ!」
ニヤが説明を補足すると、チャット欄が一斉に盛り上がった。
:おおー!
:格付けきた!
:絶対間違えるやつw
:先輩の手料理を外したら地獄w
:これは罰ゲーム案件だな
「マサさん、自信ありますか?」
「ふっ、あると思うか?」
「ですよね」
「我も自信はない」
その言葉を聞いて、僕たちは完全に絶望していた。
:全滅www
:誰も当てられない未来しか見えない
:これは伝説回になる予感
「じゃあ、一問目! 今回の料理は――カレーで、作ったのはシュウ先輩です」
:これなら、わかるだろw
:シュウは料理上手いからなぁ
そうして、僕たちの目の前に二つのカレーが運ばれてくる。
片方が、市販のレトルトカレー、もう片方がシュウ先輩が作ったカレー。
「ちなみに、コメントも来ていて、シュウ先輩曰く「姉の料理は世界一」だそうです。……どういう意味でしょうね?」
:相変わらずだな……
:ほんとぶれない……
:姉より母じゃね?
「まぁ、いつまで見てるのもあれだし、食べてみましょうか」
「そうにゃね。案外簡単かもしれないからにゃ」
僕たちは二つの皿を前に並べられ、スプーンを手に取った。
見た目はほとんど同じ。香りも似ている。けれど、どちらかはシュウ先輩の手作りだ。
「……いただきます」
恐る恐る一口すくって口に運ぶ。
舌に広がるのは、スパイスの香りとじんわりした甘み。
もう一方を食べると、こちらは少し単調で、レトルト特有の後味が残る。
「え、これ……わかるかもしれない」
「そうだね。結構わかりやすい」
「これなら、我でもわかる」
「じゃあ、一斉に答えを言うにゃ」
「せーの!」
「「「「左!」」」」
「右!」
「……えっ?」
見事に意見が割れた。スタジオの空気が一瞬止まり、すぐに笑いが弾ける。
「おい、我だけ右なのか!?」
ユイトさんが慌てて周りを見渡す。
「いや、ユイトの舌は信用できないにゃ」
「我は本気で右だと思ったんだ!」
チャット欄も一斉に盛り上がる。
:割れたwww
:ユイトだけwww
:正解発表が楽しみすぎる
僕はスプーンを握りしめたまま、心臓がどきどきしていた。
果たして、僕たちが選んだ答えは正しいのか――。
「では、正解を発表します!」
マネージャーさんの声が響き、スタジオの空気が一気に張り詰めた。
「答えは左です!」
「やっぱり……!」
僕たちが一斉に声を上げる中、ユイトさんだけが固まっていた。
「な、なぜだ……我の舌は確かだったはず……」
「いや、確かじゃなかったにゃ」
ニヤさんが即座に突っ込む。
「ユイト、見事に外したね」
マサが笑いながら肩を叩く 。
チャット欄はさらに盛り上がった。
:ユイトだけwww
:伝説の舌w
:これは罰ゲーム確定だな
:姉の料理を外すとか大罪w
「くっ……姉の料理は世界一だと、シュウ先輩が言っていたのに……!」
「それを外したのはユイトさんだけってことですね」
マサさんが冷静にまとめると、スタジオに笑いが広がった。
緊張はすっかり解け、舞台の光はもう痛くなく、ただ楽しい時間を照らす温もりとして僕を包んでいた。
「二問目の前に、ちょっとした裏話。最初、カレーはヒナタ先輩が担当したのですが、ついペッパーXという世界一辛い唐辛子を入れてしまったらしく、没になったそうです。……あ、そのカレーはヒナタ先輩とツバサ先輩がおいしく? 食べました。ツバサ先輩大丈夫かな?」
:何やってんだよww
:ツバサって辛い物苦手なのに……
:どうせ女子に良いところ見せようとしたからだろ
:本当に学ばねぇ……
:ヒナタは、普通においしく食べてそうw
「次の二問目は、オムライスです。料理したのはツバサ先輩……えっ? これは、サービス問題?」
ユイが首をかしげる。……まぁ、心当たりはあるけど、まだ言わないでおこう。
:もしかして……
:ツバサならやるぞ
:まだ決まったわけでは……いや、なんでもない
そうして、それぞれオムライスが運ばれてきた。……ただ、右の方に置いてあるオムライスには、女子の物だけハートが書かれていて、本当に、わかりやすかった。
「……いや、これもう答え出てるじゃん」
マサさんが苦笑する。
「右のオムライスだけ女子の皿にハートって……ツバサ先輩、分かりやすすぎるにゃ」
「我は逆に罠だと思う。ここまで露骨だと、逆に市販の方が本物に見えてくる……」
ユイトさんが真剣な顔で言うと、スタジオに笑いが広がった。
:ツバサやらかしたwww
:女子にだけハートは草
:逆にフェイク説あるな
:ユイトがまた外す未来しか見えない
「まぁ、食べてみればわかるよ」
ユイがスプーンを手に取り、オムライスをすくう。
右のオムライスを一口食べてみると、卵はふわっとしていて、ケチャップの甘酸っぱさも悪くない。
けれど――驚くほど美味しいわけでもなく、失敗でもない。……なんか、シュウ先輩のカレーがおいしすぎたせいもあるけど、すごく不憫に感じた。
「普通においしいにゃね」
「そうだな、シュウ先輩のカレーの完成度が高すぎたせいで霞んでいるけど、これはこれで結構おいしいぞ」
「順番が逆ならな……」
:順番のせいwww
:ツバサ不憫すぎ
:いつか報われて……いや、報われなくていいや
「せーの」
「「「「「右」」」」」
「正解です」
そうして、二問目がとても雑に終わった。
:あっさりwww
:二問目の扱い雑すぎる
:ツバサの努力とは……
:サービス問題すぎて草




