星の下で1
息が荒くて、胸が痛い。
見上げた空には、都会の光にかき消されて、数えるほどの星しかなかった。
どこにいるのか分からない。街灯の下に立っているはずなのに、足元の影がやけに薄くて頼りない。
「はぁ、はぁ……ここは?」
声に出してみても、答えてくれる人はいない。
背後に置き去りにした仲間たちの笑い声が、まだ耳の奥で反響している。
けれど振り返ることはできなかった。
戻れば、また「大丈夫」という言葉に触れてしまう。
それが怖くて、ただ前へと歩き続けるしかなかった。
(戻るべきなのはわかってるけど……。これで、クビになっちゃうのかな?)
胸の奥が冷たくなっていく。
仲間の顔を思い浮かべるたびに、胃の奥がきりきりと痛んだ。
信じたいのに信じられない。
救われたいのに、救われることが怖い。
ねぇ、りょう。僕はどうしたらいいのかな? 教えてよ。
お母さん、僕の背中を押してくれない?
お父さん、僕のこと、しっかりと見守って。
そんなことを思っても、返事が返ってくるはずはなかった。
夜の街はただ冷たく、街灯の下で立ち尽くす僕を照らすだけ。
りょうも、お母さんも、お父さんも――誰もここにはいない。
誰もいない。ここに一人。でも、これは僕が選んでしまった道だ。
本心を隠し、仲間を裏切り、逃げ出した。
こんな結末は、僕にふさわしい。
(ははっ、本当に、堕落してる。弱さを消したはずなのに、まだ心の何処かで救いを求めてる。……醜悪で、大っ嫌いだ)
僕は僕であるがゆえに、僕のことを赦せない。
他人のことを救うのが第一なボクだったなら、まだ僕のことを赦せていた。
でも、結局――僕はボクになれず、どこまでいっても僕だった。
これからどうしよう?
Vtuberとしては、逃げ出したことは致命的だ。
みんなが成功させようとした企画を潰してしまい、信頼を失った。
画面の向こうで待っていた視聴者の期待も、仲間たちの努力も、全部僕のせいで壊れた。
もう戻る場所なんてない。
居場所を与えられても、居場所になれない僕が、また同じことを繰り返しただけだ。
(結局、僕は何も変われなかった。ボクになれない僕は、ただ逃げることしかできない)
夜の街の光は眩しいのに、僕の影は薄く、頼りなく揺れていた。
(どうせなら、お父さんのように消えてしまおうかな? ……ははっ、何でこういう所は似ているんだろうね。僕たちには血なんて繋がってないのにさ)
なんだか、笑いがこみ上げてくる。
声に出して笑えば、夜の街に響いてしまうほどに乾いた音だった。
誰もいないはずの道に、僕の笑い声だけが反響して、余計に孤独を際立たせる。
けれど、笑えば笑うほど、胸の奥は冷たくなっていく。
結局、僕は何のために生きていたんだろう? 裏切られ、裏切る人生。こんなの、僕にも、周りの人たちにも、何一つ残せやしない。
ただ傷つけて、壊して、逃げて――その繰り返しだ。
いつしか、笑いは涙になっていた。
涙は止まらず、頬を伝って落ちていく
拭う気にもなれず、ただ流れるままに任せた。
夜の街は冷たく、僕の存在を拒むように静まり返っている。
(ははっ、どこに行こうかな?)
足は自然と川沿いへ向かっていた。
夜だから人影はなく、ただ水の流れる音だけが耳に届く。街灯の光が水面に揺れて、星のように瞬いている。
けれど、その光は冷たく、僕を慰めるものではなかった。
(この川の流れ身を任せたら、全部消えてしまえるのかな……)
欄干に手をかける。冷たい鉄の感触が、現実に引き戻す。
水面に映る街灯の光は揺れて、まるで僕を誘っているようだった。
けれど、足は動かなかった。
ただ立ち尽くし、流れる水音に耳を澄ませるしかなかった。
(こんな時でも、星は憎たらしいほど輝いている)
「……星も、堕ちてくればいいのに」
「ふーん、君はそう思うんだ」
背後から聞こえた声に、心臓が跳ねた。
「え?」
振り返ると、街灯の影に誰かが立っていた。
顔はよく見えない。ただ、こちらをじっと見ている気配だけが伝わってくる。
「星が堕ちればいいなんて、ずいぶん面白いことを言うね。ちょっとだけ、ボクと雑談でもしようよ」
街灯の影から一歩踏み出したその人の顔を見て、胸の奥がさらにざわつく。
夜風に揺れるのは短い髪。光を受けて、輪郭がくっきりと浮かび上がった。
その瞳だけが真っ直ぐに僕を射抜いてくる。
「莉緒、さん……」
名前を呼んだ瞬間、胸の奥がさらに痛んだ。
どうしてここにいるのか、問いかけるよりも先に、罪悪感で視線を逸らしてしまう。
欄干を握る手に力が入り、冷たい鉄が指先に食い込んだ。
「アハハッ! そんなこと気にしなくていいって。配信も、同期達も、全部忘れて……今はただ、ボクと話してみない?」




