一傷
「おつかれさまにゃー」
「ニヤさんもお疲れ様です」
コラボが終わった後、僕とニヤさんは二人で話していた。
最初は四人では話そうと思っていたのだけど、配信が終わったと同時にティア先輩が通話から抜け、ルミナ先輩はソレに呆れながら、予定があると言って通話から抜けた。
「先輩たちはすごかったにゃね」
「はい、ルミナ先輩はもちろん、ティア先輩も凄い人でした」
「でも、ノアちゃんもすごかったにゃよ。最後の一撃、決めたのはノアちゃんにゃ」
ニヤさんが笑いながら言う。
「……僕は、ただみんなに支えられていただけです」
僕は少し照れながら答える。
「にゃはは! それでも、最後に仲間を信じて撃ったのはノアちゃん自身にゃ。それが大事なんだにゃ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
戦いの緊張はもう消えていたけれど、心の中には確かな熱が残っていた。
「……ありがとうございます。僕、もっと強くなりたいです」
「なら、次のコラボも楽しみにゃね!」
ニヤさんが軽く手を振るように笑った。
――絆は、戦場だけじゃなく、こうして笑い合う時間の中でも育まれていく。
「じゃあ、もうこんな時間だし、またにゃ!」
「はい! 改めて、今日はありがとうございました!」
――――――――――――――――――――――――――――
「楽しかったけど、かなり疲れたな。今日は早めに寝よう」
そうして、ボクは布団の中に潜りこんだ。
こんなに楽しいことがあったのだから、きっといい夢を見れるはずだ。
そう、信じて――。
――――――――――――――――――――――――――――
「なぁ、おにごっこしようよ!」
「いいね。ぼくもしたい」
「あ、ぼくも!」
「わたしも!」
幼稚園で、僕の周りの子供たちがそんなことを言って、広場に集まる。
その子たちは、みんな笑顔で、楽しそうに走り回っていた。
「なぁ、みおはどうする?」
「いいよ。どうせ、さそってもこないし」
けれど、僕はその子たちと違い、広場の端っこでみんなが笑っているのを見ているだけだった。
なんでそうするの?って聞かれたら、うまく説明することは出来ない。
ただ、僕には前世があり、そのせいで精神年齢に少しだけ差が出来ていたから、彼らのノリに合わせることが出来なかったことが多々あるからだ。
とは言え、精神が大人ほど成熟しているわけでもない。
多少は体に引っ張られていて、大人とも子供とも言い切ることが出来ない、中途半端な状態になっている。
(どうせなら、どっちかに傾いててほしかったな)
もし、みんなと同じだったのなら、きっと今頃あの子たちの中に混じることが出来たのだろう。
もし、大人と同じだったのなら、この光景を見て、微笑ましい気持ちになっただろう。
でも――現実はそうでない。心の中にあるのは、一人でいる虚しさと悲しさだけだった。
(別にひとりでいいよ。家にかえったら、おとおさんとおかあさんがいるんだから)
心の中では、そう強がっているけど、本当は――みんなの輪の中に入りたかった。
笑い声の中心に立って、名前を呼ばれて、一緒に走り回ることができたなら、どれほど嬉しかっただろう。
けれど、足は動かなかった。
声をかける勇気も出なかった。
ただ、広場の端で立ち尽くし、楽しそうな笑顔を眺めているだけだった。
でも――。
「なぁ、おまえ。いつもひとりでなにやってんだ?」
この日だけは違った。
「え? だれ?」
「りょう、みやぎりょうだよ。同じひまわりぐみだろ、覚えてないのか?」
正直、誰の名前も覚えておらず、わかるのは保育士の先生くらいだった。
だから、ちょっとだけ気まずくて、目を逸らす。
「……」
「おい」
「……ごめん、あんまり名前覚えられなくて」
僕が小さな声で答えると、りょうは笑った。
「別にいいよ。じゃあ、これから覚えればいいだろ」
そう言って、りょうは僕の手をぐいっと引いた。
「え?」
「そんなところにないで、いっしょにあそぼうよ」
りょうはそう言って、僕の手を引いたまま広場の端から少し離れた場所へ走っていった。
「……なにするの?」
僕が戸惑いながら尋ねると、りょうはにやっと笑った。
「おにごっこはみんなでやるけど、ふたりならかくれんぼがいいだろ」
「かくれんぼ……?」
「そう。おれが鬼でみおが隠れる。それで、おれがみおをみつけたら交代な!」
「べつにいいけど……」
なんで、僕なんかと遊ぼうとしてくれてるんだろう? みんなといっしょに鬼ごっこをした方が絶対に楽しいはずなのに。
そんな思いを読み取ったのか、りょうが僕の頭を優しくチョップした。
「いって……」
思わず声が漏れる。けれど、痛みはほとんどなくて、ただ不思議と心が軽くなった。
「あのな、おれがさそったんだから、素直にあそべばいいの。いらないことなんて、かんがえなくていい」
「……わかった」
僕はりょうの言葉に小さくうなずいた。
「よし、じゃあかぞえるぞ! じゅーう、きゅーう、はーち……」
りょうが木の幹に顔を押し付けて数え始める。
僕は慌てて走り出し、遊具の影に身を隠した。
急なことに、まだ頭が追い付いていなかったけど、久ぶりに他人と話せたから、それだけで心が温まった。
「もーいいかーい?」
「いいよー」
ここは、中々人目に付きにくい場所であり、しばらくの間は見つからないはずだ。
そのうちに、ちょっとだけ冷静になろう。
頭の中には、自分と遊んでくれたことへの感謝でいっぱいだった。
たぶん、かくれんぼでは僕が楽しむことは出来ないだろう。でも、りょうと関われただけで、僕の心は温かくなった。
木の幹に顔を押し付けていたりょうの声が近づいてくる。
「どこかなー、みおはどこにかくれたかなー」
「ふふっ」
わざとらしく大きな声で探すその姿に、思わず笑ってしまう。
胸の奥がじんわりと温かくなって、息を潜めるのも忘れそうだった。
「……みーつけた!」
遊具の影から顔を覗かせたりょうが、にやっと笑った。
「えっ、もう?」
「ばか、笑い声を出したらわかるきまってるだろ」
「あ」
「つぎは、まじめにやれよ」
「う、うん」
「じゃあ、つぎはおれが隠れるから、十数えるまでこっちみるなよ!」
「……わかった。じゅーう、きゅーい、じゃーち」
そうして僕たちは、ずっとかくれんぼをしていた。
それは今日だけでなく、次の日も、そのまた次の日も続いた。
時にはかくれんぼ以外の遊びもしたけれど、どんな時も一緒だった。
――もう、これは立派に友だちと言える関係だと思っていた。
「おかあさん! ぼくにも友達が出来たよ!」
帰り道、思わず声を弾ませてそう言った。
「ほんとうに⁉ よかったね。ここまで長かったけど、やっとだね」
母は目を細めて、心から嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、胸の奥がさらに温かくなる。
「みお、その友達を一生大事にするんだよ」
「うん! 大事にする!」
そう誓った。……誓ったはずだった。
あれからどれだけの時間が経ったのか覚えていない。数日だったのか、数週間だったのか……それとも、数か月だったのか。
「あれ? りょうはどこにいったのかな?」
僕は自由時間に、りょうを探しながら、広場を歩き回っていた。
いつもなら、りょうの方から来てくれるはずなのに、今日に限ってどこにもいない。
「うーん、先に隠れてるのかな? それなら早く見つけないと」
この頃の僕は、りょうという友人が出来たことで、いつもより子供の方に傾いてたんだと思う。
だって、そうじゃないと――あの事実に、もっと早く気付いていたはずだから。
そうして歩いていると、物陰で幼稚園の先生とりょうが話しているのを見つけた。
何か真剣に話しているようだったから、話しかけるわけにはいかなかったけど、何を話しているのか気になって、つい地被いてくれる。
「――めんね。りょうくんに迷惑かけて」
「――いいから! いつまで続ければいいのか教えて!」
心の奥底で、誰かがこれ以上近づくなって警告を告げてくる。
でも、この時の僕は足を止めなかった。
先生の声は小さく震えていた。
「……もう少しだけ、お願いできないかな」
りょうは強い口調で返す。
「だめだよ! なんで、みおとおれが毎日あそばないといけないの! おれもみんなとあそびたいし、なによりアイツはへんだから、もうかかわりたくない!」
その言葉は、鋭い刃のように胸に突き刺さった。
耳を塞ぎたかったのに、手は動かず、ただ立ち尽くしていた。
「アイツはさ、おれが一生懸命に楽しませようとしてるのに、いつまでたっても楽しまないんだよ! そのくせ、いつもわらっておれにあわせようくる! そんなの、きもちわるいにきまってるだろ!」
その言葉は、鋭い刃のように胸を切り裂いた。
確かに、かくれんぼのような遊びに楽しめたというと嘘になる。それでも、りょうと一緒にいるだけでうれしかったし、何より友達のりょうには笑っていてほしかったから――僕は笑ってみせた。
その笑顔さえ、りょうには気持ち悪いと映っていたのだ。
胸の奥がぐしゃぐしゃにかき乱されて、呼吸が苦しくなる。
「……ぼくは、まちがってたのかな」
小さな声が、誰にも届かずに消えていき、誰も答えてくれない。
「もういい! きょうからはおれもみんなとあそぶ!」
そうして、りょうは幼稚園の先生から離れ、みんなのほうへと駆け出していく。
「りょ、りょう!」
それを見て、思わず僕は声を掛けてしまった。
「ぼくは、もっと楽しんで見せるから! もっと、普通になるから! だからっ――!」
友達であってほしい。
でも――。
「きいてたんだ……。でも、やっぱり――」
僕の声を聞いて、りょうは足を止めて振り返る。
けれど、その顔には笑顔が無く、まるで嫌いな物を見るかのように冷たい目をしていた。
「へんだよ。もう、おれにはちかづかないで」
その傷は、今でもずっと残っている。
忘れようとしても、夢の中で何度も繰り返し突きつけられる。
僕にとって、これは最初の傷だった。
だからこそ――誰かを信じようとするたびに、その痛みは形を変えて蘇り、胸を締め付ける。




