休み時間
「はぁ。最近、昔の夢ばかり見る。本当に……嫌だなぁ」
僕は机に突っ伏しながら、窓の外に視線を投げた。校庭からは体育の授業の声が響いていて、笑い声が風に乗って届いてくる。
友達も、先輩も、今の僕には支えてくれる人がいる。居場所があるはずなのに――。
「――室! 氷室!」
「は、はい!」
今朝見た夢に思いをはせていると、数学の先生が僕の名前を呼んでいた。
「氷室、ここ解いてみろ」
黒板に視線を向けると、数字が並んでいるのに、頭の中ではまだ母の笑顔や約束の声がちらついていた。
ペンを握りしめても、心は過去に引きずられたまま。
「……えっと」
そのせいで、目の前に書かれてある問題が解けなかった。
「わからないのか?」
「は、はい……」
教室に小さな笑い声が広がった。誰かがくすくすと囁くのが耳に届く。
先生はため息をつき、白板に答えを書きながら言った。
「もっと集中しろ。授業中だぞ」
わかっている。ここにいるのは今の僕で、目の前にあるのはただの数字だ。
けれど、母の笑顔や約束の声が、どうしても消えてくれない。
授業に集中することが、出来そうにも無かった。
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「僕が悪いってことはわかってるけど、最近は本当に運が悪いなぁ」
ここ一年くらいは、数か月に一回くらいしか、昔の夢を見ることなんて無かった。
なのに、最近は二週間くらいで、二度も昔の夢を見てしまった。
何故、こんなことが起きているのか。その理由は、心当たりも無いし、考えれば考えるほど答えは遠ざかっていく。
「はぁ、仕方がない。他のことで気を逸らそう」
あいにく、僕にはしないといけないことがたくさんある。
そのおかげで、たとえ一時的だったとしても、夢のことを忘れられる。
「それにしても、次のコラボって誰が良いんだろ?」
ツバサ先輩は、まだまだ時間があるから、いろんな先輩とコラボしたらいいと言っていた。
今日まででコラボした先輩は、シュウ先輩、ツバサ先輩、ヒナタ先輩のみ。まだコラボしていない先輩は、五人もいる。
でも、誰とでも一対一で組めるわけじゃない。
関係性や雰囲気を考えると、選択肢は広いようでいて、意外と狭い。
頭の中で名前を並べてみても、どこか決め手に欠けてしまう。
「やっぱり、莉緒さんになるのかな? でも、それは嫌だし……誰が良いんだろう?」
コウジ先輩は、タイプが完全に異なっていて、まともな会話になることすら怪しい。
社長は……まぁ、すごく目上の人だから、僕から誘うことが出来ない。
冴さんは、どこか冷たい雰囲気があって、あまり話せそうにない。
ティア先輩は、誘ったところで断られてしまうことがわかりきっている。
そうなると……残っているのは、結局あの人しかいない。
「うーん、あの人とコラボするなら、一人は嫌だよなぁ。かといって、またユイに迷惑をかけるわけにはいかないし……待って。一人じゃなければいい? それなら、あの先輩方と関われるかもしれない」
思い立ったが吉日。
さっそく、休み時間のうちにスマホを取り出して、連絡先を開いた。
指先が画面の上で迷う。名前を選ぶだけなのに、心臓の鼓動が早くなる。
「……よし、送ってみよう」
短いメッセージを打ち込んで、送信ボタンを押す。
たったそれだけのことなのに、夢の影に押しつぶされそうだった心が、少しだけ軽くなった気がした。
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猫塚ニヤ
ノアちゃん! コラボの約束取り付けたのにゃ!
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ルミナ・セレスティア
よろしく
ティアは絶対に、逃がさないから安心して
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ティア・ヴァレンティン
よ……よろしくおねがいします!
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画面を見つめる僕の胸に、ほんの少しだけ温かさが広がった。
ニヤさんの軽い調子、ルミナ先輩の頼もしさ、そしてティア先輩のぎこちない返事――。
それぞれの言葉が、確かに僕を待っていてくれるように感じられた。
「……よかった。これで、次のコラボをすることが出来る」
夢の影はまだ消えてはいない。
けれど、こうして誰かと繋がっているという事実が、ほんの少しだけ僕を救ってくれる。
過去に裏切られ続けてきた記憶が蘇っても、今は違う。
今度こそは、きっと信じることが出来るはずだ。
チャイムが鳴り、休み時間が終わる。
スマホを閉じて顔を上げると、窓の外には夕方の光が差し込んでいた。
次の授業が始まる前に、胸の奥で小さく呟く。
「……頑張ろう」




