コラボの誘い
初配信から二週間がたった。あれからは、雑談したり、最近流行っている雑談しながら出来るゲームをして、配信をしている。
だけど、配信を切ったあとに残るのは、ほんの少しの不安だった。
「……これでよかったのかな」
初配信してから、今までしてきたのは雑談だけ。それでも、ファンの人たちは見てきてくれているし、コメント欄はいつも温かい。
けれど、心のどこかで「このままでいいのかな」と問いかけてしまう。
同期はゲーム配信や歌枠に挑戦していて、切り抜きも少しずつ広まっている。
それに比べて、自分はただ話しているだけ。
雑談しかできない子って思われてないだろうか、ファンのみんなが笑顔になってくれているのだろうか――そんな不安が、配信を切ったあとに胸の奥でじわりと広がる。
机の上に置いたマイクを見つめながら、ノアは小さく息を吐いた。
「どうしようかな」
新しいことを始めたからと言って、僕が生まれ変わるわけではない。立派な人たちは、下を向いている時間が短く、立ち止まらずに新しいことに挑戦していっている。
それは、とても怖いことで、簡単に出来ることでは無いけれど、 ――それでも、挑戦しなければ何も変わらない。
「僕だって……少しずつでも、前に進みたい」
口に出した言葉は、思った以上に震えていた。
けれど、その震えの奥には、確かに小さな決意が宿っている。
灯火のみんなが笑ってくれるなら。
不器用でも、ぎこちなくても、挑戦する姿を見せたい。
ノアはマイクにそっと触れ、深く息を吸い込んだ。
「……次の配信で、ちょっとだけ新しいことをやってみようかな」
そう呟いた瞬間だった。
机の上に置いてある、配信用のPCがピコンと音を立てて、一通のメッセージが届いた。
【月夜ユイ】
ねぇ、今度コラボしない?
それは、僕と同じ三期生――同期からのコラボの誘いだった。
画面に浮かぶ短いメッセージを見つめて、僕はしばらく固まってしまう。
「……コラボ、か」
頭の中で何度もその言葉を繰り返す。怖い、失敗したらどうしよう。会話が続かなかったらどうしよう。
けれど――これは、さっき自分が願った“新しい一歩”そのものじゃないか。
ノアは震える指先でキーボードに触れた。
返事を打つまでに、ほんの数秒が永遠のように長く感じられる。
【朝霧ノア】
……うん。ぜひ、やろう。
送信ボタンを押した瞬間、胸の奥に小さな火が灯った気がした。
それは、不安よりも少しだけ大きな、期待の光だった。
――――――――――――――――――――――――――――
月夜ユイ――これが、Vtuberとしての私の名前。
私がVtuberになった理由は、褒められたものじゃない。ただ単に、私のことを見てほしかっただけ。
みんなを笑顔にしたいとか、夢を叶えたいからとかの立派な理由じゃなく、とっても身勝手で醜悪な願い。
私は、生まれたからずっと、一人の例外を除いて、褒められたことが無かった。それは……私よりもずっと立派で、才能があった姉がいたから。
そのせいで、親からも、先生からも、友達すらも、姉と私を比べては「あの人の妹なのに」と失望してくる。
私は私なんだから、姉と比べられる筋合いなんてない。
そう言い返したかった。でも、口に出す勇気はなかった。
反論したところで、誰も耳を傾けてくれないと知っていたから。
さらに悪いことに、私は姉のことを憎めなかった。それは、唯一褒めてくれる人が、姉だったから。
一体どんな皮肉なんだろうか。唯一褒めてくれる人が、すべての原因だなんて。
私は、姉のことが嫌いで、関わりたくなくて、どうしようもなく――好きだった。
だけど、その姉はもういない。
一年前、交通事故で姉が死んだ。それも、私を庇って。
それからの私の人生は、より最悪なほうへと転落していく。
『なんで、アンタじゃなかったの』
『あの子もかわいそうに。あれだけ才能があったのに、生き残ったのは妹の方だなんて』
直接言われた言葉、裏で言われた言葉、どれも鋭い刃のように胸に突き刺さった。
私は生きているだけで、誰かを傷つけてしまう存在なのだと、何度も思い知らされた。
生きているだけで、心が傷ついていく。だけど、それを慰めてくれる姉はもういない。
だから、私は――インターネットに逃げて来た。
目的もない。ただただ、ここでなら私の居場所があるのかなと思って。
最初はうまくいった。企業勢だったということもあり、初配信では人が集まった。
だけど、そもそも逃げてVtuberになったんだ。そこからはうまく伸びず、気づけば同期の中で一番下になっていた。
そして、数字ばかりを気にするようになっていく。
登録者数、同接、切り抜きの再生回数。
同期の名前が話題に上がるたびに、胸の奥がざわついて、「どうして私はダメなんだろう」と自分を責め続けた。
でも、自分を責めたところで、何も分からない。むしろ、どんどん差をつけられていく。
現実世界でも、インターネットの世界でも、私の居場所がなくなってしまうのかと思うと、胸が握り潰されたような錯覚を覚えてしまう。
だから――
【月夜ユイ】
ねぇ、今度コラボしない?
同期に頼ることにした。
コラボをすれば、新たな視聴者に私の存在を知らせることが出来るかもしれないし、何なら同期の視聴者を奪うことが出来るかもしれない。
そのために、人見知りだと配信中で言っていた子を選んだ。この子なら、私でも視聴者を奪えるかもしれない。
こんな醜悪な考えをしている自分に反吐が立つ。
どうして、こんな私になってしまったのだろうか。どうして、こうでもしないと生きられなくなってしまったのだろうか。
どうか許してほしい。
「私は……どうすればいいのかな? 姉さん」




