プロローグ
「みおちゃんって、へん! いっしょにあそんでても、おもしろくない!」
それが、幼稚園の時に、友達……いや、友達とも言えない人に言われたこと。
いつも端っこにいるぼくを気遣って、幼稚園の先生がみんなのところに連れて行ってくれたんだけど、前世が男であるぼくにとっては、おままごとなんて到底理解できないものだった。
それでも、何とかみんなを楽しませようとした。けれど、その程度でぼくたちの間にある溝を埋めることは出来ず、拒絶の言葉を与えられるだけだった。
「みおはじゃまなんだよ。 わかったら、どっかにいけ!」
男の子たちの輪に入れば、少しは楽になれると思った。
けれど、そこでも澪は浮いていた。
戦隊ごっこや鬼ごっこに混ざっても、動きがぎこちなく、笑い方もどこか違っていた。
「みお、おまえってなんかへんだな」
そう言われるたびに、胸の奥が冷たくなっていった。
女の子の輪にも入れず、男の子の輪にも馴染めない。
澪は、ただ園庭の隅で空を見上げるようになった。
――家の外に、居場所はどこにもなかった。
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「私は悪くない! 全部、全部あなたが悪いの!」
母の声は鋭く、刃のように父を突き刺していた。
父も負けじと声を荒げるけれど、その響きには疲れが滲んでいた。
澪は部屋の隅で膝を抱え、耳を塞いだ。けれど、塞いだ手のひらの奥まで、怒鳴り声は突き刺さってくる。
昔は、三人で笑い合っていた。
母の作る料理を囲み、父の冗談に笑い転げた。
その温かさは、僕の唯一の居場所は、跡形も無く消えていた。
母の背中が玄関の向こうに消えた夜、家の中は一層静かになった。
残されたのは、疲れ切った父と、居場所をなくした僕だけだった。
――昔は、みんな笑い合っていたのに。
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「ほら、今日の飯だ」
母がいなくなってから、家の中は静かになった。
夕飯の食卓には、澪と父の二人分の皿だけが並ぶ。
父は黙々と箸を動かし、時折ため息を漏らす。その背中は、日に日に小さく見えていった。
「おいしいよ」
澪がそう言っても、父は笑わない。ただ「そうか」と短く返すだけだった。
その沈黙が、澪には怖かった。
父が限界に近づいていることを、子どもでもわかってしまうほどに。
でも、僕にはどうすることも出来ない。
だって、僕の存在が父を苦しめている原因だったから。……いや、父と言っていいかもわからない。
こんな時、友達がいたら、頼ることが出来たのかもしれないけど、僕には友達なんていないから、関係ない話だった。
――この日常が崩れるのは、もう時間の問題だった。
なんで、こんなことになったんだろう?
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「すまん! もっと前から、澪たちのことを気にかけておくべきだった!」
祖父の声は震えていた。
父が消えて、一人になった僕をすぐに引き取ってくれた祖父は、今目の前で涙を流している。
その姿には、深い後悔が刻まれていて、責めることすら出来ない。
「これからは、わしらが守る。澪、おまえはもう一人じゃない」
でも、心の空っぽは無くならなかった。
どれだけの優しさを受けても、笑うことが出来ない。
どれだけの言葉をかけられても、胸の奥は冷たいままだった。
祖母が作ってくれる温かい味噌汁も、祖父の不器用な笑顔も、僕の……氷室澪の心には届かない。
そんな僕のことをずっと気にかけてくれる祖父母には、感謝しかなかった。
けれど同時に、申し訳なさも募っていった。
笑顔を返せない僕は、二人の優しさを無駄にしているようで、胸が痛んだ。
それに、前世の存在も悪い影響を与えている。
家族以外と関わってこなかった僕には、まだ自分が男なのか、それとも女なのかもわかっておらず、自分がはっきりと出来上がっていなかった。
そのせいで、祖父母は氷室澪という人物がどういう人物なのか、はっきり理解出来ず、どう扱うべきかわかっていなかったし、僕もどう答えるべきかわからなかった。
なんで、こうなったんだろう?
これから、どうすればいいんだろう?
そうだ。僕が、理想のボクになればいいんだ。




