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TS転生したぼっちJK、陰キャの僕がVtuber事務所で仲間と成長していく話  作者: 月星 星那
三期生

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29/54

喫茶店にて1

 近くの喫茶店。

 窓際の席に腰を下ろすと、ようやく胸の奥に溜まっていた緊張が少しずつほどけていくのを感じた。

 カップから立ちのぼるコーヒーの香りが、さっきまでの出来事が夢だったかのように錯覚させる。


「そういえば、零さんは何で事務所にいたんですか?」

「澪ちゃんと同じ。マネージャーさんと面談をしてただけ」


 零さんはそう答えると、カップを両手で包み込み、ふっと小さく息を吐いた。

 その仕草は、さっきまでの毅然とした態度とは違い、どこか肩の力が抜けているように見えた。


「帰り道で冴さんに会って、少し話をしてたの。……その途中で、冴さんは何かに気付いたみたいだった」


 零さんはカップを見つめながら、言葉を選ぶように続ける。

 

「莉緒さんが、澪ちゃんを巻き込もうとしていること。あの人のやり方を知っているから、すぐに察したんだと思う。

 だから、私を連れて澪ちゃんのところに向かったの」


 なんで気付いたのかわからないけどね、と呟きながら、零さんはコーヒーを飲んでいく。


「その……冴さんって何者なんですか? 先輩といわれてましたけど……」

 

 問いかけると、零さんは一瞬だけ目を伏せた。

 カップの縁に視線を落とし、言葉を探すように沈黙が流れる。


「冴さんは私達の先輩である天才皇女、ルミナ・セレスティア。そして、莉緒さんと同じく私の姉の友達でもあるんだよ」

「えっ」


 思わず声が裏返った。胸の奥が跳ねるように熱くなり、頭の中が真っ白になる。あの時の人物が、僕たちの先輩だという事実にも驚いているし――それ以上に莉緒と冴さんという一期生の二人が、零さんの姉の友達だったという繋がりに言葉を失った。


「そして、冴さんは私にVtuberになることを進めてきた人。……あ、もちろん私はまっとうな手段で合格したから。あの人は身内だからって優遇するような人じゃないし、莉緒さんは論外だから」


 零さんはそう言って、わずかに笑みを浮かべた。けれどその笑みは、どこか苦さを含んでいた。

 

「冴さんはね、誰に対しても公平で、冷たいくらいに線を引く人。姉さんがいた時でさえ、他人とのかかわりが薄かったんだけど、死んでしまってからはさらに孤立してしまったんだ」


 カップの中のコーヒーに映る零さんの横顔は、誇らしさと寂しさが入り混じっていた。


「それに、莉緒さんと仲違いしたらしいし……。おっと、ごめん。これは澪ちゃんに関係なかったよね」


 零さんはそう言って、わざと軽く笑ってみせた。けれど、その笑みはどこかぎこちなくて、冗談にしてしまうには重すぎる影が滲んでいた。きっと、零さんとあの二人との関係には何かあるんだろう。

 僕は首を横に振る。

 

「……いえ、大丈夫です。もしよければ、あの人たちとどんなことがあったのか教えてくれませんか?」


 僕の言葉に、零さんは一瞬だけ目を見開いた。けれどすぐに視線を落とし、カップの縁を指先でなぞる。

 その仕草は、遠い記憶を探りながらも、触れれば痛みが蘇ることを恐れているように見えた。


「……そっか。それなら、あの人たちとの関係を話すよ」


 零さんは小さく息を吐き、言葉を選ぶように間を置いた。

 

「でも、冴さんと直接話した回数なんて、十回にも満たない。だから、話せるのはどうしても莉緒さんのことが多くなる。それでもいい?」

「はい」

「じゃあ、最初に初めてあった時から。あの時は、姉さんが中学生の時だった。冴さんと莉緒さんは、姉さんの同級生で、二人とも姉さんと同じように――とくに冴さんは成績も部活動もずば抜けていて、周りから特別扱いされていた」


 零さんは少し目を細め、遠い記憶をなぞるように続ける。


「だからなのかな、いつも姉さんたちは一緒にいて、よく私の家に遊びに来てたんだ。そのおかげで……いや、そのせいで何回も顔を合わせることになったんだ。あの莉緒さんと」


 莉緒――その名前を聞くと、胸の奥がざわついた。

 ついさっきまで目の前で笑っていた姿が、鮮やかに蘇る。あの人の声も、挑発するような眼差しも、まだ耳と瞼の裏に焼き付いて離れない。

 零さんはそんな僕の反応に気付いたのか、わずかに苦笑を浮かべて続けていった。

 

「初めて会った時から、あの人はずっとあんな感じ。話しかけられたことは、何十回もあって、そのすべてが嫌な記憶なんだから。私が姉と比べながらも、努力し続けることが出来た理由は、あの人に見返したかったって気持ちもあったぐらい。それほど、嫌な人だった」

 

 カップの中の黒い液面が揺れる。

 

「たとえば、小学生の私に向かって『君は姉さんの影だね』なんて平気で言うんだよ。悪気があるのかないのか分からない顔で。……あの時の悔しさは、今でも忘れられない。でも、あの人の言葉があったから、私は必死に勉強して、部活も続けてることが出来た」

 

 零さんは小さく息を吐き、カップを置いた。

 

「だからこそ、今でも分からないんだ。あの人が本当に私をからかっていただけなのか、それとも……わざと私を奮い立たせようとしていたのか。……葬式での行動だって、ずっと謎だし」

「葬式での、行動……?」


 確か、零さんが莉緒のことを追いだしたと言われていた一件。零さんがそんなことをすると思えないけど、本人も特に否定していなかったから、それは本当のことなのだろう。


「……あの日、会場は静かだった。莉緒さんは、私の両親に向かって、いつもと同じように――いや、もっとひどい調子で話しかけたんだ。『いくら泣いても、あの人は帰ってこないよ』って、それで母は、堪えていたものが一気に崩れて、声を上げて泣き崩れた」


 零さんは唇を噛みしめ、拳を膝の上で握りしめる。

 

「父は必死に母を支えていたけど、会場の空気は一瞬で凍りついた。誰もが莉緒さんを睨んでいたのに、あの人は悪びれるどころか、楽しそうに笑っていたんだ。姉さんは、莉緒さんのことを優しい人だって言ってたけど、私には到底そう思えない」」


 それは、予想をはるかに超えた出来事だった。どんな最低な人でも、友達の葬式でそんなことをしないだろう。


「それは、ほんとうに……?」

「うん、それまで少ししか話したことが無い冴さんでさえ、私の側に寄り添ってくれるほどだった。

 あの人は普段、誰に対しても距離を置いて、冷たいくらいに線を引く人なのに……あの時だけは違った。私の肩にそっと手を置いて、『大丈夫だ』って一言だけ言ってくれたんだ」


 零さんは目を伏せ、かすかに笑った。

 

「その言葉に救われたのは確か。でも同時に、余計に分からなくなった。どうして莉緒さんはあんなことを言ったのか。どうして冴さんは、あの時だけ私に手を差し伸べてくれたのか。心あたりはあるけれど、それが正しいのかはわからない」

「心あたり……?」

 

 思わず問い返すと、零さんは小さく首を振った。

 

「ごめん。今はまだ言えない。私の推測に過ぎないし、澪ちゃんを余計に混乱させるだけだから。私の話はここまで。今度は澪ちゃんの番だよ。莉緒さんに、何を言われたのか――聞かせてくれる?」


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