本音
「で、どうすればいいの?」
「ルミナのことをどう思ってるのか言えばいいだけだよ」
「告白みたいな感じ?」
「そうそう」
:草
:ティアって、引きこもりなのに、告白がどんなのか知ってるんだ
:ティアを何だと思ってんだよww
(ま、いいか。芸術は爆発なんだから、綺麗に自爆しようか)
気が乗らないけど、ノアのおかげで間違えようと思えたんだ。ボクには本心を言う資格なんてないと思ってはいるけれど、人間は間違いだらけだから、言っていいよね。
「ねぇルミナ、君はボクが考えていることわかる?」
「急にどうした? さっきまでとは全く違うな」
「……喧嘩売ってる?」
:wwww
:ルミナが正しいww
:少し前まで狼狽えてたのにねw
(たぶん、冴のことだから煽ろうとはしてないのだろう。ただ単純に思ったことを言っただけで、煽りみたいになってしまっただけ。冴って、天才だけど天然の部分もあるから、わかりにくいけど)
「何故だ?」
「はぁ、なんでもないよ。それより、ボクが考えてるってことがわからないってことでいい? 小学生からの付き合いなのに」
「……ああ」
:嫌味を言うなw
:そういう所だぞ、お前
:ルミナは悪くない
このまま即答するのもいいかなって、思ってたんだけど、時間もまだまだあるし、ちょっと遠回りしてみようか。
ほら、一番の近道とは遠回りだったって言うでしょ?
「じゃ、当ててみて。当たったら正直に言うから」
「当たらなかったら?」
「正直に言うけど?」
「……それに何の意味がある?」
:そういうところw
:無駄な行為だけど、ベオは好きそう
:絶対楽しんでるだろ
ルミナはボクの言葉を聞いて、心底不思議がっている。こんな無駄な行為、どんな意味があるのか分からないのだろう。安心して、深い意味なんて無いよ。楽しいからやってるだけ。
でもね、そうでもしないと、本心を言う恐れから逃れられないんだ。仕方ないでしょ。
「はぁ、しょうがない。付き合ってやる」
「アハハッ! ありがとね、ルミナ!」
ルミナは少しだけ目を閉じた。それは時間に表すと、約三秒ほどの短い時間。でも、その短い時間の中で、冴の頭の中では常人では考えられないほどの思考が回っているのだろう。そこまで、ボクのことを考えてくれていると思うと、少し照れるな。
そして、ルミナは目を開ける。今度は、しっかりボクと目を合わせて、少しも躊躇いも無く……いや、狂人の理性で恐れを飲み込みながら、口を開いた。
「私のことを嫌っているのか?」
「へぇ? どうして、そう思うの?」
「それは……小学生の頃から大学の途中まで、お前はずっと私のそばに居ようとしていた。なのに、今は距離を置こうとしているように見える。だから……嫌われたのかと思った」
「あのね、恥ずかしい過去を勝手に話さないでくれない?」
:百合、百合の気配がする
:そうだったんだ。その頃の狂狼を見てみたい
:その時は性格がよかったのかな?
「性格は悪かったが、まだマシだったな。まぁ、私と会うまでは、担任の不倫をばらしていたりしてたらしいが」
「……なにこれ? 嫌がらせ?」
:wwww
:会う前って、小学生の時だよなww
:小学生の時に担任の不倫を暴くって、いろいろ終わってるだろwww
(とんでもないカウンターを食らってしまった。まぁいいや、本当のことだし、ボクのイメージとはあまり離れてないから、ダメージも小さい)
「ふーん、そういうこと。でも、間違いだね。ボクは、ルミナのことを全く嫌ってないよ! はぁ、どうしてこんな勘違いをするのかな? 十年以上の付き合いだと言うのに!」
「……」
「アハハッ! ま、気に病む必要はないよ。君にだけはバレないようにしていただけだし」
:めんどくさい彼女か?
:訳:本心を隠してるボクのことをちゃんと理解してよ!
:めちゃくちゃだ……
「そうだよ。ボクはとってもめちゃくちゃだ。けど、それが何? めちゃくちゃだからこそ、面白い物もあるんだよ!」
「それで、本心は何なんだ?」
「つれないなぁ。本心を言いたくないから、全力で話を逸らしているのがわからないの?」
「……」
「ストップ! その拳を下ろそうか?」
:ここまでかき乱しておいて、ただ単に本心を言いたくなかっただけかよ!
:いけ! ぶっとばせ!
:めんどくせー
もうそろそろいいかな。場も温まって来たことだし。
……ほんとのことを言えば、人生で一番緊張している。それほどまでに、何年も隠し続けていた本心を話すのって怖いことなんだよ。
「じゃ、そろそろ言おうか」
「まだ話を逸らそうとしているのか?」
「ちょっと待ってよ。言葉でどう話そうか考えているんだからさ……ずっとね」
難しい。本当に、難しい。どう言えばいいのか、全く分からない。
言葉にした瞬間、何かが壊れる気がして、指先が震える。
(美咲なら……きっと迷わず言ったんだろうな)
あの子は、いつだって真っ直ぐだった。大好きな妹のために、ためらいなく言葉を選べる人だった。
けれど、ボクは違う。ずっと影に隠れて、誰かの背中を押すふりをして、 自分の本心だけは見ないようにしてきた。
でも――
……いや、あれでいいのか。ありがとね、美咲。
君の真似を、少しだけするよ。
胸の奥で、何かが静かにほどけていく。
(間違えてもいいんだよね。ノアと……過去の自分がそう言ってくれたんだから)
震える息をひとつ吐いて、ボクは顔を上げた。
「ボクはね、君と初めて話したあの日から、どうしようもなく君のことが好きなんだ」
指が震え、心臓が高鳴る。胸の奥で、何かが暴れている。
逃げたい気持ちと、言ってしまった安堵と、どうしようもない恐怖が全部混ざって、呼吸がうまくできない。でも、一度言ってしまった本心は、決壊したダムのように止められなかった。
「君はね、ずっと努力していたんだ。誰も届くことが出来ない高みにいるはずなのに、慢心せず成長し続けていた。その姿が、とっても美しくて、とっても輝いて見えて、そういう所が本当に好きだった」
言葉を重ねるたびに、胸の奥が熱くなる。ずっと押し込めていた想いが、ようやく形になって外へ溢れ出していく。
「でもね、その在り方は孤独なんだよ。だから、ボクは努力してずっと一緒に居ようとした。そして、中学の時にあの子と出会って、ボク達は常に三人で過ごしていた。けどね、彼女はもういない。そして、君はそれを機に……より孤独の道へと歩き出してしまったんだ」
放課後の教室。夕焼けに染まる廊下。三人で笑い合った帰り道。
それらは、もう二度と戻ってこない。ボクらは、徹底的に道を違えたんだから。
「今の君の在り方……みんなの目標であり続けるとことで、人々を新たな道へと導こうとする在り方。その在り方自体は、本当に尊敬する。君のおかげで、いろんな人が挑戦し始め、結果を残している人も多数いる。でも、その君自身は、その在り方で幸せなの? ずっと目標であり続けて、誰にも本音を明かすことも出来ず、ただ一人努力し続けるだけ」
言いながら、胸の奥がひどく痛んだ。まるで、ずっと触れないようにしてきた古傷を自分でえぐっているみたいだった。
冴は、誰よりも高く立っていた。誰も届かない場所で、誰も追いつけない速度で、ただひとり、前へ進み続けていた。
その背中は、確かに美しかった。でも――美しすぎて、痛かった。
「ボクには、それが耐えられない! 誰よりも、何よりも、この世界よりも大好きな君が、ずっと孤独に生きるなんて許せない! 君は、無数の人に囲まれて、ずっと幸せに生きるべき人なんだよ! だから……だから、今日この日に、成し遂げたんだ!」
気が付けば、目から涙がこぼれていた。頬を伝うその温度に、自分でも驚く。こんなふうに泣くのは、いつ以来だろう。
冴は、ただ黙ってボクを見ていた。驚きでも、怒りでも、困惑でもない。そのどれでもない、言葉にできない表情。
でも、ボクは止まらない。
「見なよ! ティア、ニヤ、ユイトとマサ、ノアとユイ、そしてボクは君に勝利した。社長、シュウ、コウジ、そしてツバサとヒナタは君には勝てなかったけど、良い所部はしたはずだ! どうだ、星は墜としたぞ。もう君が、誰かの目標であり続ける必要なんてない! その役目は、ボクらが受け継ぐ。だから――」
言い切る前に、一度だけ息を吐く。
これが最後、後戻りはもうできない。
「だから……もう、孤独である必要は無いんだよ」
スタジオの静寂が、重く、長く続いた。誰もが息を飲んでいる。機材の小さな音だけが、遠くでかすかに響いていた。
冴はゆっくりと目を伏せた。まぶたの裏に、何かが揺れているのが見える。そのまま、ほんの一歩だけ前に出た。距離が縮まる音は、誰にも聞こえないほど小さかった。
「……ベオ」
声が、震えていた。普段の冷静さはどこかへ消え、そこに残ったのはただの人間の声だった。その声に、ボクの胸がぎゅっと締めつけられる。冴は手を伸ばした。ぎこちなく、でも確かに。
そして――冴はボクの胸倉を掴んだ。
その手は強く震えていた。怒りというより、何かを必死に押し殺すように。
「そんなこと……私が願ったか」
「ルミナ?」
「そんなこと、いつ、どこで私が願ったと言っているんだ!」
胸倉を掴む手に、さらに力がこもった。
痛い。でも、その痛みよりも――冴の震えの方がずっと強く伝わってくる。
「勝手に……勝手に決めるな!」
怒鳴り声がスタジオに響いた。
視聴者のコメントも、スタッフの息遣いも、すべてが一瞬で凍りつく。
「私が無数の人に囲まれる必要なんてない。そんなの、私は願ってない。……ただ、君が一緒にいてくれたら、それでよかったんだ」
(……え?)
頭が追いつかない。胸倉を掴まれている痛みも、ルミナの震えも、全部が一瞬で遠ざかっていく。
ただ、さっきの言葉だけが、耳の奥で何度も反響していた。
「なん、で……」
「私は、ずっと独りだった。幼少期から誰もわたしについてこれなくて、たまに話しかけてくる人はいるけれど、すぐにどこか遠くに行く。だから、私は努力することが好きになったんだ。仲間がいなくても出来ることで、成長することは本当に楽しかったから。でも、あの日……君が強引に話しかけてきて、そこから世界が変わったんだ」
冴の声は震えていた。怒りの熱が、今はもう別の熱に変わっている。
「君は……私の世界に、初めて踏み込んでくれたんだ。誰も届かなかった場所に、当たり前みたいな顔で入ってきて……一緒にいることが、こんなに楽しいんだって初めて知った。気づいたら、君のことが好きになっていた。でも……あの子みたいに素直に言えなかった。恥ずかしくて、怖くて……それでも、君はずっと隣にいてくれると思っていたから、言わなくてもいいって、そう思ってた」
胸倉を掴む手が、弱くなる。
「だから私は目標でいられたんだよ。君がそばにいてくれるなら、それだけで十分だった。なのに、君は私から離れて、私が望んでないことを為そうとしてた。どうして……どうして勝手に決めたんだよ……」
冴は顔を歪めた。怒りでも、憎しみでもない。もっと脆くて、もっと深い感情。
「私は……君がいなくなるのが怖かったんだ。君が遠くに行ってしまうのが……何よりも怖かったんだよ」
その言葉に、ボクは何も言うことが出来ない。
でも……唯一、否定しないといけないことがあった。
「それは……それはルミナが知らないだけだ! ルミナが今まで関わったことがあるのは誰だ? ボクとユイの姉くらいで、後はユイと数回会話しただけだろう? なのに、どうしてボクだけで十分だと言える? 確かに、君は天才だ。でも、いくら天才だったとしても、知らないことはわからないはずなんだ!」
その言葉に、冴は黙り込んだ。
けれど、ボクは止まらなかった。
「ルミナ……君は知らなすぎるんだよ」
声が震えていたのは、恐怖じゃない。怒りでもない。ただ、どうしようもない悔しさだった。
「君は……もっと幸せになれる人なんだ。もっと多くの人と出会って、もっと多くの感情を知って……本来なら、もっと広い世界を享受できる人なんだよ」
冴の肩がわずかに揺れた。
「だから、ボクだけでいいなんて言わないでよ。ほら、ここには君に追いつこうとした人がたくさんいるんだから」
冴の手を取って、周りを示す。
「見てよ、ルミナ。ここにいる人たちは、みんな君に追いつこうとしたんだ。君の背中を見て、必死に走ってきたんだよ」
ティアや、後輩のみんながボクたちのことを見ている。
ほら、もう君は一人じゃないんだ。だから、ボクだけでいいだなんて、言わないでよ。
「でも……君はそこにいるの?」
それには、何も言うことが出来なかった。ボクはここに至るまで、いろんな人を煽り、傷つけて来た。だから、ルミナがみんなに囲まれて幸せになるのなら、側から離れるべきだと思っている。
少しだけ目を逸らす。けど、それを冴が見逃すはずもない。
意見は平行線だった。けれど――互いに理解し合っており、されど譲れないものがあったのだ。
その時――
「馬鹿ども」
横からボク達の頭を下に押しつける人物が出て来たのだ。
ティアだった。足りない身長を社長に体を持ち上げることで補い、ボク達の頭を掴んでいたのだ。
「ティア!?」
「めんどい、うるさい、わめくな」
碌な言葉が返ってこない。
けれど、その手の力は容赦がなかった。ボクと冴の頭は、ぐいっと押し下げられ、額同士がぶつかりそうになる。
「いって……! ティア、何す――」
「黙れ。今しゃべるな」
ティアは完全にキレていた。
けれど、その怒りはどこか呆れに近い。
「まずルミナ」
ティアは冴の頭を押さえつけたまま、鋭い視線を向ける。
「ベオが好きなのはわかった。けど、なんでそれ以外にも目を向けない? 私達は友達でしょ」
「それは……」
「次にベオ」
そして、そのままティアはボクに目を向ける。
「何のためにこの場を用意したと思ってる? 確かに、ベオは性格は最低だし、うざいし、問題児すぎる」
「……」
ごもっとも。自覚していることだから、何も言い返せないし、言い返そうとも思わない。
けれど――
「でも、そんなことはルミナから離れることとは関係ない。ここまでルミナのことを傷つけたんだから、責任を取れ」
互いに、何も言うことが出来なかった。
頭では、ティアの意見が正しいとわかっている。けど、感情は違う。頭では分かっているはずなのに、それ通りに動くことは出来なかった。
そして……
「ルミナさんに、ベオさん」
ユイがボクたちのところまでやって来て、口を開いたんだ。
「姉さんのかわりとして言いますけど――二人とも、いい加減にしてください! 互いに許容できる範囲のはずなのに、自分の気持ちだけ優先して……。姉さんが見たら、絶対に悲しみますよ!」
(それは……)
ユイは続けた。
声は震えていないのに、どこか必死だった。
「二人とも……結局は自分の気持ちを優先してるだけです。ルミナさんはベオさんがいればいいって言うけど、それは自分が怖いから。ベオさんはルミナさんのために離れるべきだって言うけど、それも自分が怖いから。本当に、姉さんが悲しむことだけは、やめてください!」
ユイの言葉が落ちた瞬間、スタジオの空気が変わった。
誰も喋らない。誰も動かない。
ただ、ボクと冴だけが、互いを見ていた。逃げ場は、もうどこにもなかった。
冴が、ゆっくりと口を開く。
「……ベオ」
その声は、怒りでも、涙でもなく――ただ、素直だった。
「私は……君がいなくなるのが怖かった。君が遠くへ行ってしまうのが……本当に、怖かった」
胸が痛む。
でも、今度は逃げなかった。
「ボクも……怖かったよ」
言葉が自然に出た。
隠す必要なんて、もうどこにもなかった。
「もう、ルミナに嫌われていると思ってて、隣に立つ資格なんてないと思いこんでた。
ルミナは首を横に振る。
「違うよ。 君がいない未来なんて……私は望んでない」
その一言で、胸の奥がほどけた。
ボクは一歩、前に出た。冴も、一歩、前に出た。
距離が、なくなる。
「……離れないよ、ルミナ」
初めて、はっきりと言えた。
「君が望むなら、ボクは君の隣にいる。君が世界を広げたいなら、一緒に広げる。君が怖いなら、手を握る。君が泣くなら、隣で泣く」
冴の瞳が揺れた。
涙が、静かにこぼれた。
「……ずっと、いてくれるのか?」
「うん。ずっといるよ」
冴は、震える手でボクの服を掴んだ。
今度は怒りじゃない。
ただ、離したくないという気持ちだけだった。
「……なら、もう何もいらない。君がいてくれるなら……私は、それでいい」
その言葉に、ボクはそっと冴の手を握り返した。
ティアが、ふっと息を吐く。
「……やっと言ったね、二人とも」
ユイは涙を拭いながら微笑んだ。
スタジオの空気が、ゆっくりと温かくなっていく。
ボクと冴は、ただ静かに手を握り合ったまま――互いの存在を確かめるように、目を閉じた。
もう、孤独じゃない。
もう、逃げない。
もう、すれ違わない。
数年にわたるすれ違いが、今初めて元に戻った。




