間違いという美しさ
「アハハッ! そうだねぇ、ルミナ……今はどんな気持ちかい?」
:煽んなww
:ほんと、狂狼はぶれないな
:ルミナ、どんな返事をするんだろうか?
そうだ。ボクたちは勝ったんだ。その勝ち方がどんなものであろうと、結果は結果。冴という星を墜としたのは、紛れもなくボクたちだ。
(……なのに、なんでこんなに胸がざわつくんだよ)
笑っているはずなのに、頬が少しだけ引きつっているのが自分でも分かる。
視界の端で、冴が静かにこちらを見ている。その視線が、妙に重い。
「ねぇ? それでも、まだ星であろうとするのかい?」
わざと軽く、挑発するように言う。けれど、胸の奥がチリッと痛んだ。その痛みの理由なんて、考えたくもない。
だって、ボクはルミナのことを全力で煽らないといけないんだ。このままだと、ルミナは勝者という立場を譲るだけで、孤独であることには変わらない。だから、煽り続けることで、挑戦者側に落とす必要があるんだから。
「あぁ、それとも、まだ自分の方が格上だとでも思ってんの?」
:うわぁ……
:これは言いすぎでは
:ルミナ、怒るぞこれ
視聴者のみんなも、ボクの言葉を聞いてざわつき始めた。でも、それでいい。いや、そうじゃないといけない。
(もっと煽れ……もっと突き放せ……そうしないと、冴はまた星に戻ってしまう)
自分にそう言い聞かせるように、口角を上げる。
「ねぇルミナ。今日の勝負で分かったでしょ? 君は誰よりも上に立つ存在なんかじゃない。みんなと同じ、ちっぽけな――挑戦者だよ」
言葉は鋭く、冷たく。けれど、胸の奥はズキズキと痛んでいた。
(なんで……なんでこんなに痛いんだよ。ずっと前に、覚悟していたはずだろ)
冴が、ほんの少しだけ眉を寄せた。怒りでも悔しさでもない。ただ、何かを飲み込むような、静かな表情。
その表情が、ボクの心をさらにざわつかせる。
:ベオ今日どうした
:煽り方がガチすぎる
:ルミナ泣かせに来てるだろこれ
「どうしたの、ルミナ? 悔しくて言葉も出ないのかな?」
わざと軽く、鼻で笑うように言う。視聴者のざわめきがさらに大きくなる。
:ベオ、今日やばい
:狂狼ムーブが過去一で刺さってる
そして……
「そうだな」
やっと、冴が口を開いた。
「私の負けだ。それは、事実だから……しっかりと受け入れるよ」
冴の声は、驚くほど静かだった。負けたことを受け入れ、自分に勝った人たちのことを心底祝福し、そのまま消えてしまいそうな――そんな、儚い声。
その声音が、ボクの胸をひどく締めつけた。
(やめろよ……そんな声出すなよ……)
煽り続けているのに、冴は怒らない。
悔しさをぶつけるでもなく、ただ淡々と事実を受け入れている。
(なら、もうここで終わってもいい)
ラインなんて、もう気にする必要ない。ボクは、冴が幸せになればそれでいい。だから、炎上しても構わない。
そう思って、次の言葉を発しようとした――その瞬間だった。
「ここで、裏企画発表です!」
「いえーい」
社長の明るい声と、ティアの棒読みが、ボク達の話を遮ったんだ。
「は?」
反射的にルミナの方を見る。すると、ルミナもわずかに目を見開いていた。ほんの数ミリ。それだけなのに、普段の彼女を知っているボクには、それが完全に不意を突かれた時の顔だと分かった。
(つまり、ルミナも知らないってことか)
それなら、社長とティアが勝手に考えたことだろう。まぁ、あの二人とは付き合いが長いから、ボク達に隠れて何かしていても特段不思議ではない。けれど、彼らがどうしてこんなことをしたのか、それについては少しも予想できなかった。
:裏企画!?
:何それ?
:この調子だと、ルミナやベオも知らなさそう!
「裏企画って何なの?」
「ええ。僕とティアさんとユイさんでやっていたことなんですがね。大変でしたよ」
「ユイも?」
どうやら、零もそんなことをやっていたらしい。それは、ノアも知らなかったようで、驚いたような目でユイのことを見上げている。あのユイがノアにすら黙ってそんなことをやるなんて、ちっとも予想してなかった。それほどまでに、秘匿性を重視する裏企画って何なのだろうか。
そうして悩んでいると、スタジオにある画面に、とある動画が流れ始めた。その動画には、社長とティアとユイがいて、何かを語り合っている。……いや、待って。もしかして、そういうこと?
『五勝四敗、これしかない』
『そんなにうまくいきますかね? 僕の予想としては、三勝六敗くらいだと思っているんですけど』
『いや……私達三期生だけで三勝は取れます。マサさんとユイトさん、そしてノアちゃんには秘策があるようだし、ニヤさんなら、絶対に勝ってくれるんで』
『なるほど、それなら五勝から六勝は行けそうです』
あの三人が、この戦いの結果を予想している姿が画面いっぱいに映し出されていた。
『それなら、五勝四敗ってことでいいですか?」
『うん』
『私もそれでいいと思います』
『後は、正解だった場合と、間違っていた場合に何をするかですが……』
『間違ってた場合は、裏企画なんて元から無かったことにすればいい』
『『えぇ』』
:ティア、そういうとこだぞ……
:ま、裏企画の特権だけどな
:結果的にあってたからよし
『それで、正解していた場合はどうしますか?』
『あの人に本音を言わせる』
『当然、いっつも本心を隠して他人を煽っているベオに、痛い目を合わせないと』
『えぇ。まぁ、僕もそう思ってますけど』
(………………………は?)
『ということで、五勝四敗だった場合、ベオさんは嘘が禁止ということで』
『どうせ、勝手に決められたことだから、従う必要が無いとかいうんだろうけど、ベオだって勝手にコラボを決めてくるんだから、これぐらいは従いなよ』
『あの人は、一回痛い目を見ればいいんですよ。本当に、本当に』
『……そこまで嫌いなんですね、ベオさんのこと』
:wwwwww
:ベオが放心してるwww
:いっつも本心言わないからな、コイツw
「て、ティア?」
「必要なことは全部言ったはずだけど?」
「ぼ、ボクはしっかりルミナに勝って……」
「私やユイも勝ったから、免罪符なんて無いよ。……あ、社長は負けて泣いていたから、社長には文句言っていい」
「ティアさん!?」
:唐突な流れ弾www
:泣いてたんだ……
:確かに離席してたけどww
まぁ、社長のことはどうでもいいや。そんなことより、嘘を禁止されたことをどうにかしないと……。いや、嘘を禁止されたとは言っても、ボク以外に嘘を嘘だと証明できる人はいないんだ。だから、平気な顔をして嘘を吐けば、きっと大丈夫なはず……。
なーんて、言うことは出来ないだろう。……うん、わかってるよ。社長とティアと零、この三人なら、ボクが嘘を吐いていることなんて、簡単に見破ってくる。むしろ、シュウや……冴ですらも気付くことが出来るだろう。
ボクが得意なのははぐらかすこと。それが封じられている以上、誤魔化すことは出来そうにない。
「はぁ、わかったよ。何を言えばいいの? 例えば、社長の恥ずかしい話とか?」
「えっ?」
「それも気になるし、後から絶対に話してもらうけど、今じゃないよ」
「ティアさん!?」
:不憫……
:一応、社長なんだよな
:社長だけど、初期メンの中では、一番立場が下だから
:なんでだよww
「じゃあ、何なの? ボクが嘘を吐くことなんて、ほとんど無いのに」
「それがまず嘘でしょ。まぁいいや……これからは嘘禁止だから。けれど、私達がする質問は、一個だけだから、安心していいよ」
嫌な予感がする。胸の奥が、じわりと重くなる。ティアの眼が、ボクの心を見透かしているような気がして、一歩後ろに下がりそうになってしまう。
けれど、それだけは駄目だ。なんともないように表情を偽らないと、本心がきっとバレてしまう。だから、落ち着け。深呼吸しろ。いつもみたいに、笑って誤魔化せば――
(……いや、誤魔化せないんだよな。今日は)
胸の奥が、じわりと熱くなる。ティアの視線が、まるで心臓の奥に指を突っ込んでくるみたいに鋭い。
やめろ、やめてくれ。ボクの心に、指を入れるな。
「ベオは、ルミナのこと、どう思ってるの?」
その瞬間、時間が止まったみたいだった。
予想していなかった質問……いや、予想はしていたけど、目を逸らしていた質問が、ボクの前に立ったのだ。邪魔だ、どっかにいけ。未来へ続く道の、壁になるんじゃない。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛む。それだけは、言いたくない。だって、ボクにはそんな資格が無い……から。
:あれ? 何で何も言わないんだ?
:おーい
:狂狼、いいなよww
視聴者のコメントが、遠くでざわざわと揺れているように聞こえた。耳に入っているはずなのに、意味が頭に届かない。
(……報い、ね。そうだよな。ボクが散々やってきたことだ。だから、今こうして返ってくるのは当然なんだ)
そう思おうとするのに、胸の奥がひどく痛む。ティアの質問は、ただの一言。
けれど、その一言が、ボクの心の奥にある触れられたくない場所を正確に突いてきた。
ルミナが、静かにこちらを見ていた。その瞳は、責めるでも、急かすでもなく――ただ、待っていた。
当たり前だ。美咲の葬式があったあの日から、一度も君に本心を言ったことが無い。それについては、きっと君も気付いていて、今この瞬間まで悩み続けていたのだろう。
でも、かすれた声すら出ない。ここで一つでも間違えたら、これまでの努力が全部水の泡になるかもしれないと思うと、喉が締めつけられて声が出なくなった。
本音を言う資格なんて、ボクには無いはずだし、ボクの存在は、全て冴の幸せのために使い潰されないといけないんだから。
その時、予想外のことが起きたんだ。
小学生の頃から付き合いがある冴でも、中学生のことから付き合いがある零でも、この事務所をここまで一緒に成長させた社長とティアでもない。まだ出会ってから二か月くらいしかたって無い人物が、ボクの側に近づいてきたんだ。
「ノア……?」
どうして、君がここに? 確かに、ボクは君に期待していたし、気に掛けていたことは否定できない。でも、そこまで関わったことは無かったはずだ。
けれど――
「ベオさん」
ノアが、優しい声を出した。
「あの星が輝いていた空の下で、言っていましたよね? 人間は毎日を全力で生きてるんだから。間違えることくらい何度もあるし、だからこそ美しい生物なんだって。だから……今度はその言葉を、ベオさん自身にも向けてあげてください。間違えてもいいんです。ベオさんは、ベオさんが思っているよりずっと――美しい人なんですから」
あの時、ノアがスタジオから逃げ出した夜に、ボクがノアに言った言葉。それが、そっくりそのままボクに帰って来た。
まさか、あの時に行ったことが未来のボクに刺さるとは、過去のボクは全く思っていなかっただろう。でも、実際にはそうなったのだ。
(そっか、そうだよね。それなら、とんでもない間違いをしてあげるよ。最っ高に面白い間違いをね!)
「ありがとね、ノア」
一瞬だけノアの頭を撫でて、ボクは冴のところへ足を進める。
恐れることは無い。そう言い聞かせるように、一歩、また一歩と冴へ近づく。胸の奥はまだざわついて、喉の奥には……さっきまでの痛みが残っている。
でも、もう大丈夫。ボクの本心を言ってあげるよ。だから、無理やりにでも、君を彼女らのところまで、引きずり落してあげるから。




