星を墜とす刻
「続いて、大問二に行きます。この問題は十問あり、ルミナさんが三問正解した時点で、ルミナさんの勝ちになりますが、それでよろしいでしょうか?」
「いいよ。ボクが全問正解してあげるから」
(ちょっと厳しいな。出来ることなら、第一問で一問は正解していたかった)
でも、後悔に意味なんて無い。今考えることは、冴に勝つ方法だ。ボクが勝たなきゃ、ここまでつないでくれたティアたちに向ける顔が無くなる。
:ベオも十分早いんだけどなぁ
:ルミナが別格すぎる
:これ大丈夫か?
「大問二ですが、この問題は、僕たち後輩と、ティアさんで考えた問題です。問題を出す順番も僕たちが考えていますので、誰が考えたのかを予想しながら解いてもらえると、こちらとしても嬉しいです。では、準備はいいですか」
「ああ、問題ない」
(もしかして、これなら……)
「ボクも、問題ないよ」
同期や後輩たちが考えた問題。それだったら、冴に勝つ可能性が出てくる。
それは、ボクが彼女たちの配信を何度も見返し、どこが弱くて、どこを伸ばせばルミナと勝負できるかを必死に考えてきたからだ。
癖も、思考の流れも、引っかけの傾向も、誰よりも理解している自信がある。
(結構、大変だったからね。これ)
特に、ノアを持ち直させるのは大変だった。
彼女の祖父母から話を聞いて、ノアがどれほど深く裏切られてきたかを知った時、胸が痛んだ。
母親にも父親にも、そしておそらく他の誰かにも裏切られ続けてきたノアは、他人を信用することが本質的にできない。信用したいのに、信用するとまた裏切られるかもしれないという恐怖が、いつまでも喉に刺さったまま抜けない。
その恐怖と罪悪感が、ノアの成長をずっと止めていた。
だからボクは、あえてノアに無数のコラボをさせた。逃げ続けていた感情を、もう逃げられないところまで追い込むために。
限界まで積み重なった罪悪感が爆発し、ノアが一度逃げ出した時――そこで初めて、支える意味が生まれた。
ボクや三期生の四人が手を伸ばしたことで、ノアは演じることをやめた。自分の言葉で話し、自分の足で立ち、自分の意思で成長し始めた。
ノアのおかげで、零やニヤたち三期生が前を向き始めた。特に、零が前を向いたのは、ボクにはできなかったことで――本当に、感謝している。だから、ボクは本気でノアに向き合おうと思ったんだ。
……まぁ、ノアにも嫌われてそうだけど。それは、あの時に覚悟したことだから、大した傷には、なっていない――はずだ。
「それでは、第一問――」
ピンポーン
ボクは、迷いなくボタンを押した。
:は?
:問題をまだ言ってないぞ!?
「七月三日」
「せ、正解です」
:は!?
:どういうこと?
:あ、もしかして
「も、問題は、一期生がデビューしたのは何日ですかという問題で、ティアさんが考えたものです」
「やっぱしね。ティアなら、一問目を作ると思ったし、この問題だと思った」
:まじ!?
:ティアのこと、理解しすぎだろ!?
:ベオって、他人のこと見てたんだ……
ティアと出会った時のことは覚えている。彼女はとっても人見知りで、オーディションの時なんて、言葉を発することすら出来ていなかった。でも、何でVtuberになりたいのか聞いた時、その時だけボクと目を合わせ、はっきりと「誰かを救える人になりたいから」と言ったんだ。
人見知りで、ネット弁慶で、性格が良いとはとても言えず、どうしようもなく不器用な彼女だけど、その決意は本当に立派な物で敬意を抱いている。
だからこそ、デビュー日を問う問題を一問目に置くのは、彼女らしい無言の優しさだ。誰かが最初に踏み出した日を、大切にする人だから。
「第二問――」
ピンポーン
ボクはまた、ボタンを押した。
「みんなと笑うこと」
「正解です」
:これも!?
:誰の問題だ?
「問題は、わたしが一番好きなことはなーんだ? という物で、ヒナタさんが考えたものです。……問題文に、わたしとだけ書かれていて、名前が書いていないという悪問だと思ったのですが、まさか問題すら聞かないとは……」
:おい!?
:悪問すぎるって
:ベオって、結構バグってる?
これも、予想が出来ていた。ティアが一番を取る以上、ヒナタは絶対二番目だ。
ヒナタは、楽しいと思うことが大好きで、常に暴走しているけど、彼女の根本にあるものは、みんなと笑いたいという気持ちだけだ。
よく暴走して、周りに迷惑かけ続けている人だけど、その原点だけは決してぶれていない。
冴が驚いたような目で、ボクを見ている。それは当然のことだろう。いくら冴が天才であっても、知らないことを解くことは出来ない。
(舐めないでよ。君という星を墜とすために、どれだけ努力したと思ってるの?
「第三問――」
ピンポーン
「六分五十秒」
「……正解です」
:すげぇwwww
:これはニヤか?
:RTAっぽい
「この問題は、現在のランダムシードにおけるRTAの世界記録は何分何秒にゃ? という問題で、ニヤさんが考えたものです」
:六分五十秒って速すぎだろ
:俺なら、まだ作業台作ってるな
:遅すぎだろww
三番目は賭けに近かったが、当たっていた。一期生、二期生と来て、次は三期生だ。三期生の中で、最初に挑戦するのは、ニヤである場合がほとんど。ニヤはノアの姉貴分を自称していて、みんなを先導する役をやりたがる。こういう場面では真っ先に手を挙げるタイプだから。
問題の内容も、彼女らしい。RTAをもっと広めたと、いつも言っていた。専門用語を使わずに出せて、視聴者の興味を引ける問題――そう考えれば、この形式になるのは自然だ。
「次は、第四問――」
ピンポーン
音が鳴る。けれど、それはボクのボタンからではない。
「一月二十四日」
「せ、正解です」
:今度はルミナ!?
:頼むから問題を聞け
:早押しってこんなのだっけ?
「Neoverseが設立された日付を答えなさいという問題で、僕が考えた問題です」
「やるね、ルミナ。まさか一本取られるとは」
「ふん、三問連続で正解した奴に言われたくない」
:社長の問題か
:でも、後二問ルミナが正解したら、ルミナの価値だよな
:大問一で一問も正解できなかったのが苦しいな
ちっ、取られた。ボクも、予想できていたんだけどな。
やっぱり、冴は強敵だよ。ほんと。
「第五問――」
ピンポーン
「大腿直筋、中間広筋、外側広筋、内側広筋」
「……正解です」
:コウジだな
:コウジだ
:アイツしかいないな
「問題は、一番大きな筋肉は、大腿四頭筋ですが、その筋肉を構成する四つの筋肉を答えなさいと言う問題で、コウジさんの問題です」
やっぱりコウジだ。あの人は筋肉のことばかり考えていて、何を考えているのかよくわからないけど、ある程度のことは予測できる。
それに、あの人が他人と親密にかかわることはほとんどないけれど、後方からみんなのことをよく見ている。だから、わかりやすい問題を出してくれると思っていた。……まぁ、周りから見れば、自分勝手に動いているようにも見えるんだけどね。
「続いて、第六問――」
「……小さくてかわいい子」
「……正解ですね」
:ツバサだな
:うん……
:……あのばか
「まぁ、問題は、アタシが好きな女の子とタイプは? です。……ツバサさんの問題ですね」
「はぁ、あの馬鹿」
わざわざこんなことを問題にするとは……相変わらずだね。
まぁ、でも……マシなほうか。年齢制限をかける必要のない問題だし、普段の配信で言っていることに比べたら、すっごくマシなほうではあるから。
女性に好かれるためなら、どんな努力もするのは良いところだけど、もう少し自重してほしい。
「続いて、第七問――」
「十二月二十四日」
これはボクでは無く、冴が答えた。
「正解です」
:これは誰だ?
:二期生のデビューした日じゃね?
:それならシュウだな
「二期生がデビューしたのはいつかという問題で、シュウ姉が考えた問題です」
:やっぱり!
:二期生で一番最後なのも、シュウらしい
:でも、これでベオは一問も間違えれなくなったな
シュウはそういう人だ。自分より他人、仲間たちのことを誰よりも大切にして、全員が先に進んだことを確認して初めて、自分も前に進む。
途中で誰かが失敗し、挫けそうになったら、すぐに自分の歩みを止めて、そっと背中を押してあげる。それがシュウだ。 誰よりも前に出られる実力があるのに、誰よりも後ろに立とうとする。
……ボクも何度か、お世話になったことがある。
「第八問――」
「マサとユイト」
「正解です」
:どういう質問だ?
:全く分からん
「問題は、この問題を出したのは誰でしょうか? という問題でした。考えたのは、マサさんとユイトさん。二人で考えた問題です」
「ふふっ、面白いね。そう来たんだ」
「へぇ、マサたちのことをそこまで気に入ったんだ」
「そうだよ。また、私の予想を超えて来たんだから」
:そっか。マサだけだったら、間違いなんか
:うわっ、性格悪っ
:それで、何でベオは正解したんだ? 問題も聞かずに
やっぱり、マサとユイトは面白い。きっとマサの意外性によって発案されて、ユイトの洞察力で形になったんだろう。ルミナと戦った時もそうだけど、簡単に予想を超えてくる。
ボクが気付くことが出来たのは、最初に大問二が十問しかないと伝えられていたからだ。もし、そのように言われてなければ、気付くことは出来なかった。
本当に、凄い人たちだよ。
「第九問――」
ボタンを押したのはほぼ同時。でも、音が鳴ったのは、ボクのボタンだった。
「この事務所」
「正解です」
:は?
:何の問題?
「問題は、僕の居場所は? という問題です。ノアさんが考えた問題ですね」
:ノア、この事務所のことをそこまで思ってたんだ
:いろいろあったようだしなぁ
ノアはそういう人だ。
いろいろあったけど、ノアはこの事務所のことをかなり大切に思っていて、きっと零たち三期生や社長たち二期生、そしてティアやルミナのことも大事に思っている。
だから、このような問題にすると思ってた。
そして――
「次は最後の問題です」
息が詰まる。
この問題を正解すればボクの勝ち。けれど、冴が正解すれば冴の勝ち。誰が作ったのかは消去法で分かっている。どんな内容かも、もう分かってしまっている。
……零の、最低の嫌がらせだ。そんな答え、ボクが認められるわけないじゃんか。
「だ」
でも、頭とは裏腹に、手が勝手にボタンを押していた。
分かっていた。零が作るなら、この問題しかない。そして、その問題の答えは、頭は冷酷に知らせてくる。
「……………………」
喉が焼けるみたいに熱いのに、声は一滴も出てこない。胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに痛くて、息を吸うことすら苦しい。
でも、言わなくてはいけない。冴のためにここまで頑張ってきたし、ここまでティアや後輩たちがつないでくれた。だから、ボクの悲願を成し遂げるためには、ちゃんと向き合わないといけないんだ。
「……ボクだ」
声は、限りなく小さかった。
「その問題の答えは、ボクだ」
言った瞬間、世界が静かになった。
ざわめきも、視線も、空調の音すら遠のいていく。自分の声が、あまりにも小さかったせいじゃない。
ただ――その言葉が、この場にいる全員の心臓を一瞬止めたんだ。
「正解です!」
社長の声が、スタジオに響く。
:おおー!
:正解したぞ!
:ベオの勝ちか!?
「私が一番お世話になったと思っている人物は? という問題で、ユイさんが考えた問題でした!」
:へー、ベオだったんだ
:アレほど嫌っているのにね
:ツンデレかな?
「ちっ」
零が舌打ちをする音が聞こえる。
当然だろう。彼女はボクのことを嫌っているはずだ。ボクは幼いころから零のことを煽り続けていたし、大切な姉の葬式をぶっ壊したんだから。
でも……一番お世話になったと思っている人物が、ボクだなんて……。
胸の奥が、きゅっと痛んだ。信じられない。信じたくない。なのに、否定できない。そんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、息が詰まる。
(……今は考えるな。願いを叶えるんだろ。演じることくらい、ずっとやってきたじゃないか)
「ということで、第九戦、ベオ・オーリスVSルミナ・セレスティア。八点対七点で、ベオさんの勝利です。また、この勝利により僕たち挑戦者側が、五勝四敗になりますので、僕たち挑戦者側の勝利になります!」
:おおー!!!
:おつかれー!!
:すげぇ、ルミナに勝つなんて
:凄いな
「まずは、ベオさんに今の気持ちを聞いてみましょうか」




