星の下で4
「はぁ、ムカつくほど星が綺麗だ」
あの後、ボクは日が暮れるまで空を見上げていた。
そうでもしないと、胸の奥に溜まったものが暴れ出しそうだったからだ。親族どもに対する怒り、美咲が死んでしまったことに対する悲しさ、零に拒絶された苦しさ。いろんなものが重なって、どうすればいいのか分からなくなっていしまう。
「ここに居たのか」
そうして、自分の気持ちに整理をつけていると、冴の足音が聞こえ、ボクの隣に立った。
何も言わない。でも、それは言わないんじゃなくて、言えないんだと理解することが出来る。それほどまでに、ボク達は互いのことを理解しあっている。
「あの後どうなったの?」
「誰も話すことなく、葬式を終えたよ。数ある葬式の中でも、トップクラスに酷い雰囲気だっただろうな」
「あはは……やっぱ、そうなるよね」
出来ることなら美咲の葬式は、幸せな物であってほしかった。
だって、美咲は死ぬのが早すぎたものの、死に方自体は彼女の望みそのものであり、妹のことを無傷で守り切ったのは敬意を表すに値することだったからだ。
でも、ボクが全部壊した。
(やめやめ、こんな思考はおしまい。後悔しても、過去は戻ってこないんだから)
そう自分に言い聞かせた瞬間、冴が小さく息を吐いた。
「……すまない」
「え? どうして冴が謝るの?」
「当たり前だ。私はあの時、何もできなかった。零を守ることも出来ず、すべての責任を莉緒に負わせただけだ」
そんなこと、気にしなくていいのに。
でも、それを口にすることは出来なかった。冴の口調は重く、何を言ったとしても、自分自身のことを許さないのは、効かなくても理解できていたから……ただボクは、見ているだけしか出来なかったんだ。
もし、ボクが何かを言えていたのなら、何か変わっていたのだろうか? そう思うことが、今でもたくさんある。
「なぁ、莉緒。私は決めたよ」
「決めたって何を?」
脳が聞くなと止めてくる。胸の奥が、さっきまでとは違う種類のざわつきで満たされていく。
冴は、星空を見上げたまま一度だけ深く息を吸って、そのまま軽く、されど重い決意を口にしたんだ。
「私は、星のような存在になろうと思うんだ」
意味が、分からなかった。
いや、意味は理解していた。でも、それを受け入れることが出来なかっただけなんだ。
「……それって、どういう意味?」
だから、ボクは聞き返したんだ。
ボクが推測してしまった冴の言葉の意味を、冴自身の口で否定してほしくて。でも、そんなことは起きなかった。
むしろ、冴の口で、その推測の正しさを……証明させてしまったんだ。
「星のような、誰もが見上げる目標になって、努力する人々の土台になり、私を踏み越えていく人を増やす。みんなが前に進めるようになれば、今日みたいに努力する人が踏みにじられることはなくなるはずだ」
その言葉を口にする冴の横顔は、静かだった。怒りも悲しみも表情には出ていない。
ただ、淡々と、まるで答えを確認するように語っていた。
冴は一度もボクの方を見ない。視線はずっと空の一点に向けられたまま。
まるで、自分がこれから向かう場所を確かめているみたいに。
(でも、それって……)
ボクが、その言葉を聞きたくなかったのは、冴が手の届かないほど遠くに行ってしまうからでも、ボクを見なかったからでもない。
冴がその決意を本当に成し遂げてしまえば――冴が、誰よりも孤独になるからだ。
誰もが見上げる目標になった星は、暗闇の中でひとりで輝くしかない。隣に立つ人なんていなくなる。
そして、みんなが冴を踏み越えて先へ進んでしまったら……その先の冴を見てくれる人は、もう誰もいなくなる。
(そんなの、許せるわけないじゃんか……)
冴は、誰よりも努力をしている。それは、小学生の時からずっと見ているボクだから保証できることだし、誰よりも知っている。
授業が終わっても帰らずに問題集を解いていた冴。
分からないことがあれば、納得するまで調べ続けていた冴。
誰かに褒められたくてやっているわけじゃなく、成長したいという理由だけで前に進み続けていた冴。
誰よりも努力していたのだから、誰よりも幸せになるべきだ。
冴には、無数の人に囲まれて、笑っていてほしい。だから、一人で輝く星なんかに、させたくない。
(けど、ボクだけじゃ、駄目なんだ)
ボクが努力すれば、全分野では無理でも、何個かの分野では冴の隣に立つことが出来る。
でも、それじゃ足りない。冴の側にいるのがボクひとりだけなら――冴の孤独は、決して癒えない。
(そっか、冴がそうするなら、ボクは別の方向で冴の理想を叶えてみせる)
冴が星になるのなら、ボクは――その星の下で、影になる。
冴が光で人を導くなら、ボクは違うやり方で人を動かす。
優しさでも、憧れでもなく、もっと原始的で、もっと強い感情で。
怒り。
悔しさ。
嫉妬。
負けたくないという衝動。
そういう燃料を与えてやれば、人は勝手に前へ進む。
冴の光に届こうとして、必死に手を伸ばすようになる。
冴が誰かに憎まれるくらいなら、ボクが全部引き受ければいい。
冴の光を曇らせるくらいなら、ボクが汚れ役になればいい。
――冴が孤独にならないのなら、すべての人間に嫌われても構わない。
「そっか、そういう意味だったんだね」
「……ああ、すまんな」
その声は、まるで何でもないことを告げるみたいに静かで。だからこそ、ボクの胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
この時、ボク達は初めて決別したんだ。
ねぇ、冴。君は安心してていいよ。
ボクが必ず、孤独から救って見せるから。
――そのためなら、冴に嫌われても構わない。冴が幸せなら、ボクが側にいる必要は無いんだから。




