もう一人の天才と、もう一人の凡人
そんなことがあって、ボク達は学校で常に一緒に過ごしていた。
そもそも、ボクには友達のような人はいなかったし、冴自身も誰かと関わろうという気持ちが皆無だったからだ。
ま、当然だ。小学生の時から相対性理論を勉強する人が、普通の小学生と話が合うはずがない。……ボクも理解できてるってわけじゃないけどね。
ま、そんな感じでボクの小学生時代は終わった。
この時には、ボクの煽り癖も収まりかけていたし、冴と出会う前みたいに嫌われることはほとんどなくなっていた。
――そして、次は中学生。ボクは、もう一人の天才と出会った。
「冴! 見てよ! 全教科三位だったんだけど!」
「順位なんてどうでもいいだろ」
「よくない! 冴の次はボク! それは紀元前から決まっていいるの!」
「生まれてないだろ」
相変わらず冴は冷たかったけど、それでも話は聞いてくれた。
ま、きっと少しは興味を持ってくれたのだろう。冴ほどじゃないけど、ボクも中学生にしては頭が良すぎたから。
「ね! 誰が二位を取ったのか探そうよ!」
「そんな暇があったら勉強しろ」
「いいでしょー。ほら、他人の勉強法を知ることが出来るんだしさ」
「……はぁ、分かったよ。私も行く」
嫌がる冴を何とか説得し、ボク達は前の定期テストで二位だった人を探し始めた。
二位の人は、同じクラスにはいなくて、他のクラスまで聞いて回る必要があった。でも、そんなこと気にならない。だって、冴の次というボクのポジションを奪った人物を探すためなんだ。その程度の労働は受け入れる。
「中間で二位だった人? それって日向さんのことを言ってるの? 変人だけど、それでも関わる気?」
「日向……ありがとね、教えてくれて。あと、変人ならある程度関わっているから安心して」
「まさか私のことを言ってるのか?」
小学生の頃から相対性理論を学んでる人は、十分変人だよ。そうに決まってる。
そして、ボクたちは日向美咲に出会ったんだ。
「ねぇ? 君が日向美咲?」
「え? そうだけど、貴方たちはだれ?」
「ボクは鏡見莉緒。この人は星見冴。中間の三位と一位だよ」
そう言うと、日向美咲は目を見開いて、ボクたちに近づいてきた。
「おっと」
「へー! 君たちがそうなんだ。なら、やっと理解してくれる人と出会えたかもしれない! 一個質問するよ」
「いいが、それは何だ?」
どうやら、冴も興味を持ったようだ。
まぁ、ボクより頭がいい人がする質問が気になるのも当然だ。
「よかった! 質問ってのは、この世でもっとも美しくて尊いものは何だと思う?」
「星」
「努力する人?」
「違う違う! 何も分かってない! 君達でも理解できていないなんて……。はぁ、これだから人間は駄目なんだ」
「主語でかいな」
美咲はボクたちの言葉に納得できなかったのか、露骨に落ち込んで肩を落とした。
そして、五分くらい落ち込んだ後、急にしゃきっとして、ボクたちに激情をぶつけて来たんだ。
「あのね! この世でこの世でもっとも美しくて尊いものは、わたしの妹に決まっているじゃんか!」
「……は?」
何をいってるのかわからない。……いや、きっと聞き間違いのはずだ。こんなバカなことを言う人がこの世に存在するはずがない。
「わたしの妹は、可愛くて、健気で、優しくて、ほんと食べちゃいたいくらい1」
「……冴、何言ってるのか理解できる?」
「……犯罪者予備軍ってことはわかった」
「なんで!?」
当たり前だ馬鹿野郎。特に、食べちゃいたいってどっちの意味だ? もしあっちの方なら……いや、どちらでも駄目に決まっている。
(……これにボクは負けたのか)
もし、ボクに勝った人物が、冴のように尊敬できる人物なら納得できた。
でも、このシスコンゴミ野郎に負けたのかと思うと、今までの努力が何だったのかと思えてくる。もちろん、これからも努力は続けていくつもりだけど、一瞬自分を疑ってしまったのは、隠しようもない事実だった。
「あのね……それを聞いて妹さんはどう思ってるの?」
「すっごく嫌われているけど?」
「……それなら辞めなよ」
本当に頭がおかしくて、関わってはいけないタイプの変人だとわかり、ボクは離れようとした。
けれど、冴はそう思わなかったのか……それとも、変人なことを受け入れてまで話して見たかったのか、その場から動くことは無かった。
そして――信じられないことを口にした。
「本当に、君が今回のテストで、ほとんど教科が私と同率一位の人物なのか?」
「え?」
冴が信じられないことを口にした。冴は、ボクが知らない情報を知っていて……いや、そっちじゃない。ほとんどの教科が同率一位だと言ったのだ。冴は、今回の中間テストのすべての科目が満点だった。
ソレと同率一位ということは――
「そうだよ? ま、現代文で一問間違えてしまったんだけどね」
「当然だ。言い方が悪いが、君のような変人が他人の気持ちを読み取ることが出来ると思えない。……これは莉緒にも言えることだがな」
「ボクは真面なんだけど!?」
「担任の不倫を暴いて拡散するような奴が……?」
うっ……確かにあれは心の底から楽しかったけど、冴と出会ってからは拡散してないし。
というか、なんで冴は知っているんだよ。一度も言ったことは無いぞ。
「うわー性格悪いね」
「うるさい! 犯罪者予備軍に言われたくない!」
「犯罪者予備軍って何よ! せいぜい、妹を一緒になりたいって思ってるだけだよ!」
「一緒になりたいってどういう意味で言ってんだ!?」
「……やかましいのが増えた」
そうして、ボクたちには新たな友人の日向美咲が出来た。
最後の最後まで、彼女の妹に対する愛は理解できなかったけど、それでも友人で会ったことには変わらない。だから……君が死んだことが、本当に許せないんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ね! 今日、わたしの家に来ない?」
「いいけど?」
「急にどうしたんだ?」
美咲と友達になって数か月たったとき、急に美咲がそんなことを言い出した。いつもは図書館とかで勉強しているし、誰かの家に行くことになっても「うちは無理なんだ、ごめんね」と言って、何があっても家に他人を招き入れようとはしなかったのに。
「だって、今日は両親が家にいない日だから」
「両親が? もしかして、仲悪いの?」
「うん、あのゴミ共は、妹のことを出来損ないとか言ってるから、大っ嫌い」
「……ああ、そういうタイプか」
それなら、両親をボクたちに会わせたくなかった理由が理解できる。この妹が好きすぎて犯罪者予備軍になっている美咲が、妹のことを貶している両親を好いている訳が無いし、それなりに大切にしているであろうボクたちと両親に合わせようとするわけがない。
でも、そんな環境の中で、妹のことを愛すことが出来ている美咲のことは、少し凄いと思う。……普段の言動さえなければ、完璧なのに。
「なにか手伝えることがある? 担任の不倫を暴いたこともあるし、それなりに役に立つ自信があるよ」
「はは……そこまでする必要はないよ。アレらについては、わたしが何とかするから。でも、もしわたしの妹が助けを求めたら助けてほしい。迷惑かけてごめんね」
「気に病まなくていい。美咲の話を聞いていると、その子のことは応援したいと思えているし」
「……まさかっ、冴も妹のことを狙っている?」
「はぁ……なんでもない」
最後の言葉さえなければ、完璧な姉だったのになぁ。ま、それが美咲らしいんだけど。
そうして、ボクたちは美咲に家に行った。その家は、外から見る限りは本当に普通の一軒家だった。
「お邪魔しまーす」
その家の中も、普通で何も特筆すべきところはなかった。娘に対して出来損ないというような大人でも、こんな普通の家に住むんだなぁ
「はい、わたしが作ったチーズケーキ。莉緒ちゃんほどじゃないけど、それなりにおいしい自信があるよ」
「あはは! ボクが作ったスイーツは最強だからね!」
「ああ、それは認める」
ボクの家にみんなが来るときは、ボクがスイーツを作っている。
その理由は、小学生の時に試しに作ってみたスイーツを冴が褒めてくれたからだ。それ以降、ボクは何度もスイーツを作って冴にあげているし、冴もそれを楽しみにしてくれる。
そのため、スイーツ作りは努力以外の唯一の趣味になっていた。
「うん、結構おいしいじゃん」
「ふふっ、それならよかったよ。莉緒に褒めてもらえるほどのできなら、妹も喜んでくれるよ」
「美咲の妹は食べてくれないのか?」
「食べはするよ。『わるくない」だけ言って、すぐに自分の部屋に戻るだけで」
「その選択は正解だと思うよー」
なにせ、妹の貞操を狙っているような姉だ。関わるのは出来るだけやめたほうがいい。
……いや、冴と同じでスペックが高すぎるから、つい気を許してしまっているだけかもしれないけどさ。
そんなことを考えていたときだった。
ふと視界の端で、近くのドアの隙間から何かが覗いているのが見えた。
――人間の眼。小さくて、怯えたような、でもこちらをじっと見ている眼。
(……やっぱり)
胸の奥がざわつく。
気になっていたことが、確信に変わりかけていた。
ボクは椅子から立ち上がった。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
「あ、出て右のドアだよ」
「そう、ありがとね」
(えーっと、こっちかな?)
ボクはリビングから出た後、トイレがあるドアを開けずに、その横にある階段を上り始めた。
ボクの予想が正しければ、この先にはきっと、あの子がいる。
(うーん、どこにいるんだろう? いや、美咲の両親のことを考えたら……)
ボクが無断で入ったのは屋根裏の部屋。
そこは狭かったが、ベットやタンスのようなものがあり、誰かが暮らしていることは簡単に読み取ることが出来た。
「おーい、出ておいでー」
誰かがいることはわかってる。だから、ボクは呼び掛けたんだ。
「……だれ?」
すると、ベットの下から小さな女の子が顔を出してきた。
その子は、小学生になったばかりくらいの背丈で、見るからに――細かった。
「ボクは、鏡見莉緒。君のお姉ちゃんの友達だよ」
「……なら、私のへやからでていって」
ボクがお姉ちゃんと口にすると、一目でわかるほど嫌な顔をして、ボクのことを部屋から追い出そうとしてきた。
なるほどね……普段の言動のせいで嫌っているのかと思っていたけど、どうやら別のことが理由だとは思わなかった。
「まぁまぁ、これをあげるから許してよ」
ボクは懐に隠し持っていたクッキーを美咲の妹に渡す。本来は、冴にあげる為に作った物だったんだけど、あまり食べていないことは分かっていたから、何かを食べさせないといけないと思ったのだ。
「う……それなら、ちょっとだけいていい」
妹は、そのクッキーを恐る恐る受け取って、ちょっとずつ口に入れていった。その姿はまるでリスのようで、美咲が可愛い可愛いという理由は理解できた。
「姉さんの味と似てる……でも、こっちのほうがおいしい」
「あはは! それは当然だよ。だって、美咲にスイーツ作りを教えたのはボクなんだよ。……あと、その調子だと、君はお姉ちゃんの作ったスイーツの味を判別できるほど気に入っているんだね」
「――ッ!」
「お姉ちゃんのことを嫌いだって言っているようだけど、実は好きなんじゃ――ごめんごめん、叩かないで」
どうやら、ボクの予想は当たっていたらしい。美咲から聞いた話だと、この家では両親が美咲と妹を比べている。
その結果、美咲ばかりが優遇され、妹は不遇な扱いを受けてきた。
だから、妹が美咲を嫌うのは正しい。姉の存在が、妹の苦しみの象徴になってしまっているのだから。
でも――ややこしいのはここからだ。
美咲自身は、両親のことを誰よりも嫌っている。そして、妹のことを誰よりも大切に思っている。妹を守るためなら、何だってするタイプだ。
だから、何度も助けられているのだろう。
その証拠に、体格を見る限り、十分な食事を与えられているとは思えない。けれど、言動を見れば分かる。この子は完全に飢えているわけじゃない。
つまり、そこから考えられるのは誰かが、こっそり食べ物を与えているということ。
その答えは一つしかなかった。
(美咲……学校の給食のパン、よく持ち帰ってたよね。あれって、やっぱり妹にあげるためだったんだ)
美咲の妹への愛は歪んでいて、褒められたものではないけれど、こういう面では良い方に働いていた。
「ボクは自己紹介したんだから、君の名前を教えてくれない?」
「……れい、日向零」
「それなら、零ちゃん。ちょっとだけボクと遊ばない?」
「べつにいいけど」
零はまだ警戒している。
でも、さっきまでの出ていってよりはずっと柔らかい声だった。
「じゃあ……これにしよっか」
ボクは部屋の隅に置かれていたオセロを手に取った。
それは、雑に置かれていたけど、丁寧に拭かれていて、埃一つ被ってなかった。まるで、嫌いだけど、好きでもあるもののように。
「オセロ……?」
「うん、お姉ちゃんとやってるでしょ」
「……うるさい」
ほらね。零ちゃんが暮らしている環境を思えば、親からこのようなものを買ってもらえるなんてありえない。それなのにここにあるということは、美咲が関わっているとしか思えなかったのだ。
「じゃ、始めよっか。先攻は譲ってあげるよ」
「どうも……」
(へー、年齢にしては、結構やるね)
零の実力は、年齢に対してはかなり高かった。
最初の一手こそ慎重だったけど、その後の打ち筋は迷いがなくて、石の裏返し方も妙に手慣れている。
けれど、それは才能なんかじゃなかった。
ボクが予想外の一手を打つと、零はぴたりと固まってしまう。
「……っ」
指先が震える。
迷っているんじゃない。知らない状況に対応できないんだ。
(ああ……やっぱりそうだ)
零の強さは、読みの深さでも、直感でもない。
美咲の打ち方を、何度も何度も繰り返し真似して、そのパターンだけを極めた結果の強さだ。
だから、美咲の癖に沿った手には強い。でも、そこから外れると一気に弱くなる。
「……どう、うてば……」
零は小さく呟きながら、必死に盤面を見つめていた。
その姿は、才能のある子ではなく、勝ちたい一心で努力し続けた子そのものだった。
(美しいなぁ。よし、決めたよ)
美咲が妹のことが好きな理由がよくわかる。だって、ここまで努力する子供なんて、そう中々見つからないんだから。
「その程度?」
「――ッ」
挑発する。これで零からは嫌われてしまうのだろうけど、彼女の輝きが無くなるよりかはずっといい。
「あのね、零の努力は効率が悪いんだよ。ただ美咲の真似をしているだけで、自分の力を全く伸ばせてない」
「そ、そんなことは!」
「そうでしょ。だって、ちょっとでも外れてしまったら、全く対応できないんだし」
「そう、だけど……」
零の眼に涙が浮かぶ。
でも、ボクは絶対に止まらない。
「努力ってのはね、闇雲にすればいいってものじゃない。自分自身の強みを理解し、自分に一番向いた方法で努力しないといけないんだよ。だから、君のやり方では一生美咲に勝つことが出来ない」
「……」
零は唇を噛んだまま、俯いていた。涙が今にもこぼれそうで、でも必死に堪えている。
その姿は、弱さじゃない。折れたくないという意地そのものだった。
「……じゃあ、どうすればいいの」
零か細い声。
でも、その奥にあるのは怒りでも悲しみでもなく、悔しさだった。
その強さに、ボクは微笑んだ。
「美咲の真似をやめて、自分自身の力を成長させていくんだ。零ならきっとできるよ」
言いたいことだけを言って、ボクは美咲たちがいるリビングへと戻ろうとする。
今はこれだけで十分。ここから先は、零自身の問題だ。
「え? まだおわってない」
「終わっているよ。今の零では、ボクに勝つことは出来ないんだし。でもね、ボクはまたここに来るよ。その時に、もう一度零のことを叩き潰してあげるから」
「――っ。つぎは、まけないから」
「あはは! 楽しみにしてる」
そう言って、ボクは屋根裏部屋を後にした。
これが美咲の妹で、後の月夜ユイでもあり、ボクにチャンスを繋いでくれた人物との出会いだった。




