Fromノア&ユイ3
怖い……本当に怖い。
僕はまだ、過去の傷が癒えたわけでない。
ユイやニヤさん、それに同期のみんなに社員の皆さん……そして、莉緒さんのおかげで、前を向くことが出来た。
でも、本質的には何も変わっちゃいない。
僕は結局、僕のままだったんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【お知らせ:残り五分になりました。マップの範囲が狭くなります】
「くっ……」
街を囲っていた壁が迫ってきて、マップが少し狭くなった。
つまり……逃げ道が減るということだった。
(……最悪だよ)
ただでさえアイテムを使ってしまったのに、逃げ道が少なくなるなんて……いや、泣き言を言ってる暇なんてない。どうにかして、逃げないと。
けど――
「見つけたよ」
「――ッ」
正面からルミナ先輩が現れる。どうやら、先回りをされていたようだ。
もう、発光の効果は無くなっているのに。
「どうしてここが?」
「君たちならこっちに来ると思ってね。予想が当たってよかったよ」
(これだから、ルミナ先輩はいやなんだ)
ただでさえ、キャラコンの差があるにもかかわらず、頭脳の面でも圧倒的な差を見せつけてくる。だから、搦め手が通用せず、正面から叩き落されてしまうのだ。
「逃げるよ!」
横にいたユイが、足元に俊敏のスプラッシュポーションを使って、僕に俊敏の効果を与える。
本当にありがたい。確かに頭脳と技術に大きな隔たりがある。けれど、これはゲームの中。足の速さなどは全く同じだ。
(そうだ……現実世界なら差が生まれてしまうことも、ここなら差を埋めることが出来るんだ。それを利用して――)
けれど、僕たちが出来るようなことは、ルミナ先輩も出来て当然だった。
ルミナ先輩は、僕たちが俊敏のポーションを使ったのを見て……いや、それよりも早く、俊敏のポーションを使って僕たちを追い始める。
結果的には同側になったが、初動の差があったため、距離は少しだけ縮まってしまう。
(距離が縮まったっ……でも、まだ逃げれ――)
その時、僕の背後に何かが当たる音がした。
「タッチ」
音が鳴り緑色の光が周りに散らばっていく。
ずっと片手に持っていた身代わりのトーテム。それが起動したのだ。
:は?
:え? どうやって追いついた!?
:意味が分からない
「そんなアイテムもあったんだ」
「大丈夫!?」
「うん、身代わりがあったから何とか……」
距離はまだ十分あったはず……なのに、どうやってルミナ先輩は僕に追いついたんだ?
「方法が気になるのか?」
「は、はい」
「良いよ、教えてあげる。鬼用のアイテムの中に、着弾するとワープをするアイテムのパールが含まれていたんだ。それを投げて、君の背中に直撃させただけ。後は、ワープした後に、背中をタッチする簡単な仕事のみ。単純で簡単なことだよ」
どこが単純で簡単だ?
走っている相手にパールを直撃させるなんて出来るわけない。パールは、矢とは違って弾速が遅く、重力の影響も受けるから、狙った位置に当てることはかなり難しいのだから。
「でも、パールを一個使わせたんだ。差し引きでプラスだよ」
「身代わりのトーテムの方が重要だと思うけど?」
「うるさいです! 僕がプラスだと思えばプラスなんですよ!」
「ノアちゃん、無茶苦茶だよ……」
:大先輩にうるさいって言った……
:無茶苦茶だ
:まぁ、プラス思考なのはいいこと……なのか?
【残り時間、四分になりました】
まだ四分……一秒一秒が長く感じる。誰か時の流れを遅くしてない? そうじゃないと、この現状に納得できないんだけど。
「ユイ、パール持ってる?」
「一個だけなら持ってるけど」
「それなら、跳ぶよ」
:今?
:距離近いし、妥当かな
:でも、これでノアの持ってるアイテムが一個だけになったよ
パールの着地音が遠くで弾け、視界が一瞬だけ揺れる。
次の瞬間には、さっきまでいた路地が遥か後方に小さく見えていた。
(……助かった)
胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。
でも、それは逃げ切れたという安堵じゃない。まだ終わっていないという現実が、すぐにその隙間を埋めてくる。
「急いで移動しないと、あの人なら一瞬で詰めてくる」
「そ、そうだね。でも、ノアちゃん……」
「いいから、すぐに動くよ」
――怖い
常に動いて、ワープした場所から出来るだけ離れていく。
足が勝手に前へ前へと進む。止まったら終わる。振り返ったら捕まる。そんな確信だけが、背中を押していた。
【残り三分となりました。マップがさらに狭くなります】
マップがさらに狭くなる。でも、これなら何とか逃げることができ――るわけないか。
「また会いましたね。ルミナ先輩」
「そうだな。運が良かったよ」
「嘘つかないでくださいよ」
:マジかっ
:でも、後三分、どっちか片方が生き残れば勝ちだよ
:あと少し!
「ノアちゃん」
「どうしたの?」
「残り時間も少なくなったし、ここらでいったん別れない?」
「了解!」
そうして、僕は大通りの方に、ユイは細かい路地裏の方へと別れた。
ユイと別れた瞬間、胸の奥がひどく冷たくなった。
さっきまで隣にあった温度が、急に消えてしまったみたいで。
(大丈夫……ユイなら大丈夫。僕が信じないでどうする)
そう言い聞かせながら、大通りへと飛び出す。
視界が一気に開け、建物の影が遠ざかる。
でも――。
「ノア。ひとりになったね」
その声は、風よりも静かに、背後から届いた。
「……っ!」
振り返る勇気なんてなかった。でも、振り返らなくても分かる。
ルミナ先輩は、もうそこにいる。
:ひとり狙いに来た
:ルミナの声が怖すぎる
:ここからが本番だろこれ
(ユイを狙わなかった……? 路地裏に行かれたら、居場所がわかりずらくなってしまうのに)
てっきりユイの方を狙うと思っていた。だからこそ、あのアイテムを渡していたのに。
「ユイの方に行くと思った?」
「……はい」
「行かないよ。路地裏は行き止まりが多いし、時間稼ぎには向いてる。それに――妨害アイテムを持ってるのはユイだろう?」
「……っ」
「でもね、ノア。逃げ切る気がある方を先に落とすのが、一番効率いいんだよ。ユイは囮。君は本命。だから、君を追うのは当然でしょ」
「正論過ぎて、何も言えませんよ……」
:まじか
:でも、逃げ切ればいいだけだから!
:頭脳だけの勝負じゃない!
(こうなったら、一秒でも早く逃げないと)
――怖い
僕は逃げ続ける。
けれど、足音が消えない。
どれだけ走っても、背後の気配は薄くならない。
いや……
「ごめんね、時間が無いんだよ」
「俊敏のポーションっ」
ガラスの割れる音が、背後で鋭く響く。ルミナ先輩は、まだアイテムを隠し持っていた。
次の瞬間、空気が変わる。
(……速い)
ただでさえ、技術の違いで追いつかれるのに、基礎速度さえ上回られた。
そしたらもう、逃げ切れるわけがない。
足が止まりそうになる。視界の端が暗く沈み、胸の奥が冷たくなる。
ワープの起点も、逆転の切り札も、もう手元にはない。
逃げるための選択肢が、音を立てて消えていった。
(ごめんね、ユイ。僕はここまでみたい。後は、任せるよ。――信じてるから)
振り返る。
そこにいたルミナ先輩は、もう手を伸ばせば届く距離だった。
僕は震える指で、とあるアイテムを選ぶ。
――自爆のリンゴ。
ずっと怖かった。
信じることが。
裏切られることが。
また傷つくことが。
でも。
(このままじゃ、何も変わらない)
ユイたちの優しさに甘えていたら、 僕は一生、殻の中のままだ。
(怖い。怖いけど……!)
震える指で、リンゴを握りしめる。
胸の奥で、何かが弾けた。
爆発が起きた。
白い光と衝撃が、僕とルミナ先輩を包み込む。
「……君が、それを選ぶとはね」
ルミナ先輩の声が揺れる。
読み切れなかったのだ。
僕がユイを信じて、すべてを託す選択を。
(あはは……言っちゃえ。言ってしまったら、きっと最高に楽しいから)
胸の奥が熱くなる。
太陽みたいに、熱くて、眩しくて。
「ははっ! ルミナ先輩、どんな気持ちですか!? 僕の成長を読み切れなかった、今の気持ちは!」
ベオ先輩の挑発癖が移った気がする。でも、そんなことどうでもいい。
何年も前に捨てた信じるという気持ちを、やっと拾うことが出来たんだから。
僕はこれで脱落する。代わりに、ルミナ先輩は一分間動けなくなる。残り三分を切っているこの状況では、それが致命的だ。ユイなら、きっと逃げ切ってくれる。
「……こうなるとはね」
読み切れなかった。
読み切れないはずがなかった。
僕という人間を、正確に理解していたからこそ。
「……君が、誰かを信じて、後を託すなんて」
ルミナ先輩の言葉が、かすかに揺れる。
その揺れが、逆に胸を熱くさせた。
きっとユイが側にいたのが、読みを外す最後の一手になったのだろう。
だって、ユイはいつも僕のことを見ていて、いつも僕のことを守ろうとしていたんだから、囮になるのなら、それはユイに決まってる。
(でも、それが勇気を振り絞る切っ掛けになったんですよ。ずっと守られるだけじゃなくて、対等な位置に立ちたかったから)
【お知らせ:残り二分になりました】
【お知らせ:残り一分半になりました】
ルミナ先輩が動き出す。
持っているアイテムを全てを駆使して、ユイに追いつこうとする。
(全部使うつもりだ……ユイを追うために)
【お知らせ:残り一分になりました】
ルミナ先輩がユイの姿を捉える。
けれど――
「すみません、ルミナ先輩。ノアちゃんのために、捕まるわけにはいかないんですよ」
ユイが、すり抜けのポーションを使う。効果は、二十秒間壁をすり抜けることが出来るようになること。
そして、ユイが今いる場所は路地裏。壁が多くあり、すり抜けることのできないルミナ先輩は、ユイに追いつけない。
「――ッ」
ルミナ先輩は、鬼用のアイテムであるブロックを使って壁を駆け上り、宙を舞って移動し始める。
建物と建物の間は、テリーブリッチのような神技を駆使することで時短しており、天才という称号をそのまま表していた。
【お知らせ:残り三十秒になりました】
けれど、それでも足りない。
僕の作った一分という時間は、どうしようもなく致命的だった。
そして――
「終了ー!」
ベオ先輩の声が響き、街全体の空気がふっと緩んだ。
追う音も、逃げる足音も、すべてが一斉に止まる。
ルミナ先輩は、最後の一歩を踏み出す直前で動きを止めた。
その表情は、悔しさでも怒りでもない。
ただ――静かに、驚いていた。
「……負けた、か」
:勝った……?
:うおおおおおおおお!
:四勝四敗、ついにならんだ!
「ノアちゃん!」
「えっ?」
「勝ったよ!」
「ちょ、ちょっと止まって!」
ユイが勢いよく僕の手を掴んで、そのままぐるぐると回し始める。
嬉しいのは分かるけど……いや、分かるけど……!
「ちょ、ちょっと止まって! 目が……!」
視界が回って気持ち悪くなってくる。
でも、ユイの手は震えていて、離す気配がない。
「ノアちゃん……わたしを信じてくれて……ありがとう……!」
さっきまでの明るい声とは違う。
息が震えていて、涙が混じっていて、胸に刺さる。
「……うん」
「でも、どうして信じてくれたの……? ノアちゃん、ずっと……ひとりで抱え込んでたのに……」
ユイの問いに、喉が詰まる。言葉がうまく出てこない。
でも、逃げたくなかった。
「こうしないと……勝てないと思ったし……」
そこまで言って、言葉が止まる。
胸が熱くて、顔が熱くて、視線を合わせられない。
「……それに……守られてばっかじゃ……嫌だったんだ。ユイの……隣に、立ちたかったから」
言った瞬間、耳まで熱くなる。
絶対真っ赤だ。
恥ずかしすぎて死にそうだ。
でも、ユイは――
「……っ、ノアちゃん……!」
涙をこぼしながら、ぎゅっと僕の手を握りしめた。
その手は温かくて、震えていて、でも力強かった。
「でも、さっきの発言は駄目だよ」
「えっ?」
「さっき、ルミナ先輩のことを煽ってたでしょ。ベオ先輩の真似なんて、絶対にしたら駄目だから」
「あー、その……えっと……」
いや、それはそうなんだけど……ちょっと気持ちが高ぶっただけだから目を瞑ってほしい。
……あと、ユイのセリフも大概悪いと思う。
そんなやり取りをしていると――
「アハハッ! ボクの血肉は、慈愛で作られているというのに、真似をしたら駄目ってどういうことかな?」
すぐ横から声が飛んできた。そうだ、ベオ先輩は司会だから、試合中ずっと近くにいたんだった。
僕たちが気づいていなかっただけで、距離は最初からゼロに近い。
「挑発を吐いて生きているからだ」
ルミナ先輩が、ため息混じりに返す。
その表情は悔しさでも怒りでもなく、どこか呆れたような、でも楽しそうなものだった。
「二人とも、おめでとう。特にノアには驚かされたよ」
「えっと……あの時の発言ですけど――」
「別にいいよ。気にしてないし、それくらいでちょうどいい」
「あ、ありがとうございます」
こうして、僕たちの戦いは終わった。
これで、四勝四敗――僕たち三期生の力で、巻き返したんだ。
そして――
「第八戦は、月夜ユイ&朝霧ノアの勝利――!」
最後の戦いは……。
「次は第九戦、このボク! ベオ。オーリスVSルミナ・セレスティア! これで、全てが決まるよ!」
ベオ先輩は、一息吸って、カメラに向かって丁重にお辞儀をする。
「ぜひ、ご覧あれ」




