Fromノア&ユイ2
あらから、僕たちはなんとか逃げ切ることが出来ていた。
何分経ったのか分からないけど、呼吸の速さと、心臓の音だけがやけに鮮明だった。
(きついな……)
アイテムを使って、何度かルミナ先輩を撒くことは出来ている。でも、それはその時だけのこと。隠れていても、少ししか時間を稼げなくて、すぐに見つかってしまう。
そのせいで、せっかく集めたアイテムも、かなりの量が無くなってしまっていた。
(ほしいアイテムも見つかってないし……もっと探索しないと)
絶対とは言い切れないけど、あのアイテムが無いと勝つことが出来ない。
もちろん、アイテムがあっても負ける可能性はあるけれど、あるとないとじゃ、明確な違いが出てしまうほどに。
でも、それを探したせいで、ルミナ先輩に見つかってしまうのは元も子もないし……この場合の正解は、全く分からなかった。
その時――とあるメッセージがチャットに届いた。
――――――――――――――――――――
七分が経過しました。クエストが開始されます。
――――――――――――――――――――
(……クエスト?)
画面の端に、新しいウィンドウが表示される。
そこには、見慣れないアイコンと、短い説明文。
【クエスト:都市のどこかに隠された特別アイテムを入手せよ】
【報酬:逃走側に有利な強力アイテム】
【制限時間:三分】
【追記:残り時間が八分になりましたので、マップの新機能を開放しました】
(これだ……!)
「ノアちゃん、どうする?」
「もちろん探す!」
「おっけー!」
派手に動き回ると、ルミナ先輩に捕まってしまうリスクが大きくなってしまう。
でも、それよりも得られるリターンが大きすぎて、悩む暇なんて少しも無かった。
「そうくるんだ。ま、私のするべきことは変わらないけど」
ルミナ先輩は、僕の選択に対して、そのように呟き、僕の居場所を探し続ける。
あの透明化以来、一度も鬼用のアイテムを使ってこないけど、それがまた不気味だった。
(鬼用のアイテム……ある程度説明されているけど、その詳しい性能までは知らない。油断はするべきじゃないよね)
負けないために準備するのは当たり前。十個でも、百個でも、出来るだけ多くの準備をしておくべきだ。その中で一個でも使えれば御の字なんだから。
(持ってるアイテムは……)
今残っている逃走者用のアイテムは、パール一個と、移動速度上昇のポーション、そしてこの戦い専用のアイテムである身代わりのトーテムのみ。
これを使って逃げれるのは、三回だけ。しかも、身代わりのトーテムを除けば、ルミナ先輩が持っているアイテムで相殺されるかもしれない。
(まずいよね……。でも、やるしかない)
そう思った、時だった。
「あっ」
「見つけたよ」
道を曲がった先で、ルミナ先輩と向かい合う。
どうやら、見つかってしまったようだ。
:あぶない!
:見つかった!
:逃げろ!
(運が無い!)
僕は急いで振り返り、来た道では無い方へと走っていく。この先は行ったことが無く、道止まりかもしれないけれど、ミッションのアイテムがあるかもしれないから、多少のリスクを許容すべきだ。
(最短、最短の道を探れ……!)
ルミナ先輩相手にミスを気にする余裕なんて無い。
たとえ足場が安定していなくて、ちょっともミスで落ちてしまうルートであっても、その道を選ばないといけないんだから。
(まだ、追ってくるの……?)
いくら逃げても、ルミナ先輩との距離は離せなかった。それはそうだ。ルミナ先輩は僕なんかよりずっと上手で、距離を詰めれられなかったことを褒めてほしいくらい。
クエストが終わる時間は少しずつ近づいてきているから、仕方がない……アイテムを――
そんな時だった。
「おっと」
「……っ、今の避けれるの!?」
近くのビルから、ユイが鈍化の矢をルミナ先輩に向かって撃った。
「ユイ!」
「逃げて! まだ矢はあるから!」
二射目、三射目……ルミナ先輩は、それらを見てから避けていく。
でも、そうしている間にも僕との距離は伸びていき、やがて曲がり角まで辿り着き、ルミナ先輩を撒くことに成功した。
「いったん合流しよう」
「おっけー。わたしもルミナ先輩を撒きながらそっちに向かうよ」
:ナイス!
:さすがのサポート力!
:いいところにいるな
今のはありがたかった。
アイテムの重要度で言えば、今の矢に比べて、僕の持ってるアイテムの方がずっと上だったから、それを消費せずに済んだ現状はほぼ理想の状態だ。
欲を言うなら、鈍化の矢をルミナ先輩に当てたかったが、あの視野の広さだと、よほどの意表を突かない限り無理だろう。
(残りのクエストの時間は……)
ルミナ先輩に追われていたせいで、残り時間がかなり短くなってしまい、アイテムを手に入れることが出来るのが、あと五十秒になっていしまっていた。
五十秒で、アイテムを探す……難しいな。
でも、見つけるしかない。泣き言を言ったって、何も変わらないんだから。
「そう来るなら、こちらも使うか」
その時、ルミナ先輩が鬼用のアイテムを使用した。
――発光――
画面が一瞬だけ白く弾け、次の瞬間には僕とユイのキャラが淡く光り始めていた。
壁越しでも、ビル越しでも、どこにいるのか丸わかりになる最悪の状態。
(……やられた)
胸の奥がぎゅっと縮む。逃げ道を探す前に、逃げていることすら無意味になるような感覚。
ルミナ先輩は、クエスト開始のタイミングでは無く、あえて遅らしてアイテムを使うことで、僕たちにアイテムを消費させることを促してきたのだ。
ユイのおかげで、僕のアイテムは消費せずに済んだが、それでも鈍足の矢を使ってしまったことには変わりない。
「ノアちゃん、急ごっ!」
「うん……!」
ユイの声で、なんとか足を動かす。
あと、五十秒。でも、場所は常にバレているから、足を止めている時間は無い。
(このままで、いいのかな?)
このまま走れば、逃げ切ることは可能だろう。でも、クエストによるアイテムは手に入れることが出来ず、今後はかなり不利になる。
でも、今は追われている状況だ。ゆっくり探している時間なんて無い。
(こうなったら、こうするしかないか)
「ユイ、こっちに来て」
「え? どうしたの?」
「いいから!」
(社員さんの思考を読み取れ……! 僕が社員だったら、アイテムが入っているチェストを――)
走りながら、必死に頭を回す。このマップを作った社員さんたちの癖、実際に話した印象、ピースはしっかり揃っているんだから、きっと場所を読み切ることは出来るはず。
どこだ……
どこだ……
どこだ……
(もしかして……)
先ほどのクエストのお知らせに、追記としてマップの新機能を開放すると書いてあった。つまり、これがヒントになるはずだ。
そして、このマップを作った社員さんは、コマンドなどが得意であったはずだから、きっとそういう方面で拡張性を示している。そして、この鬼ごっこにおいて、面白い新機能とは……。
「ここ」
勢いよくマンホールの上に乗る。
すると――
「え?」
後ろでユイが呟いた。それはそうだろう、マンホールの上に乗ると、別の位置にあったはずのマンホールの上にワープしていて、ルミナ先輩と大きく距離を開けていたからだ。
(マンホールなのは賭けだったんだけど……ま、正解だったからいいか)
:なんで!?
:もしかして、これが新機能?
:どうしてわかったんだ?
「ノアちゃん、これはどういうこと?」
「マップの新機能だよ。これを作った社員さんって、かなり技術力が高い人だから、ワープみたいなギミックを作ったんじゃないかなって」
そして、クエストと表記するのなら、きっとこのギミックを利用することを促す物であるはずだ。
だから、たぶん隠された特別アイテムはこの近くにある。
(ユイも察してくれたのか、マンホールというワープポイントを言わなかったから、ルミナ先輩が気が付くのはもう少し後のはず。だから、探す時間は十分にあるはずだ)
周りを見渡して、息を整える暇もなく走り出す。
ワープで距離は稼げたけれど、発光はまだ続いている。
油断すれば、すぐに追いつかれる。
(この近く……絶対どこかにあるはず)
「ノアちゃん、どこを探すの?」
「この辺り全部! でも……特に怪しいのは――」
視界の端に、ひとつだけ違和感があった。
ビルの壁に並んだ換気口。
その中のひとつだけ、わずかに影の落ち方が違う。
(あれ……奥に空間がある?)
僕は駆け寄り、しゃがみ込んで覗き込む。
「……あった!」
換気口の奥、ブロック一つ分の隙間に、小さなチェストが埋め込まれていた。
:そんなとこに!?
:社員の悪ノリがすぎる
:ノアの観察力やばすぎる
:これ絶対見つからんやつ
「ノアちゃん、ナイス!」
「よし、さっそく中身を見てみよう」
このチェストの中に入っていたアイテムは三つ。
吹っ飛びボール:鬼にぶつけると、使用者から八十マス以上離れたランダムな位置へとワープするアイテム
自爆のリンゴ:使用すると、使用者の体力が無くなり、脱落する。その代わり、半径2マスに爆発を起こし、爆風に触れたプレイヤーを一分間停止させる。なお、検証では避けられるケースも多かった。
すり抜けのポーション:使用すると、二十秒間の間壁をすり抜けることが出来るようになる。
「ノアちゃん、どのアイテムがほしい?」
「えーっと、これは必ずほしいかな」
「なら、残り二つは分担し持とうか」
その刹那――。
「ユイ、危ない!」
僕は躊躇いも無く、先ほど手に入れたアイテムを使用した。
そこに、躊躇いなんてものはない。
「へぇ、こんなアイテムもあるんだ」
すぐ近くまで来ていたルミナ先輩に、吹っ飛びボールがぶつかり、どこか遠くの方へワープする。
そのおかげで、ユイは無事だったけど……。
「ノアちゃん、ほんとに……ありがとう」
「いいよ、さっきは僕が助けて貰ったんだし。でも、なんでここまで……」
ルミナ先輩との距離はもっと離れていたはずで、この短時間でここに来ることなんて出来ないはずだ。
:あっぶな!
:ノアナイス!
:どこから出て来たの!?
:ワープしたみたい……
(ワープ? もしかして)
「ルミナ先輩、もう気付いたんですか?」
「気づかないと思った? 甘いよ、ノア」
その声は、息ひとつ乱れていない。
まるで散歩の途中で僕たちを見つけたかのような、余裕のある声だった。
「でも、躊躇いもなくアイテムを使用したのは、かなりの高評価だよ。あれさえなければ、ユイを捕まえることが出来ていた」
「どうも、褒めてくださって、僕もうれしいですよ」
そんなことを言うが、さっきのは致命的だった。
五分以上残っているのに、もう強力なアイテムを一つ使ってしまった。この吹っ飛びボールなんて、残り時間が少ない時に使うと勝ち確になるようなアイテムだったのに……。
(いいや、ないものねだりしている時間なんて無い。次の行動に移らないと……)
そうして、僕たちはまた走り出す。
怖い、本当に怖い。……だって、僕は僕を超えないと、ルミナ先輩に勝てないことを改めて実感させられたから。
「ノア。次は、どんな手を見せてくれるのかな?」
その声音には、焦りも怒りもない。
ただ純粋に楽しんでいる気配だけがあった。
(……負けたくない)
「ユイ、勝つよ」
「……うん、わかった!」
残り時間は、まだ五分以上。
アイテムは減り、ルミナ先輩は本気を出し始めている。
それでも――まだ終わりじゃない。




