Fromシュウ
「さて、次の戦いに行こうか」
ティア先輩たちを見送った後、ベオ先輩は軽く手を叩きながら声を上げた。
その声音は、さっきまでのディーラーのものではなく、狂狼としてのテンションを少しだけ含んでいる。
そのおかげで、スタジオの空気が、また一段階引き締まった。
「次は――シュウ、君の番だよ」
「ふふっ、そうね。気を引き締めて、妹に挑まないと」
「……ルミナは君の妹じゃないんだけどね」
:狂狼が引いてる……
:まぁ、出会う人全てを弟や妹認定する人だから、気持ちはわかる
:汝は妹!
「それで、君はどうやって挑むのかい?」
「ジェンガよ」
:ジェンガ!?
:緊張系きた
:静かに燃えるやつだ
:ルミナ vs シュウでジェンガは絶対面白い
「ジェガ、か」
「そうよ。お互い緊張とは無縁の人だから、面白い勝負になると思わない?」
:だよな
:どっちが勝つんだろう?
「アハハッ! 面白いね。ボクなら一瞬で負けてしまいそうだ!」
「お前は必死に積み上げたものを壊すのが好きだからな」
「アハッ! やっぱりルミナは僕のことを分かってるね」
:終わってんな、コイツ
:ルミナのツッコミが正論すぎる
:ベオはジェンガ向いてないのは確か
「まぁ、ベオは置いておいて……」
ルミナが静かにジェンガタワーへ視線を向ける。
その瞬間、スタジオの空気がまたひとつ締まった。
「さぁ、始めようか。お互いに準備時間はいらないだろう?」
そうして、闘いの火蓋が切られた。
――――――――――――――――――――――――
「そう言えば、みんなはジェンガをやったことがあるのにゃ?」
二人の戦いを見ていた時、ニヤさんがそんなことを口にした。
「僕は無いですね……」
「私も無いです」
僕とユイはやはりやったことが無かった。まぁ、家庭の事情もあるし、互いに友人がいない人生を送っていたから。
「俺も無いな」
そして、コウジ先輩もそんなことを口にした。
「え? コウジ先輩もやったことが無いんですか?」
「正確に言うと、一回だけやったことがあるが、一瞬で崩してしまってもう二度とやらないことにした」
「コウジは精密な動きが出来ないからねー」
「それは、アンタもでしょ」
コウジ先輩の言葉に、ヒナタ先輩とツバサ先輩が続いた。
「え? ツバサ先輩も苦手なんですか?」
「苦手っていうか……あれ、地味に集中力いるじゃん? わたし、途中で飽きるんだよねー」
「飽きるんですか……?」
「飽きるな。あれは筋肉トレにならないから」
「なんで、筋肉のことばかり考えているんですか?」
僕が思わずツッコむと、コウジ先輩は当然のように胸を張った。
「筋肉は裏切らないからだ」
「ジェンガは裏切らないですよ……?」
「いや、裏切るぞ。あれは繊細すぎる。筋肉の力強さを見習ってほしい」
「ジェンガに力強さを求める人初めて見ましたよ……」
うん、僕には理解できない感覚だ。男性であるマサさんやユイトさんは理解できるかもしれないが、僕には到底出来そうもない。
え? 前世は男性だろって? うるさい。
「ついでに言うと、アタシは好きだよ」
「ツバサ先輩が? 少し意外です」
「ノアちゃん、どうせろくでもない理由だから聞かなくていいよ」
「ユイ、アタシのことを何だと思ってるの? 理由って言っても、ドキドキしてる女の子の顔を堪能できるからっていう程度だしさ」
うん、聞かない方がよかった。
「……ツバサ先輩、それアウトですよ」
「え? なんで? 可愛い子が緊張してる顔って最高じゃん?」
「最高じゃん? じゃないですよ……」
:こいつら、何話してんだ……
:二期生は駄目だな。やっぱり三期生じゃなきゃ
:一期生がマシだと思えるのは異常なんだよな……
:社長は普通だから!
「それにしても、中々決着がつかないな」
「そりゃ、お互いに緊張なんてしない人たちだから、ミスをするはずがないだろ」
ユイトさんとマサさんが言う通り、シュウ先輩とルミナ先輩の勝負は、まったく動く気配がなかった。
タワーは微動だにしない。
しかも、詰み直された場所も正確で、一向に決着がつく気配が無かった。
「あの二人は凄いよねー。ボクなら今頃倒しているよ」
「ベオ先輩はやったことあるんですか?」
「一回、ルミナたちが作ってるタワーを横から壊したから、二度と触るなって言われた」
「最低ですね」
「アハハッ! でも楽しかったよ?」
「楽しいとかじゃないんですよ……」
:狂狼はジェンガに触れちゃいけない
:破壊衝動が抑えられないタイプ
:ルミナに禁止されてるの草
:ベオはゲームの敵
「ベオは馬鹿」
「あっ、ティア先輩に社長、戻って来たんですね」
「すみません、迷惑をかけてしまって」
「大丈夫大丈夫、社長がいなくてもアタシが何とかするから!」
「変態発言してましたけどね」
ユイの冷静な指摘に、ツバサ先輩が「えっ?」と素で驚いた顔をした。
「変態じゃないよ! ただ、可愛い子の緊張した顔が好きなだけで――」
「それを変態って言うんですよ」
「ユイ、辛辣すぎない?」
:ユイの正論パンチ
:ツバサの言い訳が言い訳になってない
:二期生の治安が悪い
「……で、状況はどう?」
ティア先輩がタワーの方を見ながら言う。
その声は、さっきまでの戦いの余韻を引きずっているのか、少しだけ低い。
「全然動かないですね。お互いに緊張しないから、ミスが出る気配がないです」
僕が答えると、社長が小さく頷いた。
「あの二人なら当然ですね。メンタルが一番安定してますから」
「え? ボクは?」
「……私は?」
「……ベオさんは狂ってるし、ティアさんは人見知りでしょうに」
:うん
:自分の世界で生きてる人たちは黙ろうか
:これだから一期生は……
「まぁ、ルミナの勝ちだよね」
「だろうね、あれはわかりやすい」
すると、急にティア先輩とベオ先輩がそんなことを言い出した。
「えっ?」
僕だけじゃない。
周りの三期生も、社長も、ユイトさんも、全員が同時に固まった。
:急に未来視始まった
:なんで断言できるんだよ
:この二人だけ別ゲーしてる
:一期生の感覚は信用できない
「……どういう意味にゃ?」
ニヤさんが恐る恐る聞くと、ティア先輩は肩をすくめた。
「ベオに聞いて。私は勘だから」
「えっ、勘なんですか!?」
ユイが素で驚く。
ティア先輩は本当に悪びれず、さらっと言ってのけた。
「うん。 でも、私の勘って外れたことないから」
ティア先輩は本当に何でもないように言った。
その言い方があまりにも自然すぎて、逆に怖い。
「べ、ベオさん……」
「うーん、言ってもいいけど、面白くないから言わないでおこうか。そのうちわかるし」
そして、シュウ先輩が手を止めた。
――――――――――――――――――――
(どうしようかしら……これは、やられちゃったね)
その理由は簡単。よく見ないと気付くことが出来ないトラップが無数に存在したからだ。
ルミナがブロックを引くとき、隣にあるブロックに少し触れながら引くことによって、ほんの少しだけブロックをずらしていたのだ。
そのせいで、普通ならとっても大丈夫なブロックでも、取ってしまうと崩れるようになっている。そして、それは私の位置から見えにくいようなずれ方をしているのだ。……それが本当に厄介。
(さっすがルミナ。自慢の妹だよ)
自慢の妹じゃない妹なんていないけど。そんなことを思いながら、大丈夫そうなブロックを取っていく。
(これはだめ……これも、これもかな?)
しかも、これは計算のもとに成り立っているのだ。重力や摩擦、タワー全体の重心――そういった物理的な要素を、ルミナは完全に把握している。
(ほんと、あの子は……)
横に並ぶ人がいないほどの天才。かつては、互角の天才はいたらしいけど、その子はもう死んでしまった。
だから、あの子はきっと独りなのだろう。
(まぁ、きっとルミナ自身もそうなることを望んでいるから、一概に悪いこととは言えないけど。……だから、あの不器用すぎる子があんなことをしていると思うと、ちょっと叱らないといけないよね)
指先でそっとブロックを押す。
動く。
けれど――動き方が不自然。
(これも罠。このブロックを抜いてしまうと、他のブロックが限界を超えて崩れてしまう。……私の癖まで考慮しているから、厄介なんだよね)
ルミナの仕掛けは、ただのずらしではない。相手の視点と手癖まで計算に入れている。
普通の人間なら絶対に気づけない。
いや、気づいたところで対処できない。
(ほんと、あの子は……天才なんてもんじゃないわ)
でも、その天才という言葉を口にすると、ベオが「ボクのルミナを勝手に評価するな」と怒り出すから、私はいつも胸の内にしまっている。
けれど――そう思わずにはいられなかった。それほどまでに、ルミナは凄かったから。
(お姉ちゃんとして、負けていられないよ)
そう気を引き締めて、ブロックに触れた瞬間だった。
「え?」
指先に、ほとんど力なんて入れていない。
本当に、ただ触れただけだった。
なのに――ガラガラガラッ、と乾いた音を立てて、タワーは一気に崩れ落ちた。
(……嘘、でしょ?)
思考が一瞬止まる。
だって、今触れたブロックは安だったはずだ。
少なくとも、そう見えた。
でも――違った。
「シュウなら、そうすると思ったよ」
その声は、勝ち誇ったものではなかった。
ただ、事実を述べただけの、いつものルミナの声。
(……完全に読まれてた)
悔しさよりも先に、あぁ、これは勝てないなという静かな納得が胸に落ちる。
ティアのように運が偏ったわけでもない。
社長のようにミスをしてしまったわけではない。
(純粋な実力差)
触れただけで崩れるように組まれたタワー。
私が安全だと判断するブロックを読んだ上での誘導。
そして、私がそのブロックに触れる瞬間まで計算していた冷静さ。
(……ほんと、すごい子)
くやしさよりも、尊敬のような感情が先に出てきてしまう。
やっぱり、私の妹で、偉大な先輩は凄い人だったんだ。
「参りました」
:何が起きたの⁉
:理解できない……
:何を言っているのか分からねぇと思うが、俺も何を言っているのか分からねぇ
「ということで、第三戦浅神シュウVSルミナ・セレスティアは、ルミナ・セレスティアの勝利!」
:8888888
:よくわからなかったけど、凄いことが起きたことはわかった
:これ、Vtuberだったことが足を引っ張てるな。ルミナの小細工がわからなかった
「ははは……課題が浮き彫りになりましたね」
「そうだよ、社長はしっかりしないと」
「ベオさんも手伝ってくださいね」
「はいはい、この事務所のためになるのなら、いくらでも協力するよ」
ベオと社長がそんな会話をしている。
この敗北が事務所の成長になるのなら、それはそれでいいかな。
でも、ちょっとだけ悔しいな。
「ルミナ」
「何?」
「今度はお姉ちゃんとして勝つから」
「……いつでも待ってる」
こうして、第三戦は終わった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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一つ目は、「わたしは平穏に暮らしたいだけなのに、頭のおかしい幼馴染がすべてをぶち壊していく話」です。
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ただし、百合作品では無いし、シリアスよりの作品なので、そこは注意してください。
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ということで、ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想などを書いてくださると、励みになります。
また、次の話で。




