From社長
「後は任したよ」
「はい、任されました」
ティア先輩と社長が、そんな言葉を交わしてすれ違う。
「ティア先輩、すごかったのにゃー」
「はいはい! どうやったら、運がよくなるのか教えてください!」
「ちょ、ヒナタっ、押さないでよ」
「ふふっ、姉として、ティアの頑張りを見ていたわよ」
「やはり筋肉だな!」
ティア先輩が返ってきたのを見て、同期や先輩たちが次々と声を掛けていく。
ティア先輩は、人見知りだから顔を背けて返事をしてくれなかったけど、耳が赤くなっているのは見えたから、きっと喜んでいるのだろう。
そして――。
「さぁ、社長! 意気込みは?」
配信はまだ終わっていない。
――――――――――――――――――
「自信なんて、あると思いますか?」
「アハハッ! そりゃ、社長なんだから、『俺が上でお前が下だ』って思っているんでしょ」
「……貴方に聞いた僕が間違いでした」
:社長は絶対に思ってない
:※社長は狂狼のことを尊敬してます
:自分のことを尊敬している人に、この対応……
「それで、社長は何で挑むのかい?」
社長は一度だけ深く息を吸い、静かに答えた。
「ポーカーです」
:頭脳と運のやつじゃん
:社長、心理戦に来たか……
:ルミナ相手にブラフ通るのか?
ルミナは目を細め、ゆっくりと社長を見つめた。
「頭脳も関わってるけど、運も絡んで来る。……私に勝つためには良い選択だ」
「ありがとうございます。でも、自信は吐かないんですけどね。……ベオさん、ディーラーをやってくれませんか」
「アハハッ! ボクが? いいの?」
「ベオ、わかっているだろ?」
「もちろん、公平公正に、しっかりと務めさせてもらうよ」
ベオがテーブルの中央に立ち、カードの入ったシューを軽く持ち上げる。
その仕草だけで、スタジオの空気が一段階引き締まった。
「それじゃあ、準備はいい?」
「ええ、いいですよ」
「もちろんだ」
「なら、第二戦、始め!」
ベオさんがカードをシャッフルする音が、やけに大きく聞こえた。
ティアさんが繋いだ勝利。その重さが、まだ胸の奥に残っている。
(……僕が落とすわけにはいかない)
そう思うほど、手のひらが汗ばむ。
ルミナは向かいの席で、静かに微笑んでいた。あの余裕は、実力の裏付けがあるからこそだ。
カードが二枚、僕の前に滑ってくる。
(A♣ K♣ ……か)
悪くない。いや、むしろ強い。
胸の奥で、少しだけ緊張がほどける。ティアさんのときとは違う。
これは運だけの勝負じゃない。僕の読みと判断が試される。
「二枚賭けます」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。
手のひらは汗ばんでいるのに、口だけは冷静を装っている。
(……強気に出るべきだ。AとKなら、より強い役になる)
そう判断したはずなのに、胸の奥のざわつきは消えない。
ティアさんの勝利が、まだ背中を押してくれているようで――同時に、重くのしかかってもいた。
「……コール」
ルミナさんが軽く言った。
その声に、わずかに違和感を覚える。
(弱いふり……? 本当に?)
ルミナさんは、感情を隠すことが本当に得意だ。同じく感情を隠すことが得意なベオさんは、狂人を演じることによって錯乱さえているだけなのだが、ルミナさんは顔に感情を出さない。
そのせいで、どれだけ悩んでも読みきることはできなかった。
「レイズ」
(反応を見たい……けど、表情が変わらない)
僕がさらに一枚賭けると、ルミナ先輩は呼吸すら乱さずにコールした。
その仕草は、強いのか弱いのかすら判断できないほど滑らかで、何を考えているのかさっぱりわからない。
(やっぱし、ベオさんは練習相手にならなかったか)
このポーカーを見据えて、僕は何回かベオさんと練習していた。けれど、ベオさんはブラフなどを多用するタイプであり、ルミナさんと全く違う。そのせいで、あまり役には立っていなかった。
(……本当に弱いのか? それとも、僕を誘っているのか?)
カードが表に開かれる。
6♠ A♦ K♠
(……悪くない。まだ僕が優勢だ)
AとKのツーペア、これだけでも十分強いし、さらに強くなる可能性もある。これならば、きっと勝てる。
「チェック」
ルミナさんが、チップを賭けずに軽く指を離した。
その動作は、あまりにも自然で、あまりにも静かで――まるで何も持っていないかのように見える。
(……いや、違う。この人は、強くても弱くても同じ動きをする)
だからこそ、読めない。
だからこそ、怖い。
僕はツーペアを握りしめるように、カードを見つめた。
AとK。
これ以上ないほど強い。
普通なら、ここで勝負を決めに行くべきだ。
でも、相手はあのルミナさんだ。僕たちの会社が大きくなれたのも、僕がここまで進んでこれたのも、ルミナのおかげでもあるんだ。そんな人相手に、一般論で攻めていいのだろうか?
「レイズ、さらに一枚賭けます」
僕がそう告げた瞬間、ルミナさんの指先がほんのわずかに止まった。
その一瞬の揺れは、強い手を持っている人間の余裕ではない。
むしろ――弱さの影に見えた。
(……今の、何だ?)
しかし次の瞬間には、もういつもの無表情に戻っている。
まるで、さっきの揺れが幻だったかのように。
「……レイズ。二枚追加」
静かに、しかし迷いなく、チップを押し出してきた。
(……強気すぎる)
弱い手を持っている人間の動きではない。
でも、強い手を持っている人間の動きにも見えない。
その中間が、僕の心を揺さぶる。
(……次、次で確かめよう)
「コール」
きっと勝てる。この手札なら大丈夫だ。
「四枚目、開けるよ」
ベオさんの声と共に、四枚目のカードが表になった。
A♠
(……Aが来た)
胸の奥が一瞬だけ熱くなる。
Aのスリーカード。
しかも僕の手札にはKがある。
(Aフルハウス……!)
勝てる。
これは、勝てる。
普通なら、ここで勝負が決まる。
でも――その普通が通じない相手が、目の前にいる。
ルミナさんは、四枚目のAを見ても、まったく表情を変えなかった。
驚きも、焦りも、喜びもない。
ただ、静かにカードを見つめている。
(ただ、ここで降りてもいいのだろうか? これ以上のチャンスなんて、絶対に来ない)
ティアさんもそうだった。ティアは数少ないチャンスをしっかりと制することで、ルミナさんに勝ったんだ。それなら、僕もそのチャンスをつかみ取ろう。
「さらに、二枚」
「コール」
僕の言葉が終わると刹那、ルミナさんがコールをした。
その動きは、あまりにも滑らかで、あまりにも自然で――まるで、僕が何を言ったとしても、取った行動は変わらなかっただろう。
今場に出ているのは、Aが二枚、Kが一枚、6は一枚。僕の手元にAが一枚、Kが一枚あるから、フォーカードはあり得ない。ボクより強い役はストレートフラッシュだけ。それなら、きっと勝てる。
「さあ、五枚目だよ」
10♠
よし、たった一度しかないこのチャンス。絶対に決める。
「さらに、二枚を賭けます」
:オールイン!?
:社長攻めたあああ
:ルミナ、どうする?
(ルミナさん、降りるよね。ルミナさんなら、僕が攻めた理由は理解しているだろうし、さきほど一瞬だけ手を止めたこと、僕は見逃さなかったよ)
僕は、基本的に気が弱い。だから、強気に出れば降りてくれると思ったんだろうけど、ルミナさんに勝つためには、その殻すら僕は打ち破って見せた、だから――。
「コール」
(え?)
:ルミナもオールインだ!
:うおおお!
:熱すぎだろw
(な、なんで、ルミナさんの手札は弱いはず……)
胸の奥が、じわりと冷たくなる。
僕の勝負を決めにいく強気のベットに、ルミナさんは一切迷わず乗ってきた。
あの一瞬の揺れ――弱さの影だと思った。
だからこそ攻めた。
なのに。
(……どうして、降りない?)
ルミナさんは、静かに微笑んでいる。その笑みは、余裕でも挑発でもない。
ただ、勝負そのものを楽しんでいる人の笑み。
僕の心臓が、どくん、と跳ねた。
(……まさか、本当に強い? いや、そんなはず……)
場にはAが二枚、Kが一枚、6が一枚、10が一枚。
僕の手札はAとK。
フルハウス。
ほぼ最強の役。
こんな状況から、負けるなんてことは……。
「さぁ! 二人とも、カードを――」
ベオさんの声が、やけに遠く聞こえた。
観客のざわめきも、照明の熱も、全部が薄い膜の向こう側にあるみたいだ。
「オープン!」
ベオさんの声が響いた。
僕は自分のカードを開く。
A♣ と K♣。
フルハウス。
「フルハウスです」
:社長勝った!
:これは無理だろルミナ
:フルハウスは反則級
その声が、僕の背中を押す。
勝った。
勝ったはずだ。
でも――
「……じゃあ、私も」
ルミナさんは、静かにカードをめくった。
J♠Q♠
「ロイヤルストレートフラッシュ」
ルミナさんの声が、会場を切り裂いた。
(……え?)
場のカードを見返す。
6♠
10♠
K♠
A♦
A♠
そしてルミナさんの手札――J♠と Q♠
……え?
頭が真っ白になる。
理解が追いつかない。
いや、理解したくない。
でも、目の前のカードは嘘をつかない。
10♠J♠Q♠K♠A♠
完璧な並び。
間違いなんて、どこにもない。
:マジかよ……
:運良すぎだろww
:社長がフルハウスなのも運が悪かった
「一つ、反省点を言うのなら――」
ベオさんの声が冷たく響く。
「社長は、ルミナのことを過大評価しすぎだった。そのせいで、ロイヤルストレートフラッシュの存在に気付かず、攻めすぎてしまったんだから」
ベオさんの言葉が、氷みたいに冷たく胸に刺さった。過大評価……確かに、僕は「ここで決めないと、もう二度と勝てない」と勝手に決めつけていた。ルミナさんの強さを恐れるあまり、自分で勝機を一つに狭めて、その一つにしがみついてしまったんだ。
ルミナさんが強気だったのは、強い手札からであり、僕がフルハウスをしていた以上、残ったものはストレートフラッシュのみ……気付こうと思えば、気付くことが出来たはずなのに。
「ということで、第二戦はルミナの勝利!」
:8888
:凄かったぞ!
:おおー!
「……すみません」
ベオさんの耳元で小さく謝罪の言葉を口にして、元居た位置に歩いていく。
「お、おしかったですよ!」
「そうですよ、
「お、おしかったですよ!」
「そうですよ、あれは誰でも負けますって!」
「フルハウスで負けるとか、もはや事故だよ事故!」
「社長、すごかったです!」
元居た場所に戻ると、同期や後輩たちが次々に声を掛けてくれた。
その声は温かくて、優しくて――でも、胸の奥にある痛みは、まったく薄れなかった。
「ありがとうございます。ちょっと水分を取ってきますね」
そう言って、僕はスタジオの外に出た。負けたことが悔しくて……。
――――――――――――――――――
社長がスタジオの外に出た。
僕は僕は、その背中を目で追いながら、胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。
すると、
「ノア、ここは任せたよ」
ティア先輩がマイクが音を拾わないほどの小さな声で囁きついていった。
(……任せた、か)
胸の奥が、きゅっと締まる。社長の背中は、まだ扉の向こうに消えたばかりだ。
あの歩き方。
肩の落ち方。
無理に笑おうとして笑いきれなかった表情。
まだ脳裏に焼き付いている。でも、社長のことはティア先輩に任せることにした。
――――――――――――――――――
「ティアさん、どうかしたのですか?」
スタジオを出てすぐのところで蹲っていた時、急にティアさんが来て、僕の横に座った。
けれど、何も話さない。ただ、僕の隣にいる。距離は近すぎず、遠すぎず。触れられそうで、触れられない絶妙な位置で。
「どうせ、社長のことだから、慰められるのは嫌でしょ」
「――ッ」
息が詰まる。図星すぎて、言葉が出なかった。
確かに、僕は誰かに慰められると、気を遣わせてしまった、迷惑をかけてしまった、そんなふうに考えてしまって、余計に落ち込でしまう。
だから、誰かに優しくされるのが苦手だ。弱っているときほど、なおさら。
ティアさんは、そんな僕の性格を――まるで自分のことみたいに理解していた。
「……それなら、どうして?」
ここに来たんですが? ……僕は、言葉を続ける。
それを聞いて、ティアさんは、小さく優しい声で言った。
「私は何もいないし、慰めたりもしない。ただ横にいてあげたいと思っただけ」
その言葉は、驚くほどまっすぐで、胸の奥にすっと染み込んできた。
「……ありがとございます
「礼なんていらない」
だから、ちょっとだけ甘えてしまった。
「僕は負けたんですよね」
「うん」
「これで、ベオさんの目的から一歩遠くなってしまったんですよね」
「……うん」
それが、何よりも悔しかった。
ずっと尊敬し、憧れてきて。一生の恩がある人に迷惑をかけてしまった。その事実が。
「なんで、僕はこうなんでしょうね? 一人ではどうしようもなくて、誰かがいないと力が発揮できない。そんなちっぽけな人物」
言ってしまった瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。ずっと隠してきた弱さを、ようやく言葉にしてしまったから。
ティアさんは、すぐには返事をしなかった。ただ、僕の横で静かに息を吸って、吐いて――
それから、ゆっくりと口を開いた。
「ふざけないで。たとえ、社長を引っ張ってきたのがあの二人でも、私や私の後輩たちを引っ張ってきたのは社長なんだよ。私は優しくないし、甘い言葉なんて言わないよ。……社長はね、今までも、これからも、その背中に私たち全員を背負っているの。その土台がちっぽけなんて、絶対に認めないから」
「……ティアさん」
その言葉は、胸の奥にまっすぐ突き刺さった。痛いほどに、でも同時に、温かかった。
僕はずっと――自分なんて大したことないと思っていた。誰かに頼らなければ何もできない、弱い人間だと。
でも、ティアさんは……。
「社長がちっぽけなら、私たちはどうなるの? あの背中を見て、ついてきた私たちは……全部間違いだったって言うの?」
「……そんなこと、言ってません」
「じゃあ、自分を下げるのもやめて。社長が自分をちっぽけって言うたびに……私たちまで、ちっぽけにされてる気がするんだよ」
「……ありがとうございます」
優しくないなんて、絶対に嘘だ。たとえ甘くは無くても、この優しさが今の僕には、何よりも沁みた。
「本当に……ありがとうございます」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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ポーカー書くの難しい……




