星
「このような形になりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、これで大丈夫です」
僕は、また社員さんと来月のコラボのために準備をしていた。
今やっていることは、前に相談して作った物のテストプレイだ。逃走者用のアイテムに、鬼用のアイテムまで、すべてのアイテムのテストプレイをしていた。
それらの道具はとてもよく作られていて、不可解なバグなど発生せず、想定通りに動いていた。
「これなら本番でも問題なく使えそうですね」
「はい、逃走者用のアイテムも鬼用のアイテムも、バランスが取れていると思います」
元々ゲームに存在する瞬間移動の玉や透明になるポーションに加え、鬼に鈍足や視界を暗くさせる効果を持つ道具に、一定時間鬼を停止る罠などの逃走者用のアイテム。鬼が使う索敵レーダーや俊敏の効果を自信に与えるアイテムなど――どれもユニークで、ゲームを盛り上げる仕掛けになっていた。
「……でも、やっぱり使い方次第ですね。強すぎても弱すぎても面白くないですから」
「確かに。プレイヤーの工夫が試されるようにしたいです」
あとは、舞台となるステージに会わせた細かな調整だけだ。
これ以上は、僕が関わることが出来ない。それは、僕だけが慣れてしまうと、ルミナ先輩に対して不公平になってしまうからだ。……今の地点でも、かなり不公平だとは思うけど、それについては許してほしい。
「それでは、今日はここまでで。協力、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、本当にありがとうございました」
そうして、僕は作業室を出て、家に帰り始めた。
(そう言えば、前に来たときは社長と会ったんだっけ?)
事務所だから当然といえば当然なのだが、僕がここに足を運ぶと、いつも誰かと顔を合わせている気がする。
……思えば、最初の莉緒さんとの出会いも偶然だった。けれど、その偶然にはどこか運命めいたものを感じてしまう。
そうして、歩いていると、やっぱし――廊下の角を曲がったところで、誰かと鉢合わせた。
「……ノア?」
「あ、こんばんは。ルミナ先輩」
角を曲がったところで出会ったのは、二週間後に僕が挑戦するルミナ先輩だった。
彼女は、前に出会った社長にも劣らないほどの資料を持っていて、その厚みからして、相当な準備を進めていることが伝わってきた。
「……すごい量ですね」
「そうか? 莉緒や社長と大して変わらないが」
……いや、その二人と比べたら駄目でしょ。あの二人は、ルミナ先輩に及ばなくても、普通の人の何十倍も優秀な人たちなんだから。
ただ、今はそんなことよりも……。
「前から思ってたんですけど、何で莉緒さんやルミナ先輩はNeoverseの運営を手伝っているんですか? 最初の内ならわかりますけど、今は社員が増えてルミナ先輩たちがそこまで負担を抱える必要が無いんじゃないんですか?」
そう、それは疑問に思っていたことだった。まだ莉緒さんはわかる。彼女は、自身の目的のために企画を通させてる節があるから、そのために運営に関わることだってあるだろう。ただ、ルミナ先輩はそんなことを一切しないのに、なんでこんなことをしているのか分からない。
そう思って、ルミナ先輩の返答を待っていると、女は少しだけ歩みを止め、抱えていた資料を胸の前で整えた。
「負担に思ったことは無い」
「え?」
「私がNeoverseの運営に関わっているのは、私自身の目的のためでもあるからな。……そうだ、少し話をしないか? ああ、別に嫌ならいいのだが」
「い、いえ。話をさせてください!」
これは、Neoverse設立メンバーの一人としての、彼女自身の想いに触れる機会だった。 ルミナ先輩は少し歩みを緩め、窓際に立ち止まる。夜の街灯が差し込んで、抱えた資料の影が長く伸びていた。
「ノア、君は私のことをどう思っている?」
「え? 何を……」
「正直に言ってほしい。どれだけ失礼なことを言われても、私は気にしないから」
いや……言えるわけないでしょ。ルミナ先輩なんて、僕の大先輩であり、Neoverseの中でもチャンネル登録者が頭一つ抜けている人物だからだ。
……もし、莉緒さんがこんなことを言ってきたのなら、今まで思ってた不満を全てぶつけていたけど。
「いくらでも待つから、ゆっくり考えるといい」
あっ、この人は頭がいいけど、自分の凄さを理解していないのかもしれない。……いや、この場合は目上に人に怯える気持ちが分からないと言ったことなのかな?
確かに、ルミナ先輩は凄い人で、向上心や勇気すらも人一倍持っているから、今の僕の気持ちが理解できなくてもおかしくはない。
「えっと……僕は、ルミナ先輩を目標にすべき人だと思っています。ここまで凄いのは、やっぱり努力の積み重ねが一番の理由ですよね。もちろん多少の才能もあるんでしょうけど、才能だけじゃ絶対にここまで辿り着けないと僕は思うんです」
僕の言葉に、ルミナ先輩は少しだけ目を見開いた。
「……努力、か。そう言ってもらえるのは嬉しいな」
「はい。だから、僕も見習いたいんです。努力は誰だって出来るもので、真剣に取り組めば、必ず結果につながりますから」
「そうか、それなら、私が運営に関わっている意味があったな」
「え? どういう意味ですか?」
僕は、この話の繋がりが少しも理解できなかった。
すると、ルミナ先輩は窓の外に視線を向け、静かに言葉を紡いだ。
「私が運営に関わるのは、後輩たちが努力できる環境を整えるためだ。才能や個性の違いを理解し、それを努力で伸ばしていけば、やがて天才の領域に踏み込むことができる。……私がこの役割を担っている理由の大部分は、その思いにある」
その言葉を聞いて、僕は衝撃を受けた。だって、ルミナ先輩自身には何のメリットもないからだ。その行動で利益を受けrうのは、僕たち後輩だけであり、ルミナ先輩が報われることなんてない。
なのに、何でそんなことをするのだろうか? 僕には、少しも想像することが出来なかった。
「る、ルミナ先輩……」
「ああ、感謝なんていらない。そんなことをするくらいなら、必死に努力して私を乗り越えてくれ」
その言葉だけを残して、ルミナ先輩はまた歩き出した。
もう話すべきことは全て話し終えた――そう言わんばかりに、ルミナ先輩の背中は迷いなく前へ進んでいく。
でも――。
「ルミナ先輩!」
「なんだ?」
「ルミナ先輩自身には夢は無いんですか?」
僕の問いに、ルミナ先輩は足を止めた。背中越しに少しだけ振り返り、夜の光に照らされた横顔が見える。
「夢か……」
短く呟いてから、彼女はゆっくりと答えた。
「夢とは言えないかもしれないが、命題ならある。それは、私が星のような存在になる。ただそれだけだ」
その言葉を残し、ルミナ先輩は静かに姿を消した。
星のような存在――それがどんな意味を持つのか、僕にはまだ分からない。一般的に考えれば輝く存在になるということだろう。けれど、彼女の眼差しはその解釈を否定していた。
ならば、それは一体どういうことなのだろうか。
そして「星」という言葉が出た以上……莉緒さんが星を嫌う理由と、どこかで繋がっている可能性がある。
中学の頃からの親友であり、今も隣を歩いているはずの二人が――星を巡って、徹底的に道を違えてしまっていることに、僕は気づいてしまったのだ。




