苦労人2
「僕がNeoverseを設立したのは、ある二人の人物の影響です。その人物とは――ルミナさんとベオさんなんですよ」
「ルミナ先輩とベオ先輩……?」
それは、少し……いや、かなり予想外の事実だった。僕は、てっきり社長が事務所を作り上げて、そこにベオ先輩たちが入って来たのだと思っていたのだが、実際は順番が逆だったのだ。
とは言え、それはどういうことなのだろうか。影響というのが、どういうものだったのか、僕には少しも予想できない。
「それって、どういうことなんですか?」
「ははっ、さすがに説明不足でしたね。それなら、もう少し詳しく説明します。実は、ルミナさんとベオさんは大学の先輩だったんですよ。しかも、大学の中でもトップクラスに優秀な。だから、一方的ですけど、かなり尊敬していたんですよ。……もちろん、ベオさんの性格は尊敬していませんけど」
社長とベオ先輩たちが同じ大学だった? それは初耳だったし、その大学がどれほど頭のいい大学なのかも理解できた。
だって、ルミナ先輩やベオ先輩のような頭の良すぎる人たちもいて、大学生で企業して成功している社長までいる大学なんて、絶対に別格すぎる大学に決まっている。
ただ、もしそうだとしたら、さらに疑念が深まってしまう。
それほどまでに頭のいい大学なら、学歴という面ではかなりの利点があるはずであり、Vtuberという将来が不確定で安定しない職業などではなく、立派な大企業などにも就職できたはずなんだ。
なのに、このVtuberという世界に入ってくるなんて、リスクに対するリターンが釣り合ってない。
「やっぱり、僕が起業した理由は予想できませんか?」
「そうですね。もし、僕が社長だったのなら、普通の大企業に就職していたと思いますし、起業するとしても、Vtuberという不確定な分野には足を踏み入れないと思います」
「ははっ、本当にそうですよね。昔の僕なら同じことを思っていましたし、両親にもかなり反対されて、勘当されかけましたから」
社長は自虐げに笑っている。でも、両親から勘当されかけても起業したのは、冗談では済まされないほどの覚悟であり、何が社長をここまで動かせたのかとても興味がそそられた。
「それなら、なんで起業したんですか?」
「それはですね……ルミナさんとベオさん――いや、冴さんと莉緒さんに誘われたんですよ。一緒にVtuberの事務所を作らないかってね。もちろん、最初は断ろうとしていました。そんな不確定な道に進む気にもなりませんでしたし、何より僕には到底力不足の話だと思ったからなんです」
社長は遠くを見つめ、懐かしい記憶を辿るように言葉を続けた。
「でも、あの人たちは僕に向かって、適任でこれ以上なく必要な人材だから誘ったと言ったんですよ。あの人たちのような、素晴らしく心の底から尊敬している人たちが。だから、もう僕には断るという選択肢が無くなったんですよね」
その時の社長の表情は、心底嬉しそうなのだった。尊敬する人たちから必要とされる――それは、何よりも誇らしいことなのだろう。
「もちろん、僕たちの目的は全員違いました。僕はあの人たちに認められて、期待を応えたいという気持ちが原点であり、冴さんには冴さんの、莉緒さんには莉緒さんの目的がありましたから。でも、向いている先は同じで、それがとても嬉しくて、僕はここまで続けて来たんですよ」
社長の言葉は、とても誇らしげで社長の言葉は、とても誇らしげで、同時にどこか決意を帯びていた。
「Vtuberの事務所を立てるのは全て初めてのことでしたから、何度も何度も失敗し、挫けそうになりました。でも、そのたびに原点を思い出して進んでいき、今いる社員の皆さんやティアさんと言った初期のメンバーが集まって、ここまで来れたんです」
社長の声は穏やかだったが、その奥には確かな熱が宿っていた。
「……結局、僕一人では何もできませんでした。冴さんや莉緒さんに誘われて始めたことも、社員の皆さんやティアさんの支えがなければ、途中で終わっていたでしょう。だから、今こうして続けられているのは、仲間のおかげなんです」
社長は少し笑みを浮かべ、資料の束を指で軽く叩いた。
「すみません、少し話過ぎましたね」
「いえ、良い話が聞けて良かったです」
これは本心だ。Neoverseの設立とそれについての社長の考えを聞けて、僕は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
この人たちのおかげで、僕は居場所を見つけることが出来て、前を向いて今を生きることが出来る。言葉だけだと、初期の努力がどれほどのものだったかは理解できないけど、その熱量は確かに伝わってきた。
(そんな人生、少しうらやましくて憧れるな……)
社長たちが成し遂げたことよりかは小さくなると思うけど、試行錯誤して自分自身の意志で未来を切り開く、そんなプロジェクトを、いつか立ち上げてみたいと思えて来た。
まぁ、今の僕では到底出来ないことだし、何年も先のことになるんだろうけど。それでも、心の奥底で芽生えた憧れは、確かに僕を前へ押し出していた。
「ここらで終わりにしましょうか。ノアさんも忙しいでしょう?」
「はい……でも、本当にありがとうございました」
僕は深く頭を下げる。心の奥に芽生えた憧れと決意を、まだ言葉にはできないけれど、確かに感じていた。
社長は少し目を細めて微笑んだ。
「挑戦は怖いものです。でも、挑戦したからこそ、見ることが出来る場所もあるんですよ。ぜひ、覚えておいてください」
その言葉は、静かに、けれど確かに僕の胸に刻まれた。
(……この話を聞けて本当に良かった。だって、挑戦したいという気持ちが芽生え始めたんだから)
そう思いながら、僕は立ち上がり、社長に一礼して部屋を後にしようとした。
けど、一つだけ疑問に思ったことがある。
それを聞くために、僕はもう一度、社長の方を振り返った。
「最後に一ついいですか?」
「ええ、何でもいいですよ」
「なんで、僕にこのことを教えてくれたんですか?」
そう言うと、社長は一瞬だけ考えこんだ。
そして、ゆっくりと口を開く。
「そうですね、三期生であるノアさんにも、僕たち初期からいるメンバーの思いを知ってほしいということもありますし……僕たち三人の、ちょっとした理想のためですよ」




