選択
「それじゃあ、これからどうするのか決めようか」
これから、誰がどのような分野でルミナ先輩に挑戦するのか決めなくてはいけなくなった。
会議室の空気は、さっきまでの緊張から一転して、真剣な熱を帯びている。
「はいはい! にゃーはRTAで挑戦したいのにゃ!」
「確かにな、ニヤのRTAはルミナ先輩に届く可能性があるだろう」
「そうですね。僕もそれが良いと思います」
ニヤさんについては簡単だった。
ニヤさんの強みはわかりやすく、誰も異論を挟む余地がなかったからだ。
「勝てそうですか?」
「……難しいにゃね。でも、勝てる可能性が低いからって、挑戦しない理由にはならないのにゃ」
ニヤさんは真剣な眼差しで言った。
彼女のそういう所は、本当に凄いと思っているし、見習いたいなと思う。
「なら、ニヤさんは決定で。ただ、問題は私を含めた残り四人ですよね……」
そう、それが問題だったのだ。
ニヤさんは、得意不得意がはっきりしている人であり、挑戦する分野を決めるのはそう難しくなかった。
けれど、僕とユイはどちらかというと万能で、どの分野でもある程度は戦える。だからこそ、どこで挑むべきかを決めるのが難しかった。
それに、僕やユイはまだましな方で、マサさんの強みの発想力やユイトさんの強みの観察力は、形にするのが難しい物であった。
「発想力や観察力って、勝負の場でどう活かせばいいんだろうな……」
「ああ、そうだな。しかも、観察力については、ルミナ先輩に勝てる気がしない」
マサさんとユイトさんはそんなことを呟いている。
確かに、発想力や観察力は直接的な勝負の武器にはなりにくい。だが、それを軽んじることはできないし、今回の挑戦では……。
「それなら、私とノアちゃん。ユイトさんとマサさんという形で二人組になりましょう。一人の力には限界があるので、組み合わせて補い合う方がいいと思います」
「そうだな。俺と発想力に、ユイトの観察力が加われば、何とか対抗できるかもしれない」
「人数差がより優位に働く分野で挑戦したほうが良いですかね?」
「そうにゃね。ちょっとずるい気がしなくもないにゃけど、ルミナ先輩だとそれくらいしないと勝負にならないのにゃ」
僕たちは、話し合いを続けていき、何をするのか形作っていく。その話し合いには、もう何をするのか決まっているニヤさんも積極的に参加してくれて、よりスムーズに進んで行った。
……それにしても、僕はたくさんの人と話し合うのは初めてであり、この時間がこれ以上なく楽しくて好きだった。みんなと意見を言い合い、語り合う……この時間が、これ以上なく。
「うーん、なかなかいい案が出てこない……」
「そうだな。こういう時にマサの出番だと思うんだが」
「それを言うなら、みんなの長所と短所を理解できているユイトの出番だと思うんだが⁉︎」
「……喧嘩をするなにゃ」
あれから一時間くらい経っても、いい案は何一つ思いつかなかった。
……別に誰も提案しなかったわけじゃない。全員が複数回提案してるし、マサさんなんて、もう数え切れないほど提案している。
それなのに、いい案がまだ出てこないと言うことは、それほどまでにルミナ先輩が別格ということなのだろう。
沈黙が落ちるたびに、誰かが口を開いては新しい提案を投げる。だが、どれも決定打にはならなかった。
「……なぁ、卑怯な手ってありだと思う?」
唐突にマサさんが呟いたその言葉に、場の空気が一瞬止まった。
卑怯――その響きは、正面から挑むことを前提にしていた僕たちの議論を揺さぶる。
けれど同時に、閉塞感を打ち破る可能性を秘めているようにも思えた。僕は思わず息を呑む。確かに、ルミナ先輩に正攻法で挑んでも勝てる気がしない。ならば、工夫や仕掛けで勝負を面白くする方が現実的なのかもしれない。
「内容次第だと思いますけど……」
僕は慎重に答えた。卑怯な手段は、時に配信を面白くするが、少しでも使い方を誤ると、それこそ炎上に直結してしまう。だからこそ、より丁寧に扱わなければならない。
その言葉にユイが頷く。彼女も同じ考えだったようだ。
「そうですよ。思いついた案を言ってみてくださ。大丈夫かどうか判断しますから」
「うーん、言ってもいいんだけどなぁ。あっ、ユイト、耳を貸してくれ」
そう言って、マサさんはユイトさんの耳元で何かを話した。
声は小さく、僕たちには一切聞こえない。ただ、ユイトさんの表情がじわじわと変わっていくのだけは見て取れた。最初は驚き、次に困惑、そして最後には苦笑い。
僕は思わず身を乗り出しそうになる。何を話したのか気になって仕方がない。けれど、ここで問い詰めるのは野暮だと分かっていた。
ユイも同じように眉をひそめ、ニヤさんは「にゃーも聞きたいのにゃ」と小声で呟いている。
そして……。
「おそらく、それは問題ないだろうな。我が保証する」
「ということは、ユイトさん達はその方法で挑戦するってことですか?」
「ああ、絶対に勝てる方法だから、期待しててくれ」
「とっても気になるのにゃ……」
そうして、ユイトさんとマサさんの挑戦する方法が決まった。
その手段については、とても気になるけれど――あえて今は聞かないでおこう。秘密のままにしておいた方が、本番での驚きも大きいはずだ。
胸の奥にわずかな不安と、それ以上の期待が膨らんでいく。彼らがどんな仕掛けを用意しているのか、想像するだけで心が躍る。……本番が、本当に楽しみだ。
そして残されたのは、僕とユイがどう挑戦するかを決めること。ある意味、一番難しいかもしれない。僕たちの強みは万能さであり、どの分野でもある程度は戦える。
だが、それは裏を返せば突出した武器がないということでもある。ルミナ先輩の前では、僕たちの力は下位互換のように見えてしまうのだろう。
「うーん、何かいい案があるのかにゃ?」
「なかなか思いつきませんよね……」
会議室の空気は、少しずつ重たくなっていく。誰もが頭を抱え、机の上には散らばったメモや飲みかけのペットボトルが並んでいた。提案は何度も出ているのに、どれも決定打にはならない。
(Vtuverになってからできるようになったことで、うまく使えることは無いだろうか?)
何個かある。でも、それらではルミナ先輩に戦えるようなものでは無い。だから、もっと僕の強みを引き出せるような……。
そう思ったときだった。一個だけ、たった一個だけ、もしかしたら、ルミナ先輩の弱点を突けるかもしれないことを思いついた。
きっかけは、マサさんの卑怯な手って言葉。僕がやろうとしていることは、卑怯とは言えないことだけど、彼女の意表を突くことが出来る手だろう。
けれど、それには大きな問題がある。それは、まだ僕自身がその方法を成功させたことが一度もないという点だ。頭の中では形になっているのに、実際にやろうとすると手が止まる。
(でも、これしか方法が無いし、ボクじゃなくて、僕だからこそ、出来ることなんだ)
「例えば、ブロクラで鬼ごっこみたいなことをするのはどうですか? 僕とユイが逃げで、ルミナ先輩が鬼という形で、十分以上逃げることが出来たら僕たちの勝ちというのは」
でも、あまり感触は良くなかった。
「それもいいと思うにゃけど、にゃーから言わせてもらうと、それはかなり難しいにゃよ。上級者とそれ以外の間では、移動速度でも大きな差が出てしまうのにゃ」
けれど、それに対する回答は持っている。
「ただ、そこに僕たち専用のアイテムがあるとどうですかね? 例えば、一定時間ごとにミッションが発生して、それをクリやしたらアイテムが手に入る。これならば、僕たちが有利になる展開も作れるし、ミッション中はルミナ先輩が僕たちを捕まえやすくなる。これって良いバランスですよね?」
「確かに、それならば戦えるかもしれない。けれど、それだけで大丈夫かな?」
「まだ言えないけど、もう一つ勝つ鍵があるんだ。マサさんと同じでまだ言えないけど、それでも信じてくれない?」
そう言うと、ユイはしばらく考えた後、静かにうなずいた。
「いいよ、私はノアちゃんを信じる。みんなも、それでいいですか?」
「ああ、異論はない」
「ノアとユイがそう決めたなら、外野は何も言わないにゃよ」
「もう一つの鍵が気になるけど、俺はノアたちを信じるよ」
それぞれの声が重なり、静かな合意が形になる。
先ほどまで重苦しかった会議室に、少しずつ温かい空気が広がっていく。誰もが不安を抱えているはずなのに、信じるという選択がその不安を押し返していた。
僕は胸の奥で熱いものが込み上げるのを感じた。まだ何も証明できていないのに、彼らは僕を信じてくれた。本当に、ありがたい。それなら、今度は……。
こうして、僕たちの挑戦はようやく始まりを告げた。




