準備
「やぁやぁ、三期生のみんな、よく来てくれたね」
ユイとニヤさんとコラボして、しばらくたった休日の昼。僕たち三期生は、事務所に呼ばれて、全員が会議室に集まっていた。
目の前にいるのは、相変わらず何を考えているのか分からない一期生のベオ・オーリス――つまり、莉緒さんだ。
「前置きとかどうでもいいんで、さっさと要件を言ってください」
「ゆ、ユイが相変わらず冷たいにゃ……」
うん、相変わらずユイは莉緒さんに対して冷たいな……。
でも、莉緒さんが作った和菓子をおいしそうに食べながら言ったら、説得力なんて何もないよ。
「アハハッ! 零は本当に変わらないね」
莉緒さんはそう言って、机の上に置かれた資料を軽く叩いた。
「さて――今日は、三期生のみんなにとって大事な話があるんだ」
その声色はいつもの飄々とした調子なのに、不思議と空気が引き締まる。マサさんとユイトさんが和菓子から手を離し、ニヤさんが姿勢を正して、ユイは……まだ和菓子を口に運んでいたけど、視線を逸らさずに莉緒さんの言葉を待っていた。
「前にも少し触れたと思うけど、七月に行われるNeoverse全体コラボの件だよ。ようやく具体的な内容が決まったから、今日はその説明をするから」
資料のページをめくる音が、静まり返った会議室に響く。
莉緒さんは一拍置いてから、さらりと告げた。
「この企画のテーマは、天才への挑戦。つまり、一人一回ずつ、それぞれ一つの分野で、あの一期生ルミナ・セレスティアに挑戦してもらおうと思っているんだ」
その名前が出た瞬間、場の空気が変わった。マサさんは思わず息を呑み、ユイトさんは資料に目を落としたまま固まる。ニヤさんは小さく「……ルミナさんに挑戦?」と呟き、ユイは和菓子を噛みしめながらも、ほんの少しだけ眉をひそめた。
「それは、僕たちだけでですか?」
僕は思わず、そう尋ねてしまう。
「ああ、言葉が足りなかったね。挑戦するのは三期生だけじゃない、二期生も挑戦するし、一期生のティアはもちろん、ボクだって挑戦するんだから」
莉緒さんは飄々とした笑みを浮かべながら、さらりと言った。
要するに――ルミナ先輩 VS Neoverseその他メンバー。その構図が頭に浮かんだ瞬間、会議室の空気はさらに重くなる。
一見すると、これは余裕そうに思えるかもしれない。けれど、相手はあのルミナ先輩なのだ。ルミナ先輩は天才で、前にプロが作ったローストビーフよりも美味しいローストビーフを作ってみせた。しかも、料理に限らず、歌でも、ダンスでも、ゲームでも、知識でも――その道のプロを上回る実力を持っている。
そんな人物に挑戦するなんて、結果はわかりきっている。勝てるはずがない。
(莉緒さんは、いったいどうするつもりなんだろう?)
こんな無謀な挑戦、やる前から結果が分かりきっているから、視聴者の人たちは本当に楽しめるのだろうか?
「でも、安心して。君たちがどのようなことを思っているのかは理解しているから」
莉緒さんは、いつもの飄々とした笑みを浮かべながらも、声の調子を少し落とした。
「確かに、ルミナに挑んで勝てる人なんて、そうそういない。だから、挑戦する分野は君たちが決めていいし、何なら、二対一という形をとってもらっても構わない。むしろ、ボクはそれを推奨するよ」
その言葉に、会議室の空気がわずかに揺らぐ。
確かに、それならば勝てる可能性は出てくるだろう。いくらルミナ先輩が凄くても、人間一人の力は限界があるのだから。
ただ、それでもルミナ先輩の圧倒的な才能を前にすれば、勝てる保証なんてどこにもない。
「なぁ、それで勝てると思うか?」
マサさんが、そんなことを口にした。
それは、ここにいるみんなが思っていることでもあり、言いずらい空気の中で僕たちの意見を代弁したようなものだった。
けれど、一人……その意見とは全く違うことを口にした人がいた。
「でも、にゃーは挑戦してみたいのにゃ」
その言葉が会議室に響いた瞬間、重苦しい空気が少し揺らいだ。
マサさんは驚いたようにニヤさんを見つめ、ユイトさんは思わず顔を上げる。
「前にルミナ先輩とコラボした時、実力の差を痛感したにゃ。けれど、壁があるなら、にゃーの持つすべてを使って乗り越えてみたいのにゃ」
「そうですね。私も同感です。それに――ルミナ先輩に勝ったら、実質莉緒さんに勝ったも同然ですよね?」
ニヤさんに続き、ユイもそう言った。ユイはルミナ先輩と莉緒さんに子供の時から関りがあって、その二人に勝ってみたいという気持ちはより強いのだろう。
「アハハッ! それは、ボクがルミナより下って言うことかな?」
「さぁ、自分で考えてみたらどうです?」
「アハッ! 零のそういうところ、昔からちっとも変わらないね。そういう所が面白くて好きなんだ」
ユイと莉緒さんの間に、わずかな火花のようなものが散った。挑戦心と飄々とした余裕――正反対の二人のやり取りに、会議室の空気が少しずつ緩んでいく。
「……なぁ、何でこんなことになっているんだ?」
「たぶん、先月のコラボが原因だと思いますけど……」
「ユイってこういうところあるよな。普段は俺らの中で一番まっとうなのに」
「まぁ、にゃーも割と負けず嫌いだから、何も言えないのにゃ」
僕たちは、莉緒さんとユイの会話に、呆れ半分感心半分で耳を傾けていた。
「結局、俺ら全員そうなんだろ。勝てないって分かってても、挑戦したいって気持ちがある」
「……そうですね。挑戦しないまま終わるのは、きっと一番悔しいです」
「なら、我らのするべきことは決まったな」
マサさんの言葉に、僕たちは自然と視線を交わした。
「莉緒さん、僕たちも挑戦することに決めました」
そう言うと、莉緒さんは一瞬だけ目を細め、そしてすぐにいつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「アハハッ! いいね。じゃ、残りの時間は、誰とどのようにして挑戦するのか決めといて。コラボのタイミングは夏休みに合わせたいから、七月の下旬。結構時間があるように見えて、案外時間は無いから、時間は有意義に使いなよ」
そう言って、莉緒さんは立ち上がり、会議室の外へと歩き出す。
その歩みは、悠然とした風のように軽やかだった。
「じゃ、頑張りなよ。……ああ、本番に備えて練習したいのなら、この事務所を好きに使っていいからさ。またね」
会議室の扉が閉まり、静けさが戻った。
さっきまで漂っていた緊張は、莉緒さんの余裕ある背中と共に消え、代わりに小さな熱が残されていた。
「それじゃあ、これからどうするのか決めようか」




